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2016年11月30日23時37分

 2016年11月30日23時37分。


 北一階――そこはもはや、理性もルールも死んだ戦場だった。


 もう段ボールや王様ゲームすらガン無視である。消灯後の静まり返った廊下に、新ストレンジャー四人の絶叫と、紙束の風切り音が響く。


「くらっちまいな、僕の――資本論★スターレボリューションアタック!」


 分厚い紙の塊が唸りを上げて宙を切る。


 カーペットを裂くような音のあと、重装備のホテルマンがそれをモロにくらい、スローモーションで崩れ落ちた。眼鏡が弧を描き、廊下の照明に反射して消える。


「須賀、いいじゃねえか……! その必殺技、だいぶ仕上がってきたぞ!」


「おう松田。正直、『資本論』の使い方としては倫理的に終わってるけど、この重さ、最高だ」


「マルクスもマルクス主義者も、まさか己の書が物理攻撃に転用されるとは思ってなかったろうな」


「大丈夫だ。最近は美男子化されたマルクスが乙女ゲームで人気だ。俺たちが訴えられても、道連れは多い。革命は群衆の中にある」


「おお、須賀。久々にお前のクズの輝きを見た気がする。眩しいゾ」


「うんこに褒められるのは屈辱だゾ」


「クソ野郎!」


「てめえがくたばれ!」


 二人の口論が、やたらキレのあるツッコミ芸のようにホテルに響いた。


 廊下の壁に飾られた「ちんすこう・東京バナナ味」の張り紙が、風圧でペラリと揺れる。


「……静かにして、須賀君、松田君。ほら、あそこだ」


 坂本が低く声を落とした。


 彼の指の先――そこにあったのは、このホテルの構造上ありえないほど仰々しい、漆黒のドア。


 快活ク〇ブの制服を着たスタッフ五人が、その前で神妙に立ちはだかっている。胸元の名札が淡く光り、まるで儀式の祭壇のようだ。


「あれは……向居、わかるか?」


「ああ、須賀。あれは俺の宿敵、ロダンの『地獄の門』だ」


「ちょっと待て。お前、ロダンと何があった?」


「バカ野郎。俺は恋愛スピリチュアルに加え、中二病的芸術のすべてを理解する男だ。歩く都市伝説、それが俺――向居だ」


「おいおいおい、須賀よ……」


「ああ、松田。もう向居のキャラ崩壊どころの話じゃない。バドミントン部の部長で、見た目はすらっとしたイケメンで、恋愛スピリチュアルに精通し、フリップ芸が得意で、異空間から物を出し入れできて、挙句にロダンと敵対してる……もう、設定のバーゲンセールだ」


「そして誰一人、向居みたいになりたいと思わない。努力と才能の無駄遣い。まるで日本のイグノーベル賞に向ける姿勢、そのものだな」


「黙れ、須賀、松田。俺は今、気持ちがいい。


 今まで隠してきたキャラクターを全部出して、読者を混乱させ、困惑させ、意味不明のまま突き進む――この“混沌”こそ、男子高校生の生態の極致だ。


 意味がわからないことを全力でやり、怒られ、あとで笑い話にする。それが俺たちの青春だろ?


