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2016年11月30日21時52分

 2016年11月30日21時52分。


「お前ら、そろそろ消灯だぞ」


 夜の残波岬のリゾートホテル、422号室。


 畳の匂いに潮の香りが混じり、窓の外では波が砕ける音がかすかに響いていた。


 修学旅行二日目の夜。ベッドで横になっていた信二と、スマホをいじっていた東の部屋に――ガチャッと、監督であり生活指導も担当する高橋が顔を出した。


「あ、監督! びっくりした……」


 東が思わず声を上げる。高橋は眉をひそめ、部屋を見回す。


「どうした? なんかあったのか?」


「いや、ちょっと……」


 信二は枕を抱えたまま、申し訳なさそうに顔を上げる。


「昼に、カフェでみんなで“沖縄産ブラックコーヒー”ってやつ飲んだんすよ。そしたらずっと気持ち悪くて。しかも、全然眠くならなくて」


 その言葉に高橋は一瞬目を丸くしたが、ふっと笑った。


「ははっ。おいおい、キャプテンでもブラックコーヒーはダメか」


「さーせん……マジで効きました」


「まあ、無理すんな。寝られなくても横になってりゃ、ちょっとは体力戻る。明日はマリンスポーツだろ? 倒れられても困るし」


 そこで、少しだけ声を低めて続ける。


「それと……せっかくの沖縄だ。俺にバレない範囲で、うまく羽目外して楽しめよ。ただし、行き過ぎたバカやるやつがいたら――そのときは先生たちに知らせてくれ。頼むぞ」


 部屋の空気が一瞬、きゅっと引き締まる。二人は思わず背筋を伸ばして「はい」と返した。


 高橋は軽くうなずき、険しい表情を残したままドアを閉める。


 しばらく沈黙。やがて、東がぽつりとつぶやいた。


「……やっぱ、いい監督だよな」


 信二も、ベッドの上で小さくうなずく。


「ああ。野球のときと、それ以外のときで、ちゃんと切り替えてる。――ありがてえな」


 そこで、ふっと表情が曇る。


「……でも、ちょっと気になるんだよな」


 東もスマホを置いて、顔を上げる。


「松田たちのことか?」


「そう。夕方ホテル着いてから、ずっと変なオーラ出してんだよ。悪ノリの予感しかしないっていうか」


「うん……なんかやらかす雰囲気あったよな」


 ふたり同時にため息。


「……さすがにもうないよな?」


「……そう信じたい」


 ふと見上げると、壁の時計は22時ちょうど。


 廊下の向こうから、かすかに誰かの笑い声が響いてくる。


 沖縄の夜はまだ賑やか――なのに、胸の奥がざわついていた。


 そう、恐怖の夜の時間が、この修学旅行二日目にも、また忍び寄ってきていた――。











『作戦開始ッ!』


 もう既に、22時は過ぎていた。


 が、それを待っていたかのように、401号室の扉が――ギギィ……と、無駄にホラー映画じみた音を立てて開く。


 パイナップル柄の海パンを頭に被った、ストレンジャー四人、再出撃である。


 ルートは既に頭に入っている。


 四人は誰も言葉を発さない。ただただ、南館四階の階段を目指して、黙々と――しかしなぜか全員が忍者走りで――駆け出した。


 今日のTシャツは『変態百出』。


 姿や形が次々と変化することを意味する四字熟語ではあるが、今日の彼らにはぴったりであった。というかもう、他に何を着れば正解なのか誰にも分からなかった。


『そのまま全身』


 イヤホンから無機質な音声が届く。


 急遽、国際通りで外国人観光客向けのプリペイドSIMカードを購入した同志中田から、細かい指示が飛ぶ。ちなみにこのためだけに、同志中田は修学旅行のルートを変更し、沖縄の電気屋で購入。ただのバカである。


「ふむ、いい表情になったな」


 夕方、ジムで修行を終えたストレンジャー四人を見たとき、同志中田はふっと笑った。


 それはどこか照れを隠しつつも、それ以上に、自分自身の作戦の幅を広げられることに、戦略家として、妙な喜びを感じていたのだろう。


 無言で向居が差し出した、バラエティー番組で芸人が使いそうな真っ白なクリップボードに、同志中田は達筆で作戦を描いていく。


「いいか貴様ら。まずは残念なニュースだ」


 全員の背筋がピシリと伸びる。海パンを頭に被ったまま。


「昼、このホテルから他のリゾートホテル、ビジネスホテルへ、SOSが発令された。つまり、我々対応のタスクチームが練り上げられた。もともとは今が2016年だが、政府が掲げる、インバウンド立国を見据え、迷惑なインバウンド観光客対策に、ホテル同士の連携を深めるためにSOS発令は作られた。そして名誉あることに、その第一回のSOS発令が我々となったのである」


