2016年12月1日16時26分
2016年12月1日16時26分。
夕暮れの残波岬、ホテル併設のプライベートビーチ。この時間帯、修学旅行客はホテルのエイサー体験で盛り上がっているはずだが、ここにいるのは須賀と坂本の二人だけだった。贅沢スペースが二人のバカ話場と化している。
「須賀君、君は……何してんの、それ?」
「気にすんな、坂本君。あいつらの墓を作ってやりたくてさ」
須賀が寂しく言うと、坂本はぺこりと頭を下げる代わりに須賀の足元へ視線を落とした。そこには妙に丁寧に並べられた漂着物が二つと、その前にピンと立てられた二人の写真があった。
「え、これ、本気で墓なの?」
「そうだよ。川場と向居の墓だよ。ほら見ろ、この笑顔、供養に最適だろ?」
須賀が誇らしげに見せた写真には――川場少年が釣りをしている姿。
……が、どう見てもおかしい。ボートレース用のボートに乗って、どこかの釣り堀で一本釣り。竿の先にぶら下がっているのは、ニジマス。
世界観がバラバラすぎて笑えない。
しかも墓標代わりに立っているのは、ロシア語が書かれた正体不明の缶詰。漂う異国情緒と哀愁。もはや供養というより、密輸。
「なあ、坂本君。かわいいだろ? 川場」
「う、うん。そうだね。“彼らしい”ね。本当に」
「そうだよな。川場らしい、清潔感がある」
「?!」
坂本はその真顔を見て、
(あ、須賀君……もう潮時かもしれない)
と静かに悟った。
そしてその隣――向居の墓標。
「この写真……」
「ああ。向居が初めて“恋愛スピリチュアル占い”で、ずっと独身だった男性教師と女性教師をくっつけた時のやつだな」
須賀は遠い目をして語り始めた。
「生徒みんなで『あの二人お似合いですね♡ウフフ同盟』を作ってさ。男子全員、ふんどし姿で“恋愛成就”って書いたフリップ燃やしながらお焚き上げしたんだ。で、見事カップリング成功。体育館裏でお焚き上げしたからさ、高橋先生からは本気で怒られたけど、焼き芋もできて、いい青春だったよ」
坂本はもう何も言えなかった。
だって、その写真の前に置かれている墓標が――DVD『冬のソナタ』。
ペ・ヨンジュンの微笑みの隣に、ふんどし姿の男子高校生たちの集合写真。
カオスまマシマシ。供養どころか、地獄のミックステープ状態。
そのとき――
「ここにいたのか!」
声に反応して二人が振り向くと、コーヒーのペットボトルを抱えた同志・中田と、腹を押さえてヨロヨロしている松田が息を切らして立っていた。松田は息を整えながら、どうにも間の抜けた顔をしている。
「おお、同志中田。どうだった?」
須賀は早速、重大発表を待つかのように胸を張る。だが中田の表情は暗い。
「やはり悪いニュースだ」
「まじか」
「ああ。このリゾートホテルに向かう主要な道が封鎖されている」
「なに?!」
坂本がすぐに声を上げる。須賀はすっと背筋を伸ばして聞き返した。
「どれくらいの規模だ?」
「メリケンの大統領がやってくるレベルだ。警察も自衛隊も在日米軍の姿もあった」
「まったく何が起きているのやら……」
坂本がぽつりと言うと、須賀が手を振って楽観する素振りを見せる。
「坂本君、そう悲観せずだ。そうだろ同志中田」
「ああ。須賀の言う通りだ。うちら、第二甲府の先輩である五十嵐さんの救援は期待できないが、それでも警察や自衛隊、米軍はこのホテルに入ってきていない」
中田はやや説明口調になり、得意げに続ける。
「つまりこのホテル内の“敵戦力”は、高橋、リチャード、横峯の三大将――それからここや他のホテルスタッフ、応援に来たという教育委員会やPTAや日教組の連中だ。ただし、後者はモチベーションが低くて大した戦力にはならんだろう。そもそも今回、なぜ招集されているのか誰も把握してない」
坂本が目を皿のようにして訊く。
「なら勝てるのか?!」
「いや待て、坂本君。それでも相当の戦力だぞ」
須賀が指で空中に図を描く仕草をする。周囲に人影はないが、彼の頭の中では戦況図が回転しているらしい。
「今こちらの兵力は、山井のクズ男軍団を失い、革命軍も救出できず、ほぼ壊滅的状況だ。さらに今朝、高橋先生の『受験って、わりと内申点大切だぞ?』発言で他の男子どもが委縮して、五十嵐さんたちも来ないとなると……」
「待て、須賀。俺を誰だと思っている? 盤上の貴公子だぞ」
すると中田は、持っていたコーヒーを砂浜に投げ捨て、両手で天然パーマをくるくると巻き始めた。
「あ、あれは!」
「なんだ、須賀君」
「同志中田――レベル2モード!」
「なんだそれは?!」
――※説明しよう!
