2016年12月1日9時12分
2016年12月1日9時12分。
「――早朝からお集まりいただき、恐縮です」
残波岬のリゾートホテル最上階。
普段なら、南国の陽光が降り注ぎ、白いテーブルクロスとシャンデリアが輝く結婚式場。
だが今朝に限っては、そんな華やぎの欠片もない。
会場に流れていたのは、祝福ではなく“尋問”の空気だった。
「ではまず、昨日の報告を」
生活指導主任の高橋の一言に、体育科の猛将・横峯が椅子を軋ませて立ち上がる。
「ガッデム! 昨日はクソ★ファッキンガイズにい完全にしてやられましたが――まあ、収穫もありました!」
その声の勢いに、リチャード、ホテル支配人、さらには応援に駆けつけた各ホテルチェーンの幹部たちまで姿勢を正す。しかし、さすがは我らの小池校長。全く動じず。
「ガッデム! まず、うちの第二甲府の生徒の山井たちを確保しました!」
横峯の報告に、場の空気がわずかに揺れる。
「原因は――うちのクソ教員、芥田先生の悪影響です!」
支配人が「え?」と小声を漏らし、幹部たちが互いに目を合わせる。
横峯は構わず続けた。
「芥田先生は、もともと男子生徒に“モテる方法”なるものを吹き込んでいたようでしてね。……すべて、それが原因です!」
横峯の声が、宴会場に響く。
「さらに今回の修学旅行では、女子部屋の場所を“あえて書いていない”ジェネリック旅のしおりを作成! しかも問題児の多い二組・六組だけではなく、四組の山井たちにも配布! ……結果、夜のパトロールは――修学旅行史上最大級の乱戦になりました! ガッデム! すべては、あのクソ変態教師のせいだ!」
支配人が額を押さえ、ホテル連合の面々はそっと目を伏せる。
宴会場の天井に吊るされたシャンデリアさえ、どこか呆れたように見えた。
だが、すっと立ち上がった高橋が、落ち着いた声で引き取る。
「とはいえ、今回は酌量の余地ありと判断しました。もともと山井君は非常に優秀な生徒でして、スポーツも勉強もでき、性格がいい。だからこそ、余程洗脳をされていたようです。そこで結果、全員、写経コースにぶち込みました。 書道部顧問・織田MU道先生による――スピリチュアル教育的指導、いや、“魂の更生プログラム”が進行中です。以上、報告終わります。今までに何かツッコミどころはございますか、小池校長?」
沈黙。
そして厳かに、校長は口を開いた。
「わしが、第二甲府高等学校 校長――小池幸三である」
面々が再度思わず背筋を伸ばす。
その重厚な自己紹介に、場の空気が一瞬だけ引き締まった……かに見えたが、次の高橋の一言で再び崩壊する。
「ありがとうございます。さて、未確定情報ではありますが――同じく修学旅行中の“高知最強の生徒さん”も、一部暴れていたようですね?」
「ええ、面目ないです」
声の主は、高知最強の校長、酒豪の島崎の姉さん。
そう、そういうあだ名である。毎年「全国教師オールスター感謝祭 in 赤坂料亭」で司会を務める、教育界の生きる伝説だ。
姉さんが少しだけ申し訳なさそうに微笑むと――
高橋、横峯、そしてリチャードが、反射的に頭を下げた。
「とんでもないですううううううう、姉御さあああああああん!」
「ガッデム! 俺たちはいつも姉さんに育ててもらっています!」
「モンダイセイト、イチニン、フエテモ、カンケイナイネンデス!」
その合唱のような謝罪に、姉さんは苦笑しながらも軽く手を振る。
「ふふふ。ありがとう。感謝します」
――が、再びすぐに空気を切り替えたのは高橋だった。
彼は一歩前に出て、資料を手に声を張る。
「で、だな。おそらく――今夜、バカどもはまた暴れ出すと思う」
ざわめく会場。
ホテル連合の面々までも、身構えた。
「そしておそらく、犯人の目星もついている。……そうだな、上杉君」
「はい」
後方に控えていた坊主頭の青年が、すっと立ち上がった。
新潟真面目学園代表――上杉。
その名のとおり、規律と秩序を愛する男。
修学旅行会議の中でも、唯一まともな――つまり、最も浮いている人間だった。
彼は胸に手を当て、まっすぐに言葉を放つ。
「昨晩、北館一階ロビー付近。――彼らが言う“通称・革命軍”が捕まっているエリアで、第二甲府のうんこの松田、ボイパの須賀、そして高知最強の革命の志士・坂本を確認しました。特に須賀はイヤホンで誰かと話していました。おそらくバックアップに、第二甲府の盤上の貴公子・同志中田が控えていると見ています。彼は……特殊能力者でもあります。とても危険な反乱分子です。今すぐ、確保してください」