 同志中田の声に、謎の誇りと狂気が混じる。


「約、300人のホテルスタッフが、我々用にセッティングされたという」


 その話を聞いた瞬間、ストレンジャー四人は一瞬、顔が曇った。


 しかし、かつてのように大騒ぎはしない。沈黙の中で、各々が悟ったのだ。俺たちは、修行で強くなったと。


 その表情を見て、同志中田は静かに笑みを浮かべた。お得意の天然パーマをくるくるしながら、ペットボトルコーヒーを飲むフリをしつつ、嬉しそうに作戦を続ける。


「もちろん貴様たちが合法的に奴らと戦う方法を身につけたということは、俺の作戦の幅が広がる。貴様たちの、貴重な修学旅行の日中を潰しても、己を鍛錬する狂気……感服した。としても、だ。この人海戦術を崩すのは難しい。そこで――革命軍が必要となる」


 四人の目がギラリと光る。海パンの下から。


「そう、北一階で昨日の夜から写経監禁されている、六組の同志深田たち。お前たちと同じレベルの狂気と、フィジカルギフテッドを持つ革命軍の奪還が最優先だ。彼らを解放後、山井が昼間に必死に集めた、我が校のクズ男軍団も出陣させて、ホテル館内でパニックを起こす。その隙をついて――松田と川場は中本へ告白。須賀は吹部の橘か? あれはたしか最近彼氏ができたという噂もあったが……まあ頑張れ。そして、向居は……そうだな、まあ山見瑠璃あたりにでも告白だな。以上」


 ――バカみたいな作戦だったが、全員が真剣だった。


 そして現在、作戦決行中である。


「……多いな」


 松田がふっとつぶやいた。


 廊下の窓から見下ろすと、ホテル中庭は黒スーツにサングラスのスタッフで埋め尽くされていた。


 いや、「埋め尽くされている」なんて表現は生ぬるい。文字通り、中庭という中庭が“人でぎゅうぎゅう”で、スタッフの黒は濃すぎて影なのか生身なのか区別がつかない。


 その中には、ア〇ホテル、東〇イン、スー〇ーホテル、ルー〇インホテル……名だたるホテルチェーンの制服も混ざっている。まさにホテル界のオールスターゲーム。しかも、誰が誰だか分からない。中庭はもはやブラックホールのように黒に染まっている。


 さらに、もちろん我が校の教師までもが布陣している。


 なぜか木刀を持った者や、ガスマスクを装着した者、意味不明に新聞紙を丸めた武器を持つ者など……どうやら隠し技を持っているらしいが、全員が「殺しに来る」感じで、本当に不気味である。


「でもな」


 須賀が低い声で言った。三人が自然とそちらを向く。


「俺たちは、あのトレーニングでもう、十分に勝てる」


 その瞬間――。


 曲がり角から、ひ弱そうな大人が二人、姿を現した。


「と、止まりなさい!」


「き、きみたち……うちの生徒だろ?」


 倫理の山口と、政治経済の海口。


 どちらも小柄でサラリーマン風。着ているのは、リチャードにより、沖縄在日米軍から横流しされたという“ミリタリースーツ”。しかし、明らかにサイズが合っておらず、逆に弱そうだった。


 ストレンジャー四人――松田、川場、須賀、向居は、ふっと内心で笑った。


 勝てる、と。


「行くぞ!」


 松田の合図で、四人は一斉に教師たちへ突進した。


「こ、こら!」


「ま、まさか暴力するつもりか! だ、大問題だぞ! 退学だぞ!」


 その時だった。須賀がポケットから――六本の割りばしを、ジャラリと取り出した。


「「えっ」」


 教師たちが固まった次の瞬間、須賀が天を仰いで叫ぶ。


「王様だ~~~~れだぁ!!」


 ――そう、その手があったのである。


 ここで補足しよう。久しぶりのナレーションでございます。


 読者の皆さんは今、疑問を抱いていることでしょう。


 なぜ修学旅行の廊下で、ミリタリースーツの教師とパンツを被った生徒がにらみ合い、なおかつ王様ゲームに突入しているのか、と。


 説明しよう。


 彼らストレンジャー四人は確かに、学校のルールを破っている。


 そして無実な教師やホテルスタッフに対して暴力をふるうのは、社会的に見れば完全にアウトである。


 だが、ここだけ切り取って見てみれば――なんと、ほほえましいではないか。


 修学旅行の夜。


 男の教師と男子高校生が一緒になって「王様ゲーム」をしているのである。


 確かに消灯時間は守っていない。


 だが、先生方だって修学旅行の夜はこっそり缶ビールを開けているのだから、おあいこである。


 それに何より、ストレンジャー四人は先生方のことが大好きなのだ。


 好きすぎて、記憶に残る思い出を作ろうとしている。


 そう――これは合法的な、愛と友情のレクリエーションである!


