愛されたい女
「愛を信じない不幸より、愛を信じる不幸を選ぶわ。」
マリリンモンローの言葉だそうだ。愛を信じても、信じなくても不幸なのか・・・可哀想だ。
36歳で亡くなったアメリカの女優は、美しい容姿だけでなく、生い立ちから、恐ろしく男性優位の世界で成功するストーリー、波乱万丈な人生のすべてが魅力的で悲しく、興味をそそる。何本もの映画やドキュメンタリーを観た。
幼い頃に両親が離婚。母親は精神を病んで育児ができず、里親を転々とし、施設で育ったマリリンモンローは、三度結婚し、多くの男性と浮名を流した。いつも愛されたいと切望していたという。
愛されたい、モテたい、認められたい・・・
愛されない女より愛されたい女は可哀想だ。
「愛されたい」の動作主は自分じゃない。他人が自分を愛することだ。「モテたい」の動作主は自分じゃない。他人が自分を好きになることだ。「認められたい」の動作主は自分じゃない。他人が自分を認めることだ。
「・・・されたい」ってことは、他人の行動が欲しいってこと。他人の思うことはコントロールできない。他人のやることをどうにかしようったってどうにもできるはずがない。不可能なことをなんとかしようとしている。『奥様は魔女』のサマンサはそんな魔法が掛けられたと思うけど、一般人には無理な話だし、お門違いだ。
「愛されたい」という時、愛されない人間はダメな人間なのだという条件をつけて、自分を否定する。その条件に気付こう。今の自分でいいのだ。○○がないとダメだとか、○○でないとダメと考えているのは、自分で作り出した基準に自分を当てはめて嘆いているだけだ。
若い娘さんたち、他人がどう思うかは全くどうでもいいことだ。というより、どうしようもないことだ。どんなに着飾っても、どんなに相手が望みそうなことを言ったとしても、嫌われるかもしれない。逆に相手にどんなにひどいことを言っても、好かれるかもしれない。他人が何をどう思うかはどうしようもできない。どうにもできないことをどうにかしようとしなさんな。
他人のことばかり考えