表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/17

2016年11月30日23時7分

 2016年11月30日23時7分。


「くらえ! カツオ★文化アタック!!」


 新ストレンジャー四人は、北館一階。かやぶきから抜け出し、スパイのように身をひそめ、戦いを続けていた。


 全員、段ボールを被り、床に貼りつくように進んでいく。外から見ればただのゴミ。いや、中身もごみ? だが、彼らにとっては最新鋭のステルス兵器である。


 そして目の前にホテルスタッフが現れた瞬間、小声で「王様ゲーム!」と囁き、勝手にこちらが王様となり、潰していく。


「お前、さっき負けたから、自宅にでんぐり返ししながら帰れ!!」


「え、は? えっ?」


 無関係なスタッフが困惑し、敗北した扱いで退場していく。


 ……もはや、このどこに正義はあるのか。というか、そもそもゲーム自体が成り立ってすらない。


「なあ、須賀よ」


 前方。キャベツの段ボールに身を隠した松田から無線が入る。


「どうした、松田」


「坂本のやつ、いい動きをしているな」


「ああ。まるで、隠れていたいのに誰より目立ってるスパイみたいだ」


 すると後方。レタスの段ボールに身を隠した向居が、突如どうでもいい情報をぶち込んでくる。


「高知県の特殊能力者の高校生は、四国八十八か所巡りを、年に六回も回るらしい」


「まじか?」


「そいつはすげえな」


 須賀と松田が感嘆の声を漏らす。が、向居は止まらない。


「つまり、四国は一周したら一レベル上がる。RPGみたいな場所なんだ。が……」


 その時――。


 前方。カツオのたたきの段ボールに身を隠した坂本が、ア〇ホテルのスタッフを捕捉。


「くらえ! まじでゲロ吐く5秒前の香りッ!!」


「うえええええっ!」


 スタッフがリアルに悶絶して退場。坂本は勝利のガッツポーズ。


「……完璧だ」


 誰も頼んでないのに自分で解説した。


「それにしても松田」


「なんだ須賀?」


「革命軍が捕まっているフロアなのに、敵兵の数が少なくなったな」


「ああ。高橋先生、横峯先生、リチャード先生に、小池校長の姿も見えない。おかしい……」


 その瞬間、別の無線が割り込んだ。同志中田である。


『こちら同志中田! 現在、同志山井が別の教師と交戦中! とんでもない戦いだ……! ダンス対決である!』











『同志松田たちが、北一階付近に到着した。GOだ』


 同志中田から無線が入る。


 その頃、山井は静かに、クズ男子軍団を引き連れ、南館四階から北館へと、陽動作戦に出ていた。


 しかし歩きながら、ふと脳裏に蘇る――忌まわしき記憶。


 山井は、自分で言うのもおかしいが、まあまあ順調な人生であったと思う。


 見た目も悪くない。身長もあるし、顔もまあイケメンな方。ファッションセンスもあるし、何よりスポーツも勉強も、努力すれば大体報われた。


 ――だからこそ。挫折というものを知らなかった。


 そんな山井がまずおかしくなったのは、去年の学園祭である。


 全校生徒が狂気のように熱狂する「男装・女装コンテスト」。


 各クラスから男女一名ずつ選出し、舞台上で「印象的なキメ台詞」と「ファッションショー」を披露して勝敗を決める。


 正直、誰が考えたのか理解不能の狂ったイベントだった。


 さらに、山井は女装役に命じられ、いやいやながら化粧を施された。


 だが――問題はそこではない。


 スタイルが良かったせいか、浴衣姿の山井は「意外とイケる」と評判になり、クラス中のボルテージは最高潮。


 相方は女バスの高木さん。キレッキレの学ラン男装が似合いすぎていて、もはや少女漫画から飛び出してきた王子様そのもの。


 優勝必須。完全勝利。


 山井は心の中で「自分の才能が怖い」と思っていた。


 だが誤算だった。


 この狂った大会には――さらなる狂気のバカが参戦していたのだ。


 当時、我々は一年五組であったが、そこに謎の対抗馬が現れた。


 それは……一年四組。


 松田、須賀、川場、向居、同志中田、そして現在の二年六組の革命軍の深田や望田までが加わり、どうしてここまで掃き溜めを一堂に会せたのかと思うほどの、地獄のオールスターチームであった。