同志中田は片指ではなく、“両手”で天然パーマをくるくる回すことで、通常のくるくる思考の数倍の処理速度を得ることができるのだ!
この状態では、彼の脳内CPUがクロック数オーバーで回転し、普段忘れている飛車の動かし方すら思い出すことが可能になる。
だが代償として、髪はどんどんうねり、最終的には“0円パーマ”が完成してしまう。
ちなみに彼の天然パーマは元々ストレート。これはもう戻れない――地毛の悲劇である。
「ふ、ナレーションがしゃしゃるなよ」
「おお、同志中田。態度だけ、完全にキムタクだな」
「黙れ同志須賀。男なんてな、イケメンを意識すれば、みなキムタクになれる」
「いや、同志中田君の顔は完全にモアイだから……」
「同志坂本、それを言うな」
坂本の冷静なツッコミも虚しく、中田の脳はすでに中二病ゾーンへ突入していた。
「で、同志須賀。そして同志坂本よ」
中田が、潮風を背にして仁王立ち。
「この窮地を崩す方法はある」
「「なに?!」」
二人が完璧なハモリで叫ぶ。夕陽に無駄なエコーが響く。
「それは簡単だ。――新潟真面目学園と同盟を組む」
「なるほど! その手があったか!」
坂本は感動して拍手し、須賀は真顔のまま口を結ぶ。
「おい、同志中田よ……俺ら、山梨県民に、にっくき新潟県民と組めと言うのか?」
須賀の声には、甲府魂のプライドがにじんでいた。
「ああ、そうだ」
中田は波しぶきを背に、スマホを掲げた。画面にはTwitterのタイムライン。
「情報ネットワーク(Twitter)をリサーチしたところ、新潟真面目学園の生徒のツイートが見つかった」
須賀と坂本が食い入るように覗き込む。
「昨日、手柄を立てたのに教師たちに認めてもらえなかったらしい。彼らは今、不満を溜めている。つまり――同盟を持ちかけるなら今しかない!」
「彼らに見返りはあるのか? あのすごく真面目な連中に」
坂本が冷静に訊く。
中田はにやりと笑って、波の音を背にして一呼吸おいた。
「ああ。彼らはそもそもなぜ真面目だと思う? 同志坂本」
「いや、生まれつきそういう性格なんじゃないのか?」
坂本の顔が、本当に合理性を求める人のそれになっている。
「違う。バカめ。そうじゃねえ。それは真面目な空間で同じように真面目な連中と共に生きて来たから、それ以外の世界を知らないんだ」
「なるほど。一理ある」
「そしてだ。そいつらのTwitterを確認したが、もともと新潟真面目学園は幼稚園から大学まで一貫の男子校に加え、学校内でもそういう女性に関するものが厳しく禁止されているらしい。だから修学旅行中もビキニ美女を見ないように、ビーチを歩くときは目隠しして移動するらしい」
「「まさか?!」」
坂本と須賀の声がそろってひとつの合唱になる。トンビが遠くで呆れた声を上げる。
「そうだ同志坂本。実はな、五十嵐さんとやらはここに来れないが、午前中にバイク便をお願いした。その結果、これを見ろ」
中田は凄腕の配達人みたいに、背中からそっと取り出した小さな包みを差し出す。包みを開けると――
そこにはアイドルの写真集が入っていた。ピカピカの表紙、無邪気な笑顔、そして角ページの光沢。完全に場違いな光景である。
「これで同盟を持ちかけたい」
「なるほど……これはいけるかもしれないな、同志中田君」
「そうだろ、同志坂本」
「待ってくれ、同志中田。そして坂本君。その……本当に新潟県民と同盟を……親方様……いや、武田信玄が許してくれるか……」
