2016年12月1日22時1分
2016年12月1日22時1分。
沖縄の残波岬に立つ巨大リゾートホテルは、今、巨大な要塞と化していた。そして、その要塞にかけられたのは、最も恐ろしい号令――消灯である。
リゾートホテル全体が、潮が引くようにひっそりとしていく。外洋の潮騒だけが、静寂の中でかすかに響く。一般の旅行客でさえ、今夜ばかりは誰も外には出ない。彼らには「変態な男子高校生が夜な夜な目撃されており、その厳戒な討伐作戦を今夜決行する」と、半ば冗談めかした、しかし有無を言わせぬ口調で伝えられていたからだ。
そして、数百名の修学旅行生たち。彼らの頭上には、さらに強烈な「戒厳令」が降りかかっていた。
「受験には、内申点が何よりも大切だ」
各学校の教師が放った、この脅迫めがいの、しかし揺るぎない言葉の刃。第二甲府、高知最強、新潟真面目――それぞれの看板を背負った、心がピュアすぎる生徒たちは、それを一言一句そのまま、素直に受けとめていた。
これが、教師の言うことを絶対視し、目先の評価に忠実な「いい子ちゃん」ばかりのZ世代の脆い統制力だ。若干の危うさはらむ順応性ではあるが、少なくとも、この巨大なホテル館内の治安を維持するという、当面の目的には、驚くほど有効に役立っていた。
メインロビーを見下ろすセキュリティー・ルーム。重厚な絨毯が敷き詰められた静かな一室で、教師団の責任者の威厳ある男が、目の前のスタッフと細かい確認をしていた。
「高橋先生、以上、ホテル館内は完全に落ち着いています」
「ありがとうございます。さすがは、帝国〇テルのスタッフの皆様。ホスピタリティと、セキュリティの完璧な連携ですね」
責任者は、微かに笑みを浮かべた。
「いえいえ、我々としても、要人が来られることもありますので。こちらのオー〇ラさんと、ここ残波岬のホテルさんと連携し、館内にセキュリティーカメラを増設いたしました。また、警備要員も、昨日からのホテルの応援者に加え、沖縄の教育委員会、日教組、そしてPTAの有志の方々を配置しています。戦力は、静かに、しかし圧倒的に十分です」
スタッフは完璧な仕事に自信を覗かせた。しかし、高橋は静かに首を横に振る。
「だが、これでは守りの形にしかなりません。防波堤はいつか崩れる。要は、攻めが大切だ。そうだろう、植木先生」
高橋の問いかけに、セキュリティールームの最も暗い隅、PCの青白い光に照らされた男が、猫背の姿勢そのままに低く応じた。
「いかにも」
彼は植木。担当は情報科目。その経歴は、まるでスパイ小説のようだ。
かつてはアメリカ政府機関に雇われたホワイトハッカーとして、世界的な伝説のハッカー「アイスマン」と対峙した過去を持つ。しかし、その戦いは瞬殺。惨敗の結果、FBIに「無能」の烙印を押された。この屈辱が彼を変えた。腹いせに、世界最強の要塞であるホワイトハウスのサーバーへハッキングを試みるが、結果は当然、失敗。その後、国際的な追跡を逃れる形で日本に亡命し、第二甲府で教師として潜伏している「ガチもんのやべえやつ」である。
植木は細い指でキーボードを叩きながら、モニターの数値を一瞥した。
「高橋殿。やはり、あの純粋すぎるバカどもは動く可能性を孕んでいます」
「そうか……、残念だ。誰か分かるか?」
高橋は重々しい声で尋ねた。心のどこかで、生徒たちの「善良さ」を信じ切っていたからこその落胆だった。
「いえ、現時点では特定までは……。ですが、こちら、情報ネットワーク(Twitter)にて、どうやら男子生徒たちが非公式な会合を開いているとの報告が上がっています」
「なに! それは本当か?」
「はい。現在地の特定を完了。場所は南館四階。401号室。生徒名は、第二甲府の松田、須賀、川場、向居。彼らの部屋です」
高橋は一瞬、目を閉じた。信じていた生徒の名が並ぶ。
裏切られたというより、むしろ「やはり、若さとは閉じ込めておけないものだ」という諦念にも似た感情が胸を過った。彼は大きくため息をつき、静かにマイクに向かって通話ボタンを押した。
「横峯先生。頼む」
無線機から響いたのは、横峯の、まるで戦場に立つ鬼のような咆哮だった。
「ガッデム! 承知した、行くぞおめえら!」
横峯は、待機していた南館七階から、「主戦力」たるアパ〇テル、コンフォートホ〇ル、スマイルホテ〇の有志からなる混成部隊を率いて、ターゲットである南館四階401号室へ急行。
401号室の扉の前。横峯は、もはや躊躇など微塵もない。彼は戦闘的にマスターキーを差し込み、一気にドアを開け放った。
「ガッデム! 御用改めだ! 生活指導だ!」
怒号とともに室内に踏み込むが、部屋の中は、深海の底のように真っ暗だった。窓の遮光カーテンが完璧に閉ざされ、電子機器の光すら見えない。横峯は一瞬、不意を突かれた。彼らは逃げたのか?