「……だが、上杉君」
高橋が静かに口を開いた。
「それは本当に彼らだったのかね?」
「ええ、間違いありません。――第二甲府の高橋先生、私はこの目で見ました」
「でも、証拠となる写真はないじゃないか」
上杉の眉がピクリと動いた。
「それを言いますか? 高橋先生。よく考えてください。私が嘘をつくメリット、どこにありますか」
「いや、そういう意味じゃない」
高橋は両手を軽く上げ、なだめるように続けた。
「君を疑っているわけじゃない。ただ、今どき証拠なしで生徒を犯人扱いするのは危険だ。弁護士会やら人権派やら……面倒くさい連中を敵に回すことになる。特に中田は、そういう連中をだまして味方につけるのが得意なんだ」
「面倒くさい連中?」
上杉が声を荒げる。
「あなたは、正義を“面倒くさい”で片づけるんですか!」
「落ち着け、上杉君」
「落ち着けません! 彼らは明確にルールを破っている。教師として、見逃していいんですか!?」
「……君の言っていることは、正しいよ」
高橋は、ゆっくりと息を吐いた。
「でもな。教師ってのは、どんなアホであっても、生徒を信じたいんだ。俺はまだ、やつらじゃないと信じてる」
その言葉に、上杉は机を叩いた。
「なにを今さら! 彼らはあなた方が作り上げた、最強のクレイジー男子高校生じゃないですか!」
その一言が、会議室の空気を一変させた。
高橋の目が、わずかに揺れる。
「……わかってる。俺たちの責任も、わかってる」
「じゃあ、なぜ! なぜ向き合わないんですか!?」
「向き合ってるさ。ただ、やり方が違うだけだ」
「違う? 言い訳でしょう!」
「違う。――信じるってのは、ただ甘やかすことじゃない。手放す勇気でもある」
上杉の拳が震える。
「そんなの、逃げだ! あなた方は狂っている! 狂っているぞ!」
「上杉君……」
高橋が小さくつぶやく。
「そうやって、若者に変に媚びて! “寄り添う”だの“理解する”だの言いながら、結局誰も叱らない! だから、間抜けで世間知らずな若者が増えたんです!」
その声は、涙に濡れていた。
「媚びるな。大人が、胸を張って叱ってくれ。
その代わりに、教師こそ下らないこと――盗撮だの、馬鹿な真似だの――をせずに、恥ずかしくない生き方をしてくれ。
生徒をきちんと見ろ。手放すな。見ていなければ、本当に大切な教え子に、いつか取り返しのつかないことが起きるんだよ!」
静まり返る会場。
ホテルの空調の音さえ、止まったように思えた。
やがて、高橋がゆっくりと口を開いた。
「……まあ、たしかに警戒すべきだな。だが――今日は、君たちは休みなさい」
「なぜですか?!」
上杉の声が再び震える。
「私たちも現場に出ます。彼らを止める力なら、あります!」
「それでも君たちは高校生だ」
高橋は、穏やかだが譲らぬ声で続けた。
「それに、君たちはうちの生徒でも、島崎の姉御の生徒でもない。……二日続けてお借りするのは、申し訳ない」
「……でも、先生。僕たちはもう、ただの生徒じゃありません!」
「ああ、わかってる」
「わかっているじゃない! 僕は――新潟真面目学園二年生、生徒会長・上杉覇道です!!」
「だからこそ、休めえええええええ!!!!!!」
その一言に、上杉は言葉を失った。
拳を握りしめ、唇を噛む。
できれば、自分の手で逮捕したかった。
いや、それ以上に――自分たちを“大人として”信じてくれた、その想いに応えたかった。
だが、高橋はその痛みに気づきながらも、あえて視線を外し、大人たちへと振り返った。
「で、今日の警備状況だが……横峯先生」
「ガッデム! 本日、警備を大幅に増強しました!」
横峯が勢いよく報告書を叩く。
「高校生主体のトラブルは一大事になりかねん――とのことで、沖縄県教育委員会、日教組、PTA、全員が現地入り! 今、ホテルロビーはほぼ要塞です!」
「おお、心強いな」
高橋がうなずく。
「リチャード。在日米軍の動きもあると言っていたな?」
「Yes!」
外国人教師リチャードが勢いよく立ち上がる。
「昨日、ホテル内部カラ、アメリカ・ヒューストンノNASAヘ通信アリマシタ。宇宙人カラノメッセージ、受信サレタト判断シテ――大統領、緊急会議ヲ開催。結果、横須賀ニ駐留スル空母打撃軍ニ、リゾートホテルへノ派遣命令、ダシマシタ。