 だからこそ、彼らはルールすら破壊する。


 そもそも男装女装コンテストなのに、なぜか野郎が六人同時エントリー。


 審査員をビビらせ、観客をドン引きさせ、司会者は「開催要項をもう一度読み直せ!」と絶叫。


 その中で、松田が壇上で高らかに声をあげる。


「我々は感情で、それぞれ男装女装コンテストをしている。松田は女装役の“喜”、須賀は女装役の“怒”、川場は女装役の“哀”、そして向居・深田・望田は男装役の“喜怒哀”である!」


 もはや意味が分からない。


 なぜか「感情三部作」を表現する、という、モーツァルトもびっくりの同志中田による謎の演出が始まった。


 しかも川場が、やたら真剣な顔で「哀」を表現しながら、急に般若心経を唱え出す。


 須賀は「怒」を表現するため、観客に向かって「お前ら! お年玉まだ隠してんだろ!」と恫喝。


 松田は「喜」を表すと言いながら、観客全員にカンチョーを仕掛けに行こうとする始末。


 だが――問題はそこからである。


「……喜怒哀楽の“楽”は?」


 審査員が恐る恐る問いかけた。


 すると深田と望田がすっと前に出る。


「この男装女装コンテストの“楽”とは――そう、見ている観客の皆様の喜びです」


「さあ、観客の皆様。一緒に男装女装コンテストを楽しみましょう」


 直後、六人の野郎は全員手を繋ぎ、客席に突入。


 そして何の脈絡もなく、V6の「WAになっておどろう」を熱唱しながら客席を疾走。


 観客の父兄も、審査員も、校長すらも、気づけば立ち上がり――みんなでサークルを作って踊り出していた。


 会場は完全なるカオスと化し、最後は全校生徒が肩を組んで合唱。


 その瞬間、男装女装コンテストは「宗教儀式」へと進化を遂げ、一年四組が優勝。


 ……それが、山井にとって初めての挫折であった。


 意味が分からない。


 こんなクソバカどもに、してやられるなんて。


 山井の胸に広がったのは、勝敗ではなく、説明不能の虚無感だった。


 その虚無感は、彼の心をカラッカラに枯らし――結果として「彼女をたくさん作ろうとする」という、誰も得しないクソ男ムーブへと堕落させていったのである。


 自分でもクズだという自覚はある。奴らには恨みもある。


 それでも……、このストレンジャー四人がいれば、自分より下のクズがまだこの世にいる。そのことに喜びと安心感が生まれる。


 だからこそ、まだまだこのクズ野郎どもを助けてやりたい。そう思い、この学年のクズ男――やたら芸能界に精通し、アイドルから女優まで熟知している、三組飯尾。お金を借りると、自身の特殊能力でその記憶のみを無くしてしまう、五組金村。女性と話すのは緊張するが、なぜかラインだと饒舌になる一組韻田。その他、第二甲府の精鋭を集めて、こうして特攻している。


 が……。


「待ちなさい……」


 四階の北と南との連絡橋。ホテルスタッフに囲まれながら、ひとりの男性が立っていた。


「やはり……来ましたか、先生」


「もう覆面の海パンは被らんでもいいよ、山井君」


 そこには、国語の教師、芥田がいた。


「芥田先生……」


「山井君……僕の弟子でもある君をこの手で潰すのは悲しい。が、やらんといけないときはやるさ」


 そこで説明しよう! この芥田。ほそっぴのひょろひょろながら、顔はこの第二甲府の教師の中で一番いい。その分、女子生徒からの人気も絶大である。


 特に国語教師のため、漢詩やポエムなど、男から聞いたら「おいおい」と言いたくなるが、それっぽいことを口にして女子生徒をドキッとさせる、まさにクソみたいな女ったらしであった。