その瞬間、ずっとお腹を押さえて黙っていた松田が、ゆっくり立ち上がった。
空気が――一瞬で変わる。
「うっせえぞ、須賀ァ!!!」
ドガッ。
拳が鳴った。須賀が一歩よろける。
「?!」
松田は腹を押さえながら、まるで何かに取り憑かれたように、ゆっくりと語り始めた。
「もう、俺たちのこの“告白”は……消えてった仲間たちの願いなんだ」
しーん。
風と波の音だけが、ビーチを吹き抜ける。
「それは……松田君の言う通りかもしれない」
坂本が小さくうなずく。
「そうだろ、須賀。俺、分かったんだ」
松田は少し笑って、泣きそうな顔になった。
「――告白ってのは、勝ち負けじゃねぇ。テクでも、タイミングでもねぇ。全力で“好きだ”って叫ぶことだ」
須賀は、息をのむ。
「俺は中本さんが好きだ。でもな、川場の中本さんへの愛情を、ひそかに誇らしく思ってたんだ。だってあいつ、ほんっとにバカで、まっすぐで……」
松田の声が震える。
「無駄なプライドなんか、一つもなかった。ただ“好きだから好き”って、それだけで動いてた。周りに“ストーカーだの、キモいだの、人間として終わってる”とか言われても……それでも、あいつは真っすぐだった。だからこそ――いつ中本さんに助けを求められてもいいように、体力づくりの一環として、海のない山梨県にボートレース部を設立するという、前人未到の奇跡を起こしたんだ。……俺、そんな川場が、羨ましかったんだ」」
その場にいた全員が黙り込む。
空気が、重く、温かい。
「だから……俺たちも、そうなるべきなんだ。須賀――親方様なんかを理由にせず、さっさとプライドを捨てちまおうぜ!」
静寂。
須賀が、ゆっくり顔を上げる。
「……うっせぇ、いてぇわ、クソ!」
ドゴッ。
須賀の膝蹴りが、松田の股間に炸裂。
松田の顔が、時空を超えた表情になる。
「ぎゃあああああ!!! お、おい須賀!? お腹の結界が! 結界がぁ!!! な、なんで……今、結構感動してたよな!? 俺、いいこと言ってたよな!?」
「言ってたよ。でも普通にキモい」
「なにをお前ぇ……!」
「ただな――松田の気持ちは、伝わったぜ」
須賀はそっと、松田の肩に手を置く。
「親方様のせいじゃないな。俺も、プライドを……捨てようと思う」
――しーん。
空気が、また静まり返る。
どこかでウミネコが鳴いた。
「……須賀」
すると須賀はふと目を細めて、中田と坂本に振り返る。顔が妙に得意げだ。
「その作戦、のるぜ★」
中田と坂本の目がキラリと光る。
「おそらくだが――」
「ああ、同志須賀の察しの通りだ。まずは第三国、高知県出身の同志坂本経由で先方に接触してくれ」
「わかったぜ。任せろ、土佐の風が吹くが如くぜよ」
「ただしな、同志坂本よ。もし“新潟真面目”が敵に回ったって話が教師に伝わったら、まずいぞ」
「まずいって、どれくらいまずいんだ?」
「大事になれば、外にいる警察や自衛隊、在日米軍までホテルに入ってきて……」
坂本が一瞬で大げさな顔をする。
「うわ、それ絶対まずいヤツじゃん!」
「よって内密に、伏せて進めてくれ」
「まかせとけ。高知最強、坂本の名がうなるぜよ!」
「ありがとう、坂本君。しかし同志中田、それでも戦力は不足しているぞ」
「ああ、同志須賀よ。そこでだ――新潟真面目を味方にした後、女子フロア北館七階に行く前に、革命軍とクズ男軍団が写経している北館一階フロアをそうしても制圧する必要がある」