その暗闇の中、微かな寝息とは異なる、何かが静かに起き上がる気配がした。
横峯は警戒しながら壁のスイッチを探り当て、勢いよく部屋の明かりを点けた。蛍光灯が白く室内を照らし出した瞬間、「うわ」という短い声が漏れる。それは、侵入者であるはずの横峯の口から出たものだった。
その人物たちの顔を見て、横峯は目を見開き、驚愕に固まった。
「ガッデム! まさか……生徒会長の水木じゃないか!」
彼はその場で立ち尽くした。そこにいたのは、彼らが想定していた松田、須賀ら「愚か者」の集団ではなかった。
部屋の真ん中には、ベッドから起き上がったばかりらしい一人の男子生徒が立っていた。久しぶりの登場となる、その男こそ、第二甲府高校の絶対的権力者――風紀委員長を兼任する生徒会長の水木である。彼は、どこか神聖な雰囲気を纏うかのように、睡眠用の薄いマントを肩に掛けていた。
「せ、先生。何事ですか? もう消灯時間ですよ」
あまりにも冷静で、あまりにも「いい子」然とした反論に、横峯の思考は完全に混乱した。
「待て待て待て、水木。ここは松田たちの部屋じゃ……」
「あれ? それ、部屋を変えましたよ」
「ガッデム! そんなの聞いてないぞ!」
「松田君から昨日、芥田先生にお願いしたら、許可出たって言っていましたよ。なんでも、向居君が、この部屋に幽霊を感じて怖いっていうから。あ、僕はまったくそういうのは信じないので、代わりに譲りました」
「クソ、やられた! 芥田先生のやつ、適当に答えよって!」
そのやり取りをセキュリティールームで聞いていた高橋は、激昂してマイクに向かって吠えた。
「横峯先生! 水木の元々の部屋は隣の402だ! そちらにぶつこめええええええええええええええ!」
受話器から響く高橋の金切り声に、横峯の耳がキンキンと鳴った。彼はホテル部隊を引き連れ、まるで雪崩のように隣の402号室へと突入する。マスターキーが回され、ドアが蹴破るように開けられた瞬間――
「なに?!」
横峯が上げたのは、怒声でも戦闘的な咆哮でもなく、純粋な疑問の声だった。高橋をはじめとするセキュリティールームの面々は何が起きたのか分からない。
「おい、横峯先生、何が起きた! 状況を報告しろ!」
「いや。これ……」
横峯の目の前には、薄い暗闇の中、テーブルの上に置かれたバースデーケーキがあった。その周囲には、規則正しく立てられた数本のローソクが、細く心細い炎を揺らめかせている。そして、無造作に添えられたメッセージカードには、たどたどしい文字で、「お誕生日おめでとうYOKOMIME」とだけ書かれていた。
その瞬間、部屋の入口には、先ほどまで401号室にいた水木を含む数人の第二甲府の生徒たちが静かに集まっていた。彼らは皆、どこか無表情で、事態を静観している。
そして、その中で水木が、マントを翻しながら、すっと前に出た。
「先生、お誕生日でしたよね」
「ガッデム……、いや、全然違うが……」
「あ……、すみません、間違えました。」
水木は一切動じることなく、申し訳なさそうに頭を下げた。
「でも、日頃の感謝は伝えたくて……どうしてもサプライズをしたくて、つい」
「ガッデム……、そうか……うるっ」
横峯は、そのまま漢泣きを始めた。屈強な体躯を持つGTO志望の熱血教師は、生徒たちの純粋な「心遣い」と、それが生み出した緊張感からの解放感により、涙腺が完全に崩壊した。
「おい、横峯先生! おい!」
セキュリティールーム。高橋からマイクを奪い取った植木が、苛立ちを隠さずに叫んだ。
「ったく、だから脳筋教師は。で、どうします、高橋先生。作戦はまだ継続中ですよ」
植木は振り返ったが、その瞬間、言葉を失った。
「う、う、う……」
高橋もまた、静かに、しかし激しく漢泣きをしていたのだ。
教師になる人物は、大きく三つの類型に分かれる。一つは公務員という安定した立場に憧れるタイプ。次は、部活動の指導者として成功したい体育会系。そして最後が、ドラマや映画の教師像に憧れてこの職業に飛び込む、感情的なロマンチストだ。
高橋は『金八先生』。横峯は『GTO』。それぞれ、熱い魂を持つ主人公に憧れて教師を目指した二人にとって、この生徒たちの、少々ズレてはいるが純粋すぎる「サプライズ」は、彼らの原点を直撃した。