 俺は男子高校生として、ロダンをライバル視する権利がある。『地獄の門』にエモを感じる義務がある。


 だから――俺は、男子高校生を全うする!」


 一瞬、誰もが息をのんだ。


 坂本の瞳が光り、松田はなぜか拍手を始める。須賀は感極まってポケットからノートを取り出し、「男子高校生宣言」と書き始めていた。


「おお……向居の魂の演説だな、松田」


「いや須賀……これもう、卒業式レベルじゃないか? 人生の終活始まってるぞ」


「松田君、須賀君……。こんな人、高知県にはいないよ。さすが革命の志士だ」


 その瞬間――。


「こらっ! 何をしている!!」


 突如、廊下の奥から怒号が響き渡る。


 反射的に振り向いた須賀たちの目に飛び込んできたのは、快活ク〇ブのスタッフ五人。


 彼らは黒いポロシャツに身を包み、腰には伝説の装備――神ポテトホルスターを携えていた。


 手には黄金色のポテトを構え、その一本一本が、まるで聖剣のように輝いている。


「見つけたぞ、北一階の不審者ども!」


「ここは会員制だ! 学生割引も効かんぞ!」


「ポテト五本で一人ずつ成敗してやる!」


 彼らの目が光る。


 バイトリーダー特有の無駄な使命感――その圧が、廊下の空気を震わせた。


「や、やべぇ……。来たぞ、業界最王手の化け物たちだ……!」


 須賀が青ざめる。


「松田、坂本、逃げ道は?」


「ない。エレベーターは停止中、非常階段も封鎖……完全に詰んでる」


「詰んでねぇ。詰むのは彼らの方だ」


 そう言って、向居が一歩前に出た。


 足元の絨毯がふわりと波打ち、空気が震える。


「さあ、来い――サンタクロースの化身、バレンタイン!!」


 その瞬間、廊下の照明がバチンと落ち、非常灯の赤い光が点滅する。


 空間が歪む。冷気が吹き抜け、どこからともなく鈴の音が響いた。


 次の瞬間――。


 ドンッ!!


 煙の中から、巨大な影が現れた。


 もじゃもじゃの白髭。腹は太鼓のように膨らみ、肩にはプレゼント袋……だが、どう見ても日本人。


 サンタクロースのコスプレをした、やべえおじさんだった。


 彼は口を開いた。


「……メリークリスマス、クソファッキンなガキども」


 その声に、空気が凍る。


 手にした袋を一閃――中から放たれたのは、節分の豆だった。


 パラパラパラパラパラ――ッ!!


 弾丸のような豆が、スタッフたちの顔面を直撃する。


「ぐわっ! 目が! 目があぁぁぁぁ、『バルス!』と叫ぶと見せかけて、ラピュタぁぁぁぁあ!」


「節分とクリスマスが混ざってるぅぅぅ、異文化交流ぅぅぅぅ!」


「なにこの季節感の暴力ぅぅぅ、季節の境目が薄くなりつつある現在において、環境に関する社会風刺ぃぃぃぃ!」


 サンタおじさんは容赦がなかった。


 ポテトで反撃しようとするスタッフに、次々と聖夜の蹴りを叩き込む。


「メリー!」ドカッ、「ひな祭り!」バキッ!


 その姿はまるで、バトル漫画の主人公。


 床に転がる神ポテトの油がキラキラと反射して、まるで戦場がイルミネーションのようだった。


「おい……なんだよ、これ……」


 松田が呆然とつぶやく。


「クリスマスとバレンタインと節分が、いっぺんに殴り合ってる……」


「いや、もはや哲学だな……。ここまでくるとジャンルが『思想』だ……」


 須賀は震える声でそうつぶやく。


 坂本は、半ば祈るように呟いた。


「……この光景、高知県の志士にも見せたい」


 戦いは一瞬だった。


 最後のスタッフが「会員カードを……お返しします……」と呟いて崩れ落ちると、サンタおじさんは軽く帽子を押さえ、静かに一礼した。


 須賀たちはもう何も言えなかった。


 ただ、そのあまりのカオスさに、笑うことすら忘れていた。


「さあ、行こうか」


 向居が低く、まるでラスボスのような声でつぶやいた。


 その顔はどこか達観していた。いや、というか達観しすぎていた。もはや修行を終えた高僧の域である。何をどう達観しているのか分からないが、確かに“悟り”の顔だった。というか、目が完璧にラリっていた。


「お、」


「お、おう……」


「うん……」


 須賀、松田、坂本は顔を見合わせた。誰もが「これは悪夢だ」と思いたかったが、足元のポテトの油がリアルすぎて、現実を直視せざるを得ない。ポテトの海を踏みしめるたび、ズチャ、ズチャッという絶望的な音が響く。油の香りが地獄の前に漂うとか、誰が想像しただろうか。


 そんな中、向居は右手に水晶玉、左手にフリップを持ち、背後に立つサンタクロース姿のやばいおじさん(召喚獣:バレンタイン)と共に――


 堂々と地獄の門の前に立った。


「ここに……」


 須賀がつぶやく。


「ええ、須賀君」


 坂本の声が重々しい。


「ここに、僕らの学校の能力者や、君の学校の革命軍が囚われて、写経をさせられているんだ」


「……な、なんで写経?」


「君たち、昨日の夜、廊下で禅ラップをしただろう? その対策として筆者が無理やり入れたんだろう。そもそも仏教に敬意はあるが、さすがにバカにし過ぎたことへの“ごめんなさい”ってやつさ。筆者もあれで地獄に落ちるのは勘弁してほしいってことで、こうなったんだろうな」


