絶対安全の部屋
その国家指導者は常に暗殺されることを恐れていた。
はじめは賢君として名を馳せていたのだが、国の中枢を蝕む政敵を追い落とすために過激な手段を取り、それの報復から身を守り、ということを繰り返すうちに段々と疑心暗鬼に陥り、ついには何の罪もない国民も粛清するようになってしまったのだ。
そのために国民たちからも恨まれており、本当にいつ暗殺されてもおかしくはない状況になってしまったのだ。
「絶対に安全な部屋を作れ」
そんなある日、指導者はそんな命令を腹心の部下に命じた。その部下は指導者が若い頃から彼を支え続けた、唯一心を許せる友とも呼べるような部下だった。
忠実な部下はいつものように一つ頭を下げるとその命令を果たすために行動を開始した。
そうして何ヶ月かが経ったとき、指導者の元へと部下がやってきた。
「ついに絶対に安全な部屋が出来ました。この部屋に入ればもはやあなたを傷付けるものはなにもありません」
部下に案内されたその場所には、硬質な金属に覆われた大きな立方体のようなものが鎮座していた。部下の説明によれば外を覆っている金属はいかなる方法でも傷一つ付けることが出来ないらしい。街一つがなくなるほどの爆弾を使われたとしても無事であるらしい。
また内部の空気は常に清浄に保たれる機構が組み込まれており、食料もまた部屋の中だけで全て供給することができるのだ。
しかもこれらの機構はすべて百年以上は保つような設計になっている。
説明を聞き終えた指導者は満足そうに頷いた。たしかにこれなら安全そうだ。
「このドアは私かあなたが引かない限り絶対に開けることが出来ません」
それを聞いた指導者は顔をしかめた。
「お前も開けることが出来るのか」
「はい。なぜなら」
しかし指導者は部下の言葉を最後まで聞くことなく銃を抜くと撃ち抜いた。突然のことに反応出来なかった部下はそのまま倒れ伏す。
その死体を見下ろして指導者は言った。
「すまないな。お前が心変わりしないとも限らないのだ」
そうして指導者はドアを引いて絶対に安全な部屋へと入ると、ドアをしっかりと閉めた。
豪華な調度品や食事にすっかり満足していた指導者は、やがて顔を青くする。
その部屋は完全に安全だった。心煩わせるような外界の情報が入ってくるような機構はなにもなく、彼の名誉を損なうような言動を発信するための機構もない。
外へと繋がれるのは唯一ドアだけだ。
だがドアは外から引くことでしか開くことが出来ないのだ。そしてそのドアを開くことが出来る唯一の人物はもはや……。