「王様だ~~~~れだ!!!」


 須賀の咆哮とともに、教師二人が本能的にひるむ。


 その隙を逃さず、松田、川場、向居は、素早く割りばしを掴んだ。


 しかもこの割りばし、うっすらとナイフで刻んだ印が入っており、どれが王様か――すでに四人だけが把握済み。


 つまり、結果は出来レースである。卑怯極まりない。最高にバカである。


「はやく、先生方も取ってください!」


 須賀にせかされ、困惑しながらも、山口と海口が恐る恐る割りばしを掴んだ――その瞬間。


「俺が王様だ!!!」


 松田が立ち上がり、夜のホテルの廊下に、謎の勝利宣言が響く。


 その目は、もはや高校生ではない。戦場を駆け抜けた兵士の目である。※でもやってるのは王様ゲーム。


「1番は――2番に膝カックン! 3番は――4番に女神の吐息!!」


 ――命令が下った。


 まず川場。


 ボートレース部で鍛えた膝が、夜の廊下で唸る。


 忍び寄る影。


 後ろから――全力の膝カックン!!


「ぐぉええええええ!!!」


 運動不足の山口、まさかの足つり。


 体勢を崩した拍子に、廊下の観葉植物にダイブ。激突。土まみれ。敗北。


「ひえええええええ!!!」


 悲鳴を上げる海口。


 その背後から須賀が羽交い締め。


 抵抗不能の状態で、向居がそっと近づき――。


「ふぅぅぅぅぅぅ~~~~」


 海口の耳元に、熱く湿った“女神の吐息”をふきかける。


 おぞましさ、羞恥、そして意味不明さ、マックス。


「ぅ゛ぎゃああああああああああああ!!!!」


 海口、精神のライフがゼロ。廊下で仰向けに崩れ落ちる。


 ストレンジャー四人。勝利である!


 初勝利である!


 完勝である!


 が……。


「なあ、これでいいのか?」


 松田が気まずそうにいう。


「何が?」


 須賀が答える。


「普通にこれ、色々無理があるような……」


「……いうなバカ」


「バカっておい! もうネタがつきているのか! このパターンだと、この先、ここからアクション小説なのか! しかもその割にやってるアクション自体、しょぼいし、なんかきもい!」


「バカ野郎! 最初はもともと三つの型の下ネタ技でいこうとしてたんだよ! でも筆者がな! ある時コメントで勧められたギャグマンガを読んだら、あまりの下ネタのひどさに『さすがにこれ以上はヤベえかも……』って震え上がったんだぞ! そこからだ、王様ゲームというギリセーフの方向へ、泣きながら舵を切ったのは!」


「そんな裏事情いらねえよ! てかそのギリセーフ、内容だけ見るとギリギリアウトだからな!」


「バカ野郎! 王様ゲームにしねえと、昼間の窓の無いジムで、俺たちとムキムキマッチョたちが、変態じみた三つの型の下ネタ技を全力で鍛えてるっていう、完全にアウトな裏設定が露見するリスクすらあったんだぞ! だから今に感謝しろ! これは作者の汗と涙と、”コンプライアンス意識”の魂の結晶さ!」


「だからと言っても、ひでえだろ! だったらもっとジョジョ的にスタンド出すとかさ! リアル路線で武器使って戦うとか! もっと選択肢あったろ!」


「バカ野郎! もうジャンル『コメディ』で投稿してんだから変えられねえんだよ! 修学旅行で銃撃戦とかスタンドバトルしたら、ジャンル詐欺でBANされんだよ! やるしかねえんだよ! 筆者も、もうぶっちゃけ続きを書きたくねえけど、この方向で突っ切るしかねえんだよぉぉぉおおお!!!」


「おいバカ二人、敵だ!」


 川場が指さした先――。


 黒ずくめのホテルスタッフが何十人も、廊下を埋め尽くしていた。


 そして――。


 パァン!!!!!!!!!!!!!


「お、おい」


「やつら撃ってきたぞ!」


「「「な、なに?!?!?!」」」


 ホテルスタッフの手には、防犯用――ネットランチャー。


 しかも、そのネットにはなぜか「WELCOME 修学旅行生♡」の上に、手書きで「PUSH THE LIMIT」と書かれている。


「や、やべえぞ」


「こいつら、おもてなしと攻撃性が共存してやがる!」


「これが、平成型ホスピタリティ戦争か……!」


 荒れる須賀、松田、向居に対して――。


 ふっと、川場が笑った。


 いつもはクソ要因。


 だが今日、この瞬間、川場だけがなぜか静かだった。


 この修学旅行で急成長中の川場。


 誰よりもハイパーポテンシャルを秘めている。


 あの窓のないジムで、ムキムキマッチョたちと筋肉をぶつけ合った誇りが、彼を「スーパー変態人」へと進化させていたのかもしれない。


 いや、進化の過程で謎の羽まで生えた可能性すらある。


 川場は廊下の窓の向こう――夜の海を見た。


 その目に、決意の光が宿る。


「ホテル内を進むのは無理だ。だから……」


 川場は指を、漆黒の海へ向けた。


 かっこつけるように、しかし明らかにバカのテンションで、呟いた。


「さあ行こう。いざ、大いなる海へ――!!!」

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