「まったく責任感のないクソ野郎だな」


「そんなクズなことより、く、くそ……! おい、須賀、坂本君。このドア、開かないぞ!」


 松田が『地獄の門』に無理やりつけられた取っ手をガチャガチャと揺らす。まるで開かずの間。全く微動だにしない。


「なに?!」


「これ、どうやって開くんだ。坂本君、知っている?」


「いや、それは俺も分からいが……」


「どけ……」


 向居がすっと後方から前に出た。まるでベテラン冒険者のように。


「我がサンタクロースの化身、バレンタイン! このドアを破壊せよ!」


「もういくつ寝ると――オータムフェスティバル!!!!!!!!!」


 バレンタインが雄叫びを上げ、両手から放たれるのは――まさかの“光るお餅”だった。


 それがドアにぶつかるたびに、鈴の音とともに「メリークリスマス」と「ハッピーニューイヤー」が混ざった不協和音が響く。しかしドアはびくともしない。


「く、くそ……これ、耐久値が高すぎる!」


「なんでRPGみたいに言うんだよ!」


「静かに。ドアに魔法陣が……」


 向居がそっとドアに触れたその瞬間――


 背後から、不気味な笑い声が響いた。


「ふふふ……もうこれ以上は好きにさせないよ」


 全員が振り返る。そこに立っていたのは――亀を肩に乗せた、浦島太郎だった。


 いや、正確には、“筋肉ムキムキの浦島太郎”。


「おいおいおい、もうカオス展開はいやだあああああああ!!!!!!!」


 須賀が頭を抱え、文字通り地面に膝をつく。


 彼の叫びは、まるで異世界転生アニメの主人公が3話で限界を迎えた時のような、魂の絶叫だった。


「普通の高校生の話にもどしてくれえええええええ!!!!」


 快活ク〇ブの残骸とポテトの油煙の中で、彼の声だけがやけに現実的に響いた。


「まて、須賀。一応奴も日本語を話しているぞ。人のはずだ」


 松田が真面目な顔で言う。何を根拠に言ってるのかは誰にもわからない。


「違うよ、そこのうんこの松田君」


「うっせえ、浦島太郎。誰がうんこだ!」


 その反応に、上半身裸に貝殻のネックレスをつけた浦島太郎が、薄笑いを浮かべた。


 背中の亀は、まさかのスピーカー付きで、口の部分から「ピロリン♪」とWindowsXPみたいな起動音が鳴る。


「ふふふ。私はね――タイムパトロール隊。未来からやってきた」


 その宣言に、全員の脳が一瞬止まった。


 ここが沖縄のリゾートホテルであることも、ドアが『地獄の門』であることも、もう誰も気にしていなかった。


「未来ですか?」


 須賀が震える声で尋ねる。


「ボイパの須賀君。いい質問だ」


 浦島太郎が指を立て、講師みたいなテンションで語り出す。


「君は今、おそらく凄まじい数の疑問が頭の中でスパークしただろう。そもそもタイムパトロールとは何か。こいつ中二病か。それとも特殊能力者か。てか、なんで浦島太郎なんだ。あと、こいつ意外にクソ野郎なところあるよなって。さらに言えば、この話の展開、大丈夫か。編集通るのか。……うん、全部正しい。君の疑問は全て正しい」


 そこまで言って浦島太郎は、亀に視線をやり、深くうなずいた。


「僕は――この話を終わらせにきた」


「「「「なに?!」」」」


 全員の声がハモった。まるでアニメのオープニングのように。


「それもそうだろ」


 浦島太郎が一歩前に出る。その足元で、謎の波紋が広がる(ホテルの床が濡れているだけ)。


「特に恋愛スピリチュアルの向居君。君のその異能力と召喚獣、どうするんだね。もはや当初のキャラ設定からブレブレじゃないか。『サンタクロースの化身バレンタイン』って、もはやクリスマスかバレンタインか分からん。未来人として、この展開、見過ごすわけにはいかない」


「だったら?」


 向居が静かに構えた。


 その目は真剣だ。もうツッコミすら追いつかない。


 それを見て、浦島太郎は微笑む。


「僕の召喚獣で、君を止める」


 浦島が右手を天に掲げた瞬間、亀の甲羅が展開し、光る輪っかが地面に浮かび上がる。


「さあ来い――海の違法建築、竜宮城!!」


 空間が歪み、空から巨大な影が降りてきた。


 見上げれば、ピンクのネオンで「Ryugu Resort & Spa」と書かれた、車輪付きの竜宮城。


 スピーカーからはEDMが爆音で流れ、城の門が開くと、中からクラゲ型のコンシェルジュが「ウェルカムドリンクはいかがですか~?」と手を振っている。


 須賀は言葉を失った。


「……これ、バトル始まる前に、心が折れるやつじゃん」


 目の前では、竜宮城 on 車輪が「営業中」の札をぶら下げたまま、地面をズリズリと移動している。後部座席には乙姫様がちゃっかり座っており、スマホでTikTokを撮っている。


