2016年11月29日23時49分
2016年11月29日23時49分。
歩く電柱こと津田の助言を頼りに、松田たち四人は一度八階を経由してから、七階北館を目指していた。歩く電柱……さすがである。見事な抜け道。ミスディレクションの発揮である
てかあの野郎、どこ行った? 気配が完全に消えていた。まさか、また天井裏で逆立ちしてたんじゃないか。学校の中庭で前科あるからな、あいつ。
そんなことを松田が考えていたら、廊下の奥から――
「キャアアアア!」
女性の悲鳴が響いた。
「やばい、またポルターガイストか!?」
須賀が即座に壁に張りつく。自称“見える系男子”。なお実績は皆無。
須賀たちは揃って壁から顔だけを出して、廊下をのぞいた。ひょこっ。
驚いた。
若い女子大生らしき女性が二人、男に襲われて──いない。
……が、なんとも絶妙に不快な、ダル絡みをされていた。あれは多分、飲み会帰りの“恋愛ごっこテンションMAX”だ。質が悪い。
「平和だな、須賀よ」
松田がタメ息混じりに鼻で笑う。
「松田、あれがこの国の未来を担う若人たちだ。立派だ立派」
須賀は遠い目をしていたが、あれは絶対“心が旅立った目”だった。
これほど微笑ましくない光景は珍しい。
まるで納豆にバニラアイスを混ぜたような、誰得イベント。
「帰るか、向居」
「川場にしては珍しく名案だ。不愉快だな、このキラキラした“性春”」
向居が即応。今さらながら、向居たち全員、リア充アレルギー体質が発覚する。
──だが、なんか、おかしい。
ちょっと待て。
あれ……乱暴すぎないか?
「ねぇ……あれ、マジで大丈夫なやつ?」
須賀が不安げに言う。言いながら、自分の手が震えてた。
よく見ると、男たちの手が、女性たちの肩をガッと押さえつけていた。
これは……ふざけてるようで、違う。
「おいおい……これが大人の恋愛ってやつなのか……」
松田が、小動物みたいな声で震えた。
そのときだった。一人の女性が、こちらを振り返る。
「やべっ、目が合った。逃げ──」
「……いや、あれ、待て!」
「泣いてる……?」
「ああ、泣いているぞ!」
その瞳は、まぎれもないSOSの色。
そして、無音の口の動きが、はっきりと見えた。
「──た、す、け、て」
それを見た瞬間、須賀たちはギャグを忘れた。
身体が先に、走っていた。
ふざけてなんか、いられなかった。
やるせなさ、怒り、そして──明確な使命感。
「「「「ギャグ小説なめんな。女泣かせる奴は、書き換え対象だッ!!」」」」
全員、ポケットから取り出したゴーヤ柄の海パンを、無言で頭にかぶる。
頭にパンツ。心に正義。
それが我ら、ストレンジャーズの流儀──
通称:パンツ・オブ・ジャスティス。
脳裏に浮かぶのは、あの男の言葉。
柔道部三年、インターハイ県予選三年連続初戦敗退。
しかし精神的優勝者──轟先輩の金言。
「女性が泣いていたら、助けてやれ。女性を笑顔にするのが──本当の男の仕事だ。泣かせる奴は、まだ男になれていない。これほど分かりやすく、難しいことは無い。だからこそ……一生をかける価値がある」
毎月昼休みに中庭で光合成しながら、各クラス男子と“対話”と称したミーティングを主催していた伝説の人。
その言葉だけは、なぜか俺たちの心にずっと残っていた。そして今、ようやく自分たち以上の“本物のゴミ”を目にして──怒りが、湧いてきた。
「突撃ィィ!!」
須賀が、最前線で叫ぶ。
「紳士の名にかけてッ!!」
松田が、なぜか騎士っぽく叫ぶ。
「我が乱愛想術を解き放つ!!」
向居が、なにか中二感ある必殺技を発動。
「川場……お前だけ、手に持っているトランクスなんなの?」
「須賀よ。無礼だな。我の武装はタクティカルパンツだ」
そして須賀たちは突進し、野郎どもをボコボコにした。バカみたいに。いや、実際バカだ。
その直後だった。
「ウィィィン……ウィィィィン……」
館内に、耳をつんざくようなメカニカルな警報音が鳴り響く。天井から吊るされた非常灯が、赤く点滅し始める。嫌な予感が、全身をしめつけてくる。