「それ、相手も考えてるんじゃねーの?」
「そこで、俺の出番だ」
松田は、まだ立つことさえままならず、お腹を押さえながら必死に言った。
顔色は青く、声は震えている。だが――その目だけは本気だった。
「俺で……殲滅させる」
その瞬間、空気がピタリと止まる。
須賀が小さくため息をついた。
「まさか松田。お前にできることなんて、“授業中にトイレに早く行く”くらいだろ」
「バカやろう須賀!」
松田が叫ぶ。
「昨晩、俺がどうやって最後の追手であったニュー〇ータニのスタッフを下痢にさせたと思う!?」
「お前……まさか……特殊能力を開花させたのか?!」
「そうだ」
松田は、震える手で一冊の黒いノートを取り出した。
表紙には、金色の文字でこう書かれていた。
――『GERINOTE(下痢ノート)』。
その瞬間。
雷が鳴った。暴風が吹いた。
そして。
松田の隣に、“ガチで死神っぽい悪魔”が立っていた。
肌はグレー。目はギラギラ。手にはトイレットペーパーを巻き付けている。
「うわあああああ!!!」
「なんだおぬしィィィィ!!!」
須賀と坂本が腰を抜かす。
悪魔は、どこか誇らしげに名乗った。
「我が名は――下痢神ゲーリ」
「げ、下痢神……?」
「そう。『GERINOTE』に触った者のみ見れる、下痢界の守護神だぜ」
須賀が半泣きで叫ぶ。
「いや、どっかで聞いたことあるぞそれ!!!」
「黙れ!」
松田が真顔で言う。
「このノートには、相手の顔を思い浮かべながら本名を書くと……三日三晩、極度の下痢に苛まれる」
「うわ……完全にあのノートのパクリだ……」
するとゲーリがニヤリと笑った。
「そう――デ◯スノートと使い方は同じさ」
「言っちゃったァァァァァ!!!」
坂本が頭を抱える。
「ていうか、どこまでこの話いくんだよ……!」
「さあな、須賀」
松田は冷や汗を流しながら、それでもノートを構えた。
「とにかくだ、この『GERINOTE(下痢ノート)』で、なるべく相手を殲滅させる。昨日の夜の通りだ」
「でも待て、松田。本名って言ったな? 教師陣は分かるとしても、ホテルスタッフや教育委員会、日教組、PTAの連中の名前なんて誰が知ってるんだよ」
ゲーリが、ふいと口角を上げた。目が笑っていない。
「ク、ク、ク。心得ているぜ」
「な、なんだと?」
「この松田、下痢神の“瞳”を与えているぜ」
「まさか! お前……おい、松田」
松田はにっと笑った。顔だけは悪魔か何かだ。
「ああ。下痢神の“瞳”を手に入れるとな、相手の本名と下痢の頻度が見えるんだ」
「は? 下痢の“頻度”って何だよそれ!」
「だが代償がある」
松田の声が急に物々しくなる。
「お前、代償ってどれくらいだ?」
「自分自身の人生における下痢の頻度が、7.9倍になる」
「なんて半端な倍率だ!」
「いや、半端って言うな。7.9ってギリギリの狂気だろ」
須賀が真顔で計算機を取り出しそうになる。
「いいんだ、須賀。俺はそれくらい中本さんへすべてを捧げる。それが男の愛だ。だから……下痢神にだって、なってやる」
その瞬間、ネオストレンジャー四人、松田、須賀、同志中田、坂本──その顔面に、得体の知れない覚悟が灯った。馬鹿で、真剣で、どうしようもなく清々しい覚悟だった。
「今夜、決行だ」
松田がふっと笑った。