「うお……くそ……なんだこれ……!」


「すげぇ……」


「丹下健三もびっくりの違法建築だ」


 もう誰が誰に言ってるのかすら分からない。もはや会話の交通整理が必要だ。


「松田君、須賀君、いいリアクションだ。玉手箱あけた私くらいだね!」


 浦島太郎がドヤ顔で親指を立てる。背中の亀はさらに勝手に回転を始め、光の輪を描いて空を飛ぶ。なんかエンディングっぽいが、物語はまだ続いている。たぶん。


「とにかくこれで君を止める! くらええええええ!!!」


 浦島が叫ぶ。


「竜宮城での違法接待アタック!!!!」


 竜宮城の窓という窓から、ホストっぽい魚たちが「お疲れ様でーす!」と叫びながらシャンパンを撒き散らす。


 その泡が虹色に輝き、なぜか背景が桜吹雪になる。演出の方向性が完全に迷子。


「お前ら下がれええええ!」


 向居が叫ぶ。


「サンタクロースの化身、バレンタイン! 出番だ!!」


 バレンタイン(おじさん)は、なぜか唐突にDJブースの前に立ち、レコードを回し始めた。


「Yo! クリスマス is coming!!」


 ラップ調で何か叫ぶと、空から七面鳥ドローンが100羽くらい飛来。


 全員がKFCのロゴを胸に抱え、地獄のクリスマスをお届け中。


「くらえ! クリスマスの七面鳥ケンタッキー・フライド・チキンアタック!!!!!!」


 どかーーーーん。


 爆発音とともに、謎のSE「ファミマの入店音」が鳴る。


 竜宮城のホスト魚たちは「うおおおおお」と言いながら天へ昇っていった。


 爆煙の中、乙姫様だけが取り残され、「評価してね♡」とボソッとつぶやいて消える。


 沈黙。


 焦げたサンタ帽、亀の甲羅、そして謎の寿司ネタ(多分サーモン)がゆっくりと舞い落ちる。


「……」


 須賀はその光景を眺めながら、ゆっくりと口を開いた。


「おい、これ……たぶん筆者、途中で投げ捨てただろ」


 砂煙の中、焦げた竜宮城の破片がカラカラと転がる。


 地面には焼けた七面鳥の羽、ぺちゃんこになったDJブース、そして、なぜかポテトのSサイズ。


 風が吹く。しーん。


「……いや、終わった雰囲気出してるけどさ」


 松田がぼそり。


「まだ戦い、終わってねぇから」


 向居と浦島が互いに立ち上がる。


 ぜえぜえ。顔面泥まみれ。


「やるね、向居君」


「なにをー、浦島め」


「くらえ、ぼこ!」


 向居の攻撃。


『浦島に5のダメージ!』


 画面にゲージがピカッと出る。


 小さな数字が揺れる。


 どこかで『ピカッ!』という効果音。


「な、なにー!」


 浦島が必死に防御。


「こっちもくらえ!」


 浦島の攻撃。


『向居に5のダメージ!』


 やっぱり小さな数字が揺れる。


 効果音は『ズドン!』。


 地面に小さな穴が開く。


 静寂。風。背景にカモメの鳴き声。


「……おいおいおい」


 坂本がビビる。


「これ、大丈夫か? っていうか、戦う意味あんのか?」


「「ある!!」」


 二人が同時に叫ぶ。なぜかハモる。


「さあ決めよう浦島!」


「ああ向居君!」


 互いに全力で相手の顔面を殴る。


『クリティカルヒット!』


 互いに100のダメージ。


 二人のHPゲージが一瞬でゼロになる。


 数秒の沈黙。


 二人は同時に「「ぐふっ」」と言って倒れた。


 誰も悲しまない。BGMもない。ナレーションもいない。


 双方、死亡。


 戦いは終わった。めでたし、めでたし。


 ――めでたいか? まあいいか。


 ……。


「おい筆者」


 須賀が筆者を睨む。


 どんよりとした背景。空気が止まる。


「このくだり、いる?」


 僕はあえて言う。


「ごめん」


「いや、謝るくらいなら、最初からやるなよ!」


 須賀の声がどこまでも響いた。


 エンドロール:制作・筆者(やる気:★★☆☆☆)


「……いや、終わらせないからな?」


 須賀が小さく、しかし決意を込めて呟いた。

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