《セキュリティレベルD発令。全館封鎖を開始。全ホテルスタッフは戦闘態勢に移行せよ――》
無機質なアナウンスが流れると同時に、窓の外では異様な光景が展開されていた。中庭に集まる黒スーツの男たち。ホテルスタッフ全員、イヤホンをつけ、サングラスをかけ、なぜか完全に“戦闘服”に早着替え済み。まるで、ここが最初から「戦場」だったかのような光景。
「お、おい……やばくね?」
「松田、逃げるぞ。マジで」
「ま、待て、須賀よ。まずは……助けた女性陣を!」
そう。松田は今この瞬間、自分たちが“守るべき側”であることを、心の底から信じ込んでいた。
助けられた女性たちは、男に襲われていた。
――いや、本当に。こんなこと、あってはならないと筆者は強く思う。
だがその直後、加害者の男たちは、謎の変態集団に襲われた。
いや、誇張でも比喩でもない。頭にゴーヤの海パンをかぶった、正真正銘の変態たちだ。
その異様さに、場の空気は一気にカオスへと突入した。
さらに館内では、謎の警報音が鳴り響いている――もはや、スピルバーグ監督もびっくりの変態的展開だ。
いま、ストレンジャー四人に求められているのは……そう、ハリウッド映画ならここで「ヒーロー的キメ台詞」が登場する場面だ。彼女たちを安心させるには、それしかない。
さあ、やってみろ野郎ども。ここが全員、人生の“見せ場”だ!
ここでカッコいいセリフを言えば、一気に読者からの見え方も変わるはずだ!
最初に前に出たのは……、やはりトップバッターの我らが松田だった。
その背中は自然と視線を集め、腕を大きく広げる仕草はまるで劇場の舞台挨拶のようだった。頬はほんのり赤らみ、どこか自信満々で、だが少し照れたような表情を浮かべている。まるで“自称・平成のキムタク”が降臨したかのように、ゆっくりと語りかけた。
「ちょ……待てよ。そんな不安な顔のまま、眠ろうとすんなよ。俺が――ちゃんと、守るからさ」
その声は優しく、どこか甘く響いた。
しかし――女性たちは、一瞬、ポカンとした。次の瞬間、ひっ……と小さく身を引いた。
やさしいのは確かに伝わった。だがそのやさしさの裏に、妙に“眠らせる”ことに執着しているような不気味さが隠れている。なんというか、油断できない空気を纏っていて、逆に恐怖すら感じられた。
空気がわずかにざわつく中、須賀が前に出る。
「次は俺だな」
彼の株価は、確実に落ちていた。まるでどんどん下がっていく株価チャートのように。
それでも、須賀の胸の内には謎の自信があった。泣けるアオハル恋愛小説を、貪るように読み漁って積み重ねた知識が眠っている。
その目はキラリと光り、胸を張り、自信満々の笑みを浮かべて、スマートに口を開いた。
「……君の心臓を食べたい」
その言葉は、空気を一変させた。
――キモい。とんでもなくキモい。
意味も分からない。心臓を食べてどうするんだ? “ハウルの動く城”のハウルかよ。しかも、ハウルの声優がキムタクで、さっきの松田となんとなくキャラが被っている。
だが須賀はそんなことお構いなしで、満面のドヤ顔をしていた。まるで、「俺、今キメた!」と自己満足の絶頂にいるかのように。その様子がまた、非常に気持ち悪かった。
その時、隣にいた向居がふっと笑みを浮かべ、じっと須賀を見つめる。
一瞬の沈黙のあと、二人は言葉を交わさず、視線だけで意思疎通を図った。
そして、互いに無言でまたドヤ顔を作り、ゆっくりと拳を合わせてハイタッチを決める。
その“やってやったぜ”感は、言葉を超えた共犯者の証だった。
だが、その空気感が周囲に漂えば漂うほど、彼らの株価はさらなる急降下を始めるのだった。
そんな須賀たちの背後から、静かに現れたのは……ボートレース部の怪童・川場だった。
急成長株として、そしてこの一連の中で一番の大本命と目される男。
その一挙手一投足が注目を集める中、彼はゆっくりと一歩を踏み出した。
目は伏せられ、声は小さく、だが凛とした冷静さを帯びていた。