「ったく、修学旅行ってのは、泣けるものだ。なあ、横峯先生」
高橋は、嗚咽をこらえながらマイク越しに声を絞り出した。
「ええ。教師冥利につきます……」
「よし! さあ、じゃあみんなでお誕生日の歌を! さあ先生もご一緒に!」
こうして、水木の冷静な指揮のもと、ロウソクの火に照らされた部屋で、第二甲府の男子生徒たちと、そして「基本サービス精神豊富な」ホテル軍団によるお誕生日の大合唱が流れ出した。
「Happy birthday to you~♪」
「こうして極秘の『討伐作戦』は、誰も予想しなかった、あまりにもシュールで、あまりにも平和な『ほのぼの空間』へと変貌したのだった……。と、ナレーションが書いているだろうな」
同志中田が、自分の髪を指先に巻きつけ、くるくると愛でながら、得意げに呟いた。
彼の言葉が指す「作戦」とは、もちろん、水木らによる「偽装誕生日作戦」だ。教師たちの動揺を誘い、警備の目を四階に釘付けにするための、壮大で感動的なクソ演出である。
須賀は、その中田の姿を静かに見つめていた。どうしてこの男は、ここまで違和感なくクソ演出を繰り出せるのだろうか。その才能は、近い将来、何かシュールなクソ番組のプロデューサーか、もしくはカルト的な自己啓発セミナーの講師として、世間を騒がせそうだな。須賀はそう予感した。
「し、静かに。行くぞ」
坂本が、部屋の扉の前で、神経質そうに「しーっ」というポーズをする。彼は周囲の気配を入念に確認すると、小鳥がつつくような音量で、しかしはっきりとノックを数回繰り返した。
「トン・トン・トン・トン♪」
すると、ドアの反対側から、極めて低い声で、ノック音に完璧なリズムを合わせて、謎の返答が帰ってきた。
「ヒノノニトン」
次の瞬間、重々しい音を立てて、南館六階、新潟真面目学園の上杉の常駐する601号室の扉が開かれた。
部屋は、普通のホテル客室より少し大きい、ベッドが三つ備え付けられたツインルーム。しかし、その室内は、熱気と異様な緊張感に満ちていた。部屋には、第二甲府とはまた異なる、屈強な体格の男子生徒が20人近くひしめき合っている。彼らの視線が、一斉に松田たちに注がれた。
そしてその中心に、まるで城主のように、和装をまとい、坊主頭の上杉が座っていた。
「クソむさくるしいな」
松田が、わざとではない、心の声が漏れたようなトーンでぽろりと呟いた。その瞬間、部屋全体に張り詰めた殺気が、第二甲府の三人に向けられる。
その場で、須賀は瞬時に悟った。坂本君経由で何とか会議の場を設けたが、これは交渉の場ではない、敵の城塞だ。ここで一歩でも動けば、この屈強な集団に即座に取り押さえられ、教師どもに差し出される。自分たちは今、完全に虎の尾を踏んでいる、と。
部屋全体の、異様に純粋で、どこか狂信的な殺気を読み取ってか。坂本が、その場の空気を切り裂くような人懐っこい笑顔を浮かべ、話を切り出した。
「さあさあ、そう睨めっこしないでよ。にしても上杉君。急な話し合いの場を作ってもらってごめんね」
「ふん」上杉は、和装のまま組んだ腕を崩さない。
「本来なら、クソ山梨県民と話す気にはなれん。だが、坂本君は話が分かる漢だと分かった。その結果、応じてやる」
「それはクソ新潟県民と話すこっちこそだ」
松田がまたもぽろっと毒を吐いた。
刹那、部屋にいる新潟真面目の生徒たちが、一斉に抜刀のポーズを取る。全員、刀など持っていない。だが、その一糸乱れぬ姿勢からは、どんな技が繰り出されるのか、物理的な恐怖すら感じられた。
坂本が、慌てて両者の間に割って入る。
「やめーや、やめーや! ここで争って、どうなる! ここは双方の言い分を聞いて、考えましょうや。さあ、まず第二甲府側からの要望はなんぜよ」
須賀が、その殺気を押し返すように、すっと前に出た。
「こちらの要望として、今夜、このあとホテルで一つ暴動を起こして欲しい。その間、俺たちは捕まっている友人を助けたい」
