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2016年11月30日10時47分

 2016年11月30日10時47分。


 国際通り近く、「五十嵐ゴールドジム」の扉。


 やたら鉄で重く、表面はもはや“張り紙の遺跡”状態だった。


 一番古そうな紙には、殴り書きで『出てけバカ』『沖縄にアホはいならい』『アルミホイル買い占め禁止(頭用)』とある。


 その上に貼られた新しい層には、『あそこの山田牧師はトリプル不倫をしている!』『全人類おでん化計画署名受付中! 今ならおでん缶プレゼント!』『日本政府はガンダムを作っている! 製造企業への補助金を許すな!』など、方向性がごちゃごちゃな宗教・政治・陰謀チラシ。


 おそらく——いや間違いなく——五十嵐と近所住民の果てしなき張り紙バトルの戦場跡。


沖縄の皆様、本当にご迷惑な先輩ですみません……。


 とはいえ昨晩は助けてもらったし、一応ホテルマンだし、多少まともな部分も——そう須賀が考えていた矢先、ゴゴゴゴゴ……と重い扉が開いた。


 そこは……畳。ジムなのに畳。しかも窓がなく、外界と絶縁されたような息苦しさ。湿気が喉にまとわりつき、鼻をくすぐるのは畳とカビと……何かしらやたら甘ったるい香りと、謎の葉っぱのかけら。遠くでポタ……ポタ……と水滴が落ちる音が、不気味なリズムを刻む。


 中央には黒いローブを纏った男が正座していた。三十代後半、額にうっすらと汗、口元は不敵な弧を描く。「暗黒面寄りになったジェダイ見習い」というより、ほぼ“シスの暗黒卿・那覇支部長”。


「……ようこそ……ヤングスカイウォーカーたちよォ……」


 声は低く、語尾がねっとりと湿っている。袖の中で指を絡め、ゆっくり顔を上げる動作は完全に”パルパティーン”。


 ※パルパティーンが分からない読者の方は『スターウォーズ 暗黒卿』で検索推奨。ほぼ期待通りの、宇宙一危ないおじいちゃんが出るゾ!


 松田が引き気味に言う。


「いや、普通に意味不明で草。来る意味無かったな、やっぱり」


 須賀も負けじと刺す。


「中二病だな。おい社会人、平日の昼間から何してんだ。働けバカ。国民の三大義務を守れ。それに……キャラ設定も昨晩から変えるな。普通に筆者がめんどくせえだろバカ」


 それに対して、五十嵐は喉の奥からくぐもった笑いを漏らした。


「ク……ク……ク……辛辣だ……よいぞ、その怒り、その憎しみ……暗黒面の養分とするがよい……ヤングスカイウォーカー須賀よ。だがマスターに対してその態度は……今日までだ。君たちは水族館もパイナップルパークも捨て、この聖域に来た……これが……運命だ……。私はお前たちを待っていた……そう、この……私の……フォースを……(長くなるので中略)……継ぐ、真の後継者たちを」


「「「「よし帰ろう!」」」」


「え?」


 四人はまるで今の呪文みたいな説教は聞かなかったかのように、あっさり扉に手をかける。


 その瞬間、五十嵐がダダダダダッとマジで速く飛んできて、四人にベタベタしがみついた。


「え? え? ちょっと待ってよ、ごめんね?でも早くないかな?もうちょっとさあ、暗黒面に落ちるフリくらいしようぜ?」


「いや、普通に考えて、平日の昼間から社会人と中二病ごっこするの、完全に時間のムダだろ」


 須賀がドライに言う。


「ていうか修学旅行だぞ?もっと遊びたい。もったいないわ」


 松田が便乗する。


「「子曰く、時はお金。バカ相手に使う暇はねえ」」


 川場と向居もニコニコしながら言った。


 その彼らの反応に対し、五十嵐は、誰も真剣に聞いてないのがもう悲しくて、それ以上に焦っていた。


「え、え、ごめん、ごめんてば!でもさ、ほら、ここから楽しくなるかもしれないしさ。ほら、これお饅頭。めっちゃ美味しいのよ。絶対損はさせないからさ、ねぇ、ねぇ、頼むよ〜」


「「「「いや……」」」」


 四人は口を揃えて拒絶。


「頼むよ! 脚本通りにみんな動かないと、俺の出番減らされるって、筆者に言われてんだよ! ほら、一応、台本の読み合わせも昨晩やったじゃん? あの通りにお願いよ……」


「「「「えぇ……」」」」


 五十嵐、しょぼーんと目をしょぼつかせながら、


「君たちは主人公だけど、モブキャラの私は必死なのよ。なに? 私の出番減らす気? もう、やってくれないなら、ぶりっ子しちゃうもんね! プイッ!」


 パルパティーン姿の三十代男性が駄々こねる姿は、この世で一番気持ち悪い。


 四人は顔を見合わせ、ため息混じりに


(一応昨日助けてもらったし、あと10分だけ付き合ってやるか……)


 と無言の了解。


 年下が年上のわがままに付き合う、この国の縮図のような光景であった。


 四人が渋々、定位置に戻ると、五十嵐は満面の笑みで「やだ、嘘♡」と喜び、すぐさま「暗黒卿モード」に切り替えた。


「えええ、ここからが本番だ……コホン。君たちはな……歴代最高の共鳴者……そう、だからこそ……修学旅行の初日にして……あの偉大なる“事件”を次々引き起こしたのだ……誇っていい……ヤングスカイウォーカーたちよ……」


(……しんどい!!)