「……欲に溺れる女ほど、見苦しいものはない」
言葉が放たれた瞬間、場の空気が凍りついた。
女性たちの表情が一瞬にして硬直し、顔色が青ざめる。
その感情の逆流は激しく、まるで津波のように押し寄せた。
そして――ビンタが炸裂した。
左右から同時に、女性たちの頬を叩く音が響く。
川場はその衝撃でよろめき、わずかに後退した。
向居が慌てて何か言おうと口を開くが、女性たちはもう立ち上がり、決して振り返ることなく、ドスドスと早足でその場を去ってしまった。
「……あのっ、違うんだよ、今のは、そういう意味じゃ……」
川場の弁明は、誰の耳にも届かなかった。そもそも、誰も彼に耳を傾けてはいなかったのだ。
残された男たちは、ただぽつんとそこに立ち尽くし、凍り付いた空間の中で、しーんとした沈黙を共有した。
そこへ、再び警報音が鳴り響く。
「ウィィィン……ウィィィィン……」
戦場とは、時として、外ではなく、内側にあるのかもしれない。
「っておい! 松田、こんなことで時間を浪費している場合じゃないぞ。作戦失敗だ。逃げるぞ! 追手が迫ってるんだ!」
須賀の声が廊下に響く。
「だけどよ……ここまで来たんだから、行かなきゃ意味がねぇだろ」
「ば、バカ野郎、ここで見つかったら俺たち全員、深田たちみたいに連行されちまうんだぞ!」
「でも……」
松田の言葉が詰まる。
その時、川場が静かに前に出た。
「待て、須賀」
「川場……?」
驚きと期待が入り混じる松田の声。
「行くんだ、中本さんのもとへ」
「ま、マジかよ……」
松田の瞳が潤み、川場を見つめる。
川場はふっと微笑み、低く力強く言った。
「ここで逃げた奴を、俺は中本さんのフィアンセ(婚約者)に認めねぇ」
「川場!」
松田が叫び、二人はその場で熱く抱き合った。友情と覚悟がぶつかり合う瞬間だった。
「おい須賀よ」
「何だ、向居?」
「あの男、本当に自分が中本さんの結婚相手を認める立場だと思ってるのか?」
「もうな……あいつは単なるファンを超え、親父ポジションに達したんだ。触れるな、ケガするぞ、こっちが」
それから四人は、黒服の監視の目をかわしながら音を殺し、慎重に階段を昇った。北七階の廊下を抜け、ついに中本さんの部屋の前にたどり着いた。
「お、おい、ここで合っているよな?」
松田が震える声で尋ねた。
「そうだ、松田。721号室。こ、ここが中本さんの部屋だ」
須賀が冷静に答え、静かな廊下に緊張が走る。
「おい須賀、落ち着けよ。緊張するな」
「ああ、松田……俺も同じ部屋だからな。橘さんに告白するつもりだ。ああ、緊張が止まらねぇ」
須賀は小声でつぶやきながらも、気合を入れる。
そして、四人全員がそろってドアノブに手をかけた瞬間、突如として全身に鋭い電撃が走る。
「ぐあああっ!」
「くそおおお!」
「こ、これは……!」
「な、なに!!!」
松田、須賀、向居、川場、四人全員、痛みに顔を歪め、ひとしきりもがいていると、廊下の影から拍手の音が響いた。
「き、貴様は……!」
須賀が顔を上げると、そこに現れたのは、小柄な男性。身長は150センチ足らず、白衣を纏っている。
「か、科学基礎の大野だ」
※この癖の強い小説を読んでくださる心優しきボランティア精神溢れる読者の諸君なら、覚えているであろう。彼は科学基礎担当で、同志中田と共に放課後、精神性揮発性ガスの研究を行う、教育委員会も一目置く問題教師である。
「ほほほほ……君たち、本当に素晴らしいよ」
「く、くそ……っ!」
松田が呻く。全身に走った電撃の余韻が、まだ身体を縛っている。
「で、電撃で……身体が動かねえ……っ!」
須賀が壁にもたれかかり、必死に息を整える。
「大丈夫、大丈夫。人体にはほとんど影響はない。少なくとも、今のところはね」
大野は白衣のポケットから取り出した手帳に、何やらメモを走らせた。
「それにしても、やっぱり君たちだったのか。アラームが鳴った時点で察しはついていたが……」
中本の部屋のドアを見つめながら、彼はニヤリと笑う。
「おい須賀……顔、見られたぞ……どうする……っ」