 だが何より恐ろしいのは、その語り口である。


 授業中、彼は目を細め、声をやたら湿らせ、まるで一行ごとに句読点を抱きしめるかのように、ねっとりとしたリズムで言葉を垂らす。


「生徒諸君……友情とはな、雨あがりの校庭に残る水たまりのようなものだ……。踏めば濁り、放っておけば蒸発する。だが……逆光の中で見れば虹色に光る……そう、まるでポカリスエットのCMだ」


「先生、例えがダサいです!」


 男子が即ツッコミを入れるが、クラスの女子生徒たちは「キャー!」と拍手喝采。なぜか響く。恐怖である。


 その結果、山井など、一部の男子生徒は彼に弟子入りし、彼からその表現手法と女性からのモテ方を学ぼうと努力してきた。なお川場もその塾に入塾したが、30分で退学処分となり、その後、向居のポエム恋愛塾への編入をした次第である。


「でも先生……俺は友情を取る。押し通る!」


 それでも芥田はひょろひょろ。それにこっちには、クセつよクズ男子生徒軍団がいる。このまま行けば、勝つことはできる。


 しかしそこで、芥田は制した。


「待て待て、山井君。暴力など、とても文化的じゃない。だからモテないんだぞ」


「く……」


「ならば山井君、もっと文化的な戦い方をしようじゃないか」


 そう言うと芥田は、髪をかきあげ、胸ポケットから「妙にしわくちゃな三島由紀夫の文庫本『不道徳教育講座』」を取り出し、なぜか表紙にそっとキスをしてから――すっと、窓から南館一階を指さした。


「ダンスレボリューションで……勝負しよう」


 その声音は、文学全集の帯コメントみたいに無駄に気取っており、場違いなほど重厚だった。











 この残波岬のホテルには、南館一階に、少しばかりのゲームセンターがある。


 そこに鎮座するは古の遺産――「ダンスダンスレボリューション」。


 軽く説明しよう!


 ダンスレボリューションとは、音楽に合わせて画面の下から流れてくる矢印を、足元のフットパネルでタイミングよく踏むという、非常にシンプルなゲームである。


 が――その分、やり込めばやり込むほど人智を超えた運動量を要求される。常人ならば肺が爆発し、脳が酸欠で白旗をあげるほどの消耗戦。かつては「痩せたいならジムよりダンスレボリューション!」とまで囁かれ、一部の狂信者にとってはまさにダイエット教の聖典であった。


 当初、山井たちは笑っていた。


 芥田はひょろひょろ。そんなやつがダンスレボリューションなんて。


 それにこちらは体育でダンスの授業を受けている。リズム感のアドバンテージは間違いなくこちらにある――そう信じていた。


 しかし、であった。


「な、なんだ……ガタッ」


 芸能界に精通し、音楽知識に長けたクズ男軍団の飯尾が、ぶっ倒れた。


 ほぼ、クズ男軍団、全滅である。


 その光景を見ながら、芥田はふっと笑った。


「まったく……リズムに乗れない男は、恋もできないぞ?」


 芥田は、ただ踏むのではない。


 彼は――跳ねた。舞った。しなった。


 まるで全身が楽器になったかのように、フットパネルを叩き、時に背中で、時に手刀で、ありえない角度で矢印を踏み抜く。


「矢印が彼に合わせて出てきているのではないか」と錯覚するほどの支配力。


 そして極めつけに――。


 芥田はダンスをしながら、自作の甘ったるい詩を吐き始めた。


「恋とはね……水に溶けた蜂蜜だ。すぐに消えるが、甘さは舌に残る……」


「おい誰か止めろ!」


「詩でライフが削られていく!」


 金村と韻田が勇敢にも挑んだが、敗北。


 ダンスそのものよりも、ポエム付きダンスレボリューションという精神的拷問に崩れ落ちていった。


「く……」


 山井は焦った。これじゃあ勝ち目がない。どうする? どうする? どうする家康?