一瞬、松田が須賀に視線を投げかけた。捕まっている友人を助ける、というが、その裏の真の目的である「告白」については言わないのかと。しかし須賀と中田で話し合った結果、今まで女性とロクに触れ合ってこなかった新潟真面目の連中に、いきなり「女性への告白の手伝い」などと切り出すと、アレルギー反応と共に、余計に火に油を注ぐ可能性があると判断していた。
「なるほど。それで、見返りは?」
「それは、これだ」
上杉に向かって、中田が、まるで重い金塊でも入れるかのように、ずっしりとした紙袋を差し出した。
中に入っていたのは、様々な体裁の女性アイドル写真集。その数、20冊以上。
2016年当時、世間を席巻していたのは乃木坂46あたりだが、中田が差し出した本のチョイスは、情報提供者である40代の五十嵐先輩の嗜好が色濃く反映されており、若干古めのグラビアアイドルばかり。しかも写真集の裏側の値札を見ると、おそらくブックオフで格安になっていたものを集めたのだろうという、悲しい現実が透けて見えた。
しかし、それでも。
「おおおおおお!!!!!!」
新潟真面目の男子たちの間から、獣のような、抑圧された唸り声が漏れ出す。その熱狂的な反応を見て、松田、須賀、中田は、心の中でガッツポーズを交わした。
(やはりこいつら、相当飢えてやがる……!)
しかし、その反応を見た上杉は、静かに手を挙げて部下たちを止めた。
「待て待て待て。この写真集、少し古くないか?」
「なに?! 上杉、貴様知っているのか?」
「ああ、第二甲府の須賀よ。新潟真面目学園の生徒会長になると、一般教養として、一日十分だけ、ネットを自由に覗ける。おそらくこのアイドルたちは一世代前だろ」
するとそれに反応して、新潟真面目学園の連中がまたしてもブーイングと共に、抜刀の姿勢を取る。それに反応して、松田と中田も、全員刀を持っていないにもかかわらず、再び抜刀のポーズで応じた。
「またんか、こらまてまて!」
坂本が必死に両者の間に割って入るが、抜刀のポーズを取り合う両陣営の間の殺気は収まらない。須賀は内心、激しく焦っていた。
(もう、これ以上「交渉のカード」がない)
一応、最悪の手段として、五十嵐先輩からもう一つ、特殊なビデオが送られてきていた。部屋でテイスティングをしたところ、おそらくこれは保健体育の教材かと思われるが、我々未成年には刺激が強すぎる。これを意図して譲渡すれば、犯罪に触れる可能性がある。ちなみに須賀たちは「何か分からず見てしまった」ため、罪は軽いはずだ。そう、何か分からず知らなかったためである、と須賀は自身に言い聞かせた。
「どうする、須賀?」
「同志須賀、ここはやはり無理だぞ」
その瞬間だった。須賀は、全身の細胞がざわめくような、特殊な感覚に溺れた。
非常に言葉にするのが難しい。だが、それはまるで天啓のような感覚だった。
そうだ、これは……クズの閃き。
ずっと忘れていた、自身の根幹にあるべき感覚が戻り、今までのモヤモヤが一気に晴れていく。
すっと須賀の表情が代わり、その眼光は、正面の上杉を射貫いた。
上杉もその変化を察したのか、一瞬、その表情に微かな違和感が浮かぶ。
須賀は静かに、しかし決然と言い放った。
「実はな、上杉。本当は、告白のために、暴動を起こして欲しいんだ」
「なに!」
「貴様、だましたな!」
「クソ山梨県民め!」
その瞬間、新潟真面目の連中が再び騒ぎ始めたが、上杉はすぐに手を挙げて制した。
「なるほど。それはお前自身の告白か?」
「いや、この松田だ」
須賀は隣の松田を指差した。
「そうか……、が、それならなおさら。自分の告白は、自分の力でしないとだろ。自助努力が、この国の……いや、漢の基本だ」
そこで、須賀は敢えて力を込めて、上杉の核心を突く言葉をぶつける。
「上杉……。本当にそう思うか?」
「なに!?」
その場の空気が、まるで真空になったように一瞬しーんとなる。しかし構わず、須賀は続ける。
「この松田。生まれは山梨、育ちも山梨。特技はうんこ。そんなクズであるが、大好きな思いは人一倍だ。昨日、君たちに歯向かった通りだ」
「うむ、それは否定しない」
「だからこそだ。その友人を応援してやりたい。幸せになってもらいたい」
「だからこそ、自分の幸せは自分で……」
須賀は叫んだ。「その姿勢こそが、この日本をダメにしてきたんだろ!!」
その須賀の発言で、その場の空気が段々と、議論の場へと変わっていく。
「上杉が将来、為政者になるだろうから、あえてこの分野の話をするが、『自助努力』。その小さな政府の姿勢は、たしかにいい結果もあったが、悪い結果も導いた」
「たしかに、それは否定しない」
「特にだ。貧困層など、社会的にドロップアウトしたやつは、その自助努力でどんどん落ちていく。その結果、世の中はどうなった? 格差が増えただろ。それを『いい』っていうやつもいる。けど、最終的にそういうやつらを助けるための施策で財源が必要になり、うちらの税金だって増えていく。そういうように、うちらは繋がって生きている、そうだろ!」
「しかし須賀よ。その中には不正受給など、努力せず、甘い水をすするやつもいるぞ!」
「だからこそだ、上杉! このうんこの松田をみろ! ここまで作者に遊ばれ、うんこうんこと言われ続けても、それでも愛を成し遂げようとしている。だからこそ、俺はこの恋愛音痴で今日負け確定になっているこいつを助けたいんだ!」
「!」
上杉と、周囲の新潟真面目の面々の表情が、尊敬と感動へと変わっていく。
そして須賀は、そこで静かに跪くと、まさかの――。
「土下座?!」
新潟真面目の面々にどよめきが上がる。瞬間的に、松田の目に涙が浮かんだ。中田、坂本も、須賀の行動に心を打たれ、あたたかい表情を浮かべていた。
須賀は、声を張り上げる。
「俺には夢がある。この松田を幸せにしてえ! 頼む! 俺に力を!」
「まさか! そこまでするのか!」
新潟の生徒たちが、どよめきと共に声を上げた。彼らにとって、頭を下げるという行為は、極めて重い屈辱であり、敗北を意味する。
「ああ、友のためだ」
須賀は、額を床につけたまま、呻くように応じた。
上杉が声を荒げる。「貴様、プライドがないのか!」
「プライドなんて、友情に比べたら、捨ててやらあああああ!」
須賀の、血を吐くような絶叫が、静寂を取り戻したばかりの部屋に木霊した。それは、彼が今までの人生で築き上げてきたであろう、わずかな見栄や自尊心さえも、この土壇場で叩き壊す覚悟の証のように響いた。
すると上杉は、その須賀の背中を、静かに見つめた。数秒の沈黙の後、彼は決断する。同じく須賀と同じ目線になるように床に座り込むと、須賀の肩を静かに、労わるようにさすりながら言った。
「山梨県民は嫌いだ。だが、漢の心意気は買った。ここは、塩を送らせてくれ」
瞬間、部屋の緊張が歓喜へと爆発する。
その様子を見て、高知の坂本が、感極まった表情で、声を張り上げた。
「これにて、山新同盟締結! 土佐の坂本が、この熱き現場の見届け人じゃ!」
「うおおおおお!」
地鳴りのような歓声が上がり、屈強な男子生徒たちが、須賀の周りを囲んで祝福の声を上げた。まるで長きにわたる戦争が終わったかのような、感動的な和解の光景だった。
「大した漢だ」
中田が、涙を浮かべながら頷く。
「ああ、まさに漢だな」
坂本が、鼻水をすすりながら応じる。
「ありがとう、須賀。もう顔上げていいぞ」
泣きながら松田が須賀の肩に手をかけ、彼を起こそうとする。須賀は小刻みに震えている。誰もが、彼が感動のあまり泣いているのだろうと思った。
と、皆が思った、その瞬間――。
床に伏せていた須賀の口元が、わずかに、しかし確実に歪んだ。
(ク、ク、ク、計画通り!!)
須賀は床に伏せたまま、誰にも聞こえない、腹の底からの勝利の笑みを浮かべていたのであった。
「新潟県民は真面目が多い。つまり、そこをつけば勝てる」
これは、須賀が昔から、いつか親方様の武田信玄の無念を晴らすために、新潟県民を倒すシミュレーションをしてきた、その結果であった。
須賀の「友情」と「自己犠牲」の美学――そして、それらを上回る「土下座」という最強のメンタルカードは、すべて、新潟真面目学園という純粋すぎる集団を動かすための、計算され尽くした最強のクズ交渉術だった。
こうしてネオストレンジャー四人は今、手を汚すことなく、最も強大な「新潟の戦力」を、完璧に手中に収めたのだ。