「くそ……他の教師にチクられたら終わりだ……!」
四人全員が青ざめる。しかし、大野の声は意外なほど穏やかだった。
「何をそんなに怯えているんだ。私は……別に誰にも言わないさ。あの脳筋共なんて、私は“進化に失敗したゴリラ”程度にしか思っていない」
その言葉に一瞬だけ、場に微妙な空気が漂った。
「だが、君たちは違う。逃げる姿勢がいい。実にデータが取りがいがある」
「……データ?」
向居が聞く。
「そう。どこまで高校生の精神が追い込めるか、君たちが“逃げながら何を守ろうとするのか”、極めて興味深い」
大野の目が異様な輝きを宿す。
「私はね、文科省直下で特別研究の指示を受けている。これは非公開のプログラムだが……この高校の修学旅行、実に好成績でね。毎年、逸脱行動が豊富で素晴らしい成果が得られている」
「てめえ……それで、見逃すってのか……?」
川場が必死に聞く。
「そういうこと。ただし、ひとつだけ条件がある」
大野は白衣の袖をまくると、にやりと笑った。
「“告白の成功”だけは許さない」
「「「「な、なんで……!?」」」」
「だって、成功してしまえば、君たちはもう夜に抜け出したりしない。追い詰められた若者の行動には、劇的な価値がある。だから、未完でなければならない。未完こそが、最高のデータだ」
その瞬間、彼は無線を取り出し、どこかにコールを入れる。
「あ、夜分遅くにすみません。あ、大野です、大野。ええ、あの大野です。……あれ? 高橋先生、私のこと……覚えていませんか? 一緒に修学旅行来てるじゃないですか。飛行機の座席、隣でしたよね、ずっと窓側で寝てた私です。……ええ、そうです。はい、七階北館で不審者を発見しました。……いえいえ、お手数おかけしますが、どうか、よろしくお願いいたします……。は? いやほんと、来てください。だってあなたの同僚ですってば。え? 大野なんて知らない? え、ちょ待て、ゴリ……あ、切られた」
電話を切った大野は、ちらりとこちらを見やる。何かを隠すように、必死に目が笑っていない。
「……さ、さあ、皆様。必死に逃げなさい」
その声は、深夜のホテルで聞くには、あまりにもゾッとする明るさだった。
直後、大野は白衣の内ポケットから、何かを取り出した。
「お、おい」
「そ、それは……」
「や、やめろ!」
「く、くそっ!」
大野の手には銀色に光る注射器。それを無造作に、ストレンジャー四人の口に次々と突っ込んでくる。
「ほほほ。ただの筋肉増強剤だよ。まあ、私が吟味したやつだけど。副作用は知らない」
その言葉と同時に――。
♪\\\ 翼を授ける〜〜〜ッッッ!! ///♪
どこからともなく、あのCMソングが流れ出した。照明もなぜか、赤から青に切り替わる。
「……さあ、逃げなさい。ドーピング(*レ〇ドブル)した高校生がどこまで飛べるか――実験の時間です」
その瞬間だった。
肉体が、明らかに異常をきたした。
「ぐおおおおぉぉおっ!? まっ、松田ァァァいけるッッッッぞおおおおおおおおおお!?!?!?」
「こ、腰がァッ!? いやちがっ、これ、羽!?!? はね!? 須賀ああああああ、サイコーーーーッッッッ!!!!」
「っはっはっはっはっはっはっ!!! わ、わらいっ、笑いが! とまんねええええええええええええええええええ!! 向居ィィィ! むくいィィィィは!!! もう一度産まれますぞぉぉぉぉおおおおお!!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!! 俺が! おれがッ!! 無敵ィィィィィィィィィィィィィィィィィの川場だああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
筋肉が膨張し、動きは俊敏に、四人はまるでゾンビ映画の“覚醒型”のように、メンタルだけ変化していく。
「データ収集、開始」
大野の目がギラリと光った。
そして、地獄の修学旅行《Nightmare Excursion》が幕を開けた。