 須賀と松田は心の中で叫ぶ。しかし、相手も必死。ここはキレのいい突っ込みで返さねばと己に言い聞かせる。


「な、なあ……須賀よ」


「な、なんだ松田?」


 二人とも言葉を選ぶように口を開く。


「普通に俺たちが昨日やったことって……迷惑以外の何物でもなかったよな?」


「ああ。俺たちもバカだって自覚はある。でもそういう自覚ゼロで、とりあえず“若者に寄り添おう”とか言いながら空回る大人……まさに今の世の中の“良くない大人”の見本だな」


 二人は必死の自己否定と自己正当化を繰り返しながら、このやばい大人と距離を置こうと画策する。逃げの構えだ。


 だが暗黒卿は知っている。彼もまた社会人。ここで主導権を握るため、パワープレイを仕掛ける。


「黙れ……黙るのだ……我が言葉を遮るでない……ヤングスカイウォーカーたちよ……」


 五十嵐は、袖の中で手をもぞもぞと組み替え、禍々しい笑みを浮かべながら、小さな紙切れをひらりと取り出す。


「さて……これに……見覚えはあるかな……?」


 彼の指が、まるで禁断の呪文を唱えるかのように紙を掲げる。


「あ!!」


 先ほどまで夢うつつで、物語の外を漂っていた松田が急に声をあげる。須賀もそれに気づき、目を細める。


「あ……あれは……恋みくじ、か?」


 五十嵐の唇が、陰湿に歪んだ笑みに変わる。


「そうだ、ヤングスカイウォーカー須賀よ……。初日に……あの国際通りで……ヤングスカイウォーカー松田が手に入れたそのおみくじ……実はな……これらすべてを国際通りに設置したのは……この我、五十嵐」


「「「「な、なにィィィィィッ?!」」」」


 四人の驚愕の声が、暗闇に響き渡る。


「ク……ク……ク……恐ろしかろう……聞け……この恋みくじ……この観光地で引くのは……バカな修学旅行の男子高校生だけなのだ……。つまり……彼らをふるいにかけ……選ばれし者たちを探し出し……我が聖域へと導くための……バカ専用試験なのだ……」


「う、嘘だ! そんなの嘘だ!」


 松田が震える声で叫んだ。


「そ、そんな……俺は自分の意思で引いたんだ……俺と中本さんとの運命を決めるものだ……」


「我が息子よ……ヤングスカイウォーカー松田よ……思考に頼るな、直感に頼るのだ……何が真実か、きっと分かるであろう」


「うそだああああ!!!!」


「おい、松田!」


 須賀が慌てて彼を支える。崩れ落ちた松田の背中を優しく抱く様子を、五十嵐は満足げな笑みで見つめている。


「お前たち二人の反発は強いな……しかし後方のお友達は随分と共鳴しているようだが……ふっふっふ」


 不気味に笑う五十嵐。


「なにっ!」


 振り返った須賀と松田の目に映ったのは、まるで操り人形のように虚ろな瞳で宙を見つめる川場と向居だった。ニヤリとも笑わず、表情は無機質で、まるで魂がどこか遠くへ消えたかのように静まり返っている。まるで誰かの深い呪縛に囚われたかのような──そんな異様な空気を放っていた。まるで、アカデミー賞級の演技である。


 川場の肩は微かに震え、だがその震えは歓喜の涙ではなく、強制された何かに抗うかのような、しかし決して逃れられぬ重圧のようにも見えた。向居の唇はわずかに開き、まるで無意識に繰り返す呪文の一節を呟いているかのよう。まるで、トニー賞級の演技である。


「俺は……信じていたのだ……自分こそが選ばれし者……運命の導きにより、マスター五十嵐から真理を授かると……」


 川場の声は低く震えているが、理性の抜けたその響きはまるで闇の中から響く低い唸りのようだった。まるで、エミー賞級の演技である。


 向居は目を閉じたままゆっくりと頷き、淡い光の中で虚ろに光るその瞳は、もう人のものではなくなっていた。まるで、日本レコーダー大賞級の演技である。


「修学旅行前に武田神社で成功祈願したのですが、教師と生徒の間に均衡をもたらす者が現れるとお告げが……その風貌、まさに予言通り。あなたこそが……」


 その言葉に五十嵐は目を細め、ねっとりとした笑みを浮かべる。


「そうだ……ヤングスカイウォーカーたちよ……今こそ共にこの腐敗した世界を覆す時……お前たちは新たな夜明けの先駆者となるのだ……」


 突然、ジムの蛍光灯が一斉に消え、深い闇が空間を覆い尽くす。


 胸を締め付けるような静寂の中、無機質に現れたスクリーンから冷たく青白い光が漏れ始める。


「プレ……ゼンテーション……?」


 須賀の声は震え、空気に溶けて消えそうだ。


 その問いに応えるように、五十嵐の口元がゆっくりと歪み、不気味な笑いが喉の奥から漏れ出す。


「ヤングスカイウォーカー須賀よ……ク……ク……ク……その洞察力、なかなか侮れぬな……これが我が歩みし道……なぜ我が普段はホテルスタッフ、でも外ではジムの支配者たる所以よ……なぜ20年前、伝説のオビ=ワン・ケノービこと横峯、そして賢者マスターヨーダこと小池先生に敗れし哀しき理由……すべてを今、目撃し、そして心の奥底で受け入れよ……ク……ク……ク……」


 冷気が皮膚を刺すように走り、窓のないこの密室に絶望的な息苦しさが漂う。


 五十嵐の濁った瞳が、まるで闇の門を開くかのように妖しく煌めいていた。


 ──彼らの魂は、既に暗黒面へと深く沈みゆくのだった。

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