同時ニ、アメリカ本国ノ宇宙防衛軍ト連携開始。ホテル内ノ“不測ノ事態”ニ備エテ、監視衛星、今モ上空ニ配置中デス。
さらに、FBI職員数名ヲホテル内部ニ潜入サセマシタ。
彼ラ、普通ノ観光客ノフリシテマス。カメラ持ッテ、写真撮ッテ、笑ッテマスケド――本当ハ全員、銃持ッテマス。
大統領、最後ニ言イマシタ。
『このホテル、地球防衛ノ最前線ナリ』――ト。
デスカラ、皆サン。
絶対ニ、不用意ナ行動、控エテクダサイ。
以上デス」
「宇宙人?!」
「このホテルに?!」
ホテル連合の面々がどよめく。
高橋は額を押さえ、深呼吸してから尋ねた。
「……リチャード、その作戦だと、生徒にも危険が及ぶんじゃないか?」
「デモ! 生徒ノ中ニ、宇宙人イルカモデス!」
「なにっ!」
「モシ秘密守ラナイナラ、ニゲラレマス! さらに、アメリカのプレジデントのシンライ、ウシナイマス」
リチャードはなぜかテーブルを叩き、英語混じりで続ける。
「山梨県ノ男子高校生ノ道徳成績、ヒクイ原因、コレ! 今コソ、教育的宇宙対処スベキデス!」
誰も止めない。
止められない。
この時点で、ホテル支配人はすでに「会議って何でしたっけ?」という顔をしている。
「ううん……それは……そうか。仕方ない……で、まあ、他には?」
高橋がなんとか本題を戻す。
「ガッデム! あと化学基礎の――ほら、あの……」
「“あの”? ああ、影の薄い……」
「ガッデム! そうだあのボケ! ……じゃなくて、大野先生だ!」
横峯が拳を叩きつけるように叫ぶ。
「彼が防御作戦を練っていると言っていました!」
「なに?!」
「ガッデム! “被検体となるスーパーポテンシャル男子高校生二体”を味方につけて、BOW(生物兵器)を開発中とのことです! 詳細不明ですが……強そうだ!」
「まあ、あいつの妄想癖のことだから放っておこう」
「ガッデム! 賛成だ!」
その場の全員が満場一致で大野をスルーした。
静寂の中、ホテル支配人が控えめに手を挙げる。
「あの……」
高橋が深く頭を下げた。
「ああ、すみません。ホテル連合の皆様にもご迷惑を……」
支配人は、まるで株主にでも接するかのようににっこりと笑った。
「いえいえ。我々ホテル側にとっても、いい訓練になります。インバウンドで“ちょっと迷惑な外国人観光客”が増えますし、今回の件は――軍事的シミュレーションとしても有意義ですよ」
「おお、それは助かる」
高橋がほっと息をついたその瞬間、支配人の表情が少しだけ曇った。
「ただ……一つ、気になることがありまして」
「うん?」
「――いや、正確には二つ、です」
「なんだ?」
支配人は神妙にうなずき、低い声で言った。
「まず一つ目が……下痢、でして」
「下痢?」
「ええ。昨日の日付変更後、ホテル館内で逃げまどう男性三人を追っていた我がホテル連合のスタッフ十名が、突然腹痛を訴えて倒れました」
「十人も?」
「ええ。そしていまだ再起不能。食中毒ではないとは判明していますが……皆、トイレから出てこれません」
「なんておぞましい……」
会場に沈黙が走る。
その緊張を割るように、支配人は二本目の指を立てた。
「そしてもう一つ。一昨日の晩から――ホテルスタッフが一名、行方不明になっています」
「ガッデム! 消えただと?」
横峯が椅子を蹴って立ち上がる。
「ええ。まるで二十年前の神隠しのように……。彼の自宅は那覇のジムだったのですが、今朝別のスタッフが見に行ったところ、すでに取り壊されていたとのことです」
ざわめく大人たち。
支配人は小さくため息をつき、さらに声を落とした。
「しかも、その“消えたスタッフ”――やたらと“王様ゲームを使った格闘術”が好きだったそうで。昨日館内で暴れた若い男たちも、どうやらその“王様ゲームを使った格闘術”でスタッフを襲っていた、という噂も」
「まさか……?!」
横峯が立ち上がり、校長に目を向ける。
「ガッデム! 校長。まさか――その戦い方をするのは……!」
沈黙。
次の瞬間、校長の小池幸三は静かに立ち上がり、顎を上げた。
背筋を伸ばし、厳かに告げる。
「わしが――第二甲府校長、小池幸三である」
空気が張り詰めた。
時計の針が、9時38分を指す。
最終決戦開始まで――残り12時間だった。