逃げ出すと、即、黒服のホテルスタッフに見つかった。
「ターゲット発見――!」
しかしその瞬間、反射的に、ストレンジャー四人の足が動いた。全力疾走。
もう――覆面はない。いや、そもそも最初からなかったのかもしれない。
ただ一つだけ、はっきりしていた。
――いま、ストレンジャー四人は“逃げる”ことに、人生すべてを懸けていた。
暴力は使えない。あくまで先ほどの一撃は、正当防衛の域にあった。無実な教師やホテルスタッフにやれば、アウトだ。即、逮捕。
だからこそ、逃げるしかない。逃げるしか、“選べない”。
しかし、心強い味方はいる。
ドーピングの副作用なのか、全員、足に羽根が生えたみたいだった。
「ランナーズハイ」? そんな生易しいもんじゃない。
♪\\\ 翼を授ける〜〜〜ッッッ!! ///♪
背中でまた、謎のCM音が鳴った。その瞬間、四人はさらに異常な集中状態に入っていた。
「いいか! ペースは俺が作る!フォームは前傾、脚は高く上げろ!あの峠攻めを思い出せ!」
松田が叫ぶ。瞳は燃えるように輝き、空気は一気に引き締まった。
そう、ストレンジャーたちは鍛え上げられていたのだ。
──チキチキ・マクド・テイクアウト・チャレンジ。
それは単なる遊びではなかった。命がけの“セット崩さず持ち帰り”競争。
誰よりも速く、誰よりも正確に、マクドナルドの黄金セットを無傷でゴールに運ぶための、年に一度の精神特訓。
この校風に染まった者だけが挑める、血と汗の伝統である。
今年の指導者は、陸上部六組の望田。
彼は箱根駅伝90回分ものデータを解析し、完璧なフォームを構築。
そして彼主導で、甲府市の山沿いでの合宿――いや、正確には“ほぼ夜な夜な開催された”他校生徒との峠攻めの走り屋バトル。
……車? NO。
バイク? NO。
自転車? NO。
ダッシュ? YES……YES! YES!
そう、己の肉体を極限まで磨き上げるための、ストイックな“ダッシュバトルin峠”を行っていた。
「崩れないマクド」を追い求めた男たちの進化形。
それが――今、ここに全速力で駆けるストレンジャーである。
先頭は風を切り裂き、交代を繰り返しながら隊列をしなやかに変化させる。
ホテル内になぜかある、ヘアピンカーブですら無駄なくクリアし、片足を軸に体をしならせ、また慣性ドリフトの技まで習得済み。豆腐屋もびっくりのテクニック。
全員の呼吸が、まるで一つの生命体のようにピタリと合う。
これが、彼らにとって初めての、完全無欠の四人連携だったのだ。
だが――それでも、甘かった。
「追跡班、20名に増員。全ホテルスタッフ、緊急コード赤。ハンター、出動」
館内放送で響く、作戦本部・小池校長の声。
その直後、影が落ちた。
20人のハンター。ホテル中の交差点すべてに、黒服が現れる。
「うそだろ……」
「どこに行っても……いる」
四人は顔を隠した。すっぴんを見られたくない人のように、両手で必死に覆って。
でも、それは致命的だった。視野を失い、判断を誤る。
そして――とうとう力尽きた。
辿り着いたのは、南館四階。
皮肉にも、最初に“スポーン”したあの場所だった。
松田、須賀、向居、川場。四人の足が止まり、息を呑む。肩で呼吸しながら、互いの顔を見合わせる。
「ど、どうする……?」
「やつらが……来る」
「もう……ダメなのか」
「神よ……救いたまえ」
その瞬間、カタンと開いたのは、スタッフ専用のランドリールームだった。乾燥機の蒸気がもくもくと漏れ出す中、そこに立っていたのは――
黒服ではなく、ホテルスタッフの制服を着た、三十代後半の男だった。
「こっちだ。……今ならまだ間に合う」
渋く、低い声。だがその目は、まったく渋くなかった。なんというか……やけにギラついていた。
須賀は直感的に気づいた。同志中田と同じだ。こいつもまた、地元の血を忘れられない“クズ目”の持ち主だ。
こうして、第二甲府高校卒業生であり、今はこのホテルで働く五十嵐と、運命の出会いを果たすのであった。