 そのとき――耳のイヤホンから、同志中田の声が漏れる。


『同志山井……負けを認めるか?』


「いや、ここで負けたくない……でも、このままじゃあ……!」


『それだと、本当にストレンジャー四人のように、“公式バカクソ男子”に格下げだな』


「ば、ばかやろう! あいつらと同じだなんて……そんな、屈辱……! でも……」


『でも?』


「……それでもここで負けたら、あいつらとの約束を破ることになる」


『約束?』


「ああ。もし同志松田の告白が成功したら、同志中本さん経由で、他校の女子生徒を紹介してもらう……! この学校で俺の社会的地位は地に落ちた……だが、まだ“他校”なら……まだ戦えるッ!」


『……なるほど、クズだな』


 イヤホン越しに、同志中田の深いため息が流れる。まるで戦場で戦死した戦友の名前を呟く兵士のように重く――そして冷徹に。


『ならば同志山井よ……。去年の男装女装コンテストを覚えているか?』


「あ、ああ……! あの松田たちの……狂気と虚無が渦巻いた、クソみたいな競技だが……それがどうした?」


『俺はな。あの脚本を書くときに考えたんだ。正攻法じゃ、ビジュアル的に同志山井たちに勝てない……とな』


「いや、それにしても……あのクソミュージカル演出は……ほんとにクソだったろ……!」


『……だが、それでも四組が優勝した。分かるか同志山井?』


「え……?」


『いつでも正々堂々と戦う必要はない。状況を冷静に見て、勝ち筋を拾え。お前自身の……歪んだ武器でな』


 その瞬間――。


 ドタドタドタッ!!


 後方から足音が乱れ込む。


 ダンスダンスレボリューションの轟音に引き寄せられ、鬼の形相の高橋先生、横峯先生、リチャード先生が血走った目で突進してくる。


 山井は心の中で祈った。


 ――そうか、そういうことか!


「てめええええええらあああああああッ! なにしてんじゃああああああああッ!」


 高橋の怒声が響いた瞬間、山井は咄嗟に両手を上げた。


「待ってくださいッ! 俺たちは……騙されていたんですッ!」


「……なに?」


 高橋の動きが一瞬止まる。


 山井は震える声で、それでも勇気を振り絞り、真剣な眼差しで告げた。


「そこの芥田先生が……実は男子生徒を集めて“女性にモテる私塾”を開いていて……そのレッスンだと偽り……無理やり夜にここへ俺たちを呼び出したんです……!」


「な、なにィィィィッ?!」


 芥田の顔に、はじめて明確な動揺が走る。


「ま、まて、山井君……」


「どういうことですか、芥田先生……?」


 高橋が眉をひそめ、声を低くして詰め寄る。


「高橋先生。芥田先生の私塾は、ここにいるみんなに聞けば分かるはずです。それに、ダンスレボリューションをマスターすれば、女子生徒をイチコロにできるとも言っていました」


 山井が告げると、ホテルの蛍光灯がチカチカ光ったように見えた。


 芥田の肩が小刻みに震え、汗が額から滴り落ちる。


「待ってくれ、高橋先生! 僕がそんなことをするわけじゃないじゃないですか!」


 芥田の声は小鳥のさえずりのように細く、しかし必死に響いた。


 その目は汗で光り、まるで小さな水晶玉が割れそうな緊張感を放っている。


 だが、高橋はその芥田を無視し、無言で山井を見つめ返す。


「それが事実だとしても……いや、まあこの芥田先生だから事実だと思うが。でも、山井。お前は昨日も問題を起こしている。そして今日も消灯後に出歩いている。普通なら芥田先生に呼び出された時点で、他の先生に連絡を入れることもできたはずだ……だからな。多少の覚悟は出来ているか?」


 その声は、まるで巨大なゴムハンマーで頭を叩かれる直前の緊張そのものであった。


 山井はふっと笑った。その笑みは、狂気と諦観とバカさが渾然一体となった、奇妙な美しさを帯びている。


 友よ、達者でな。


「はい。僕も写経します。そこのゴミ教師と一緒に」


「きさまああああああ!」


 その雄叫びは、深夜のホテルに寂しく、そして虚しく響き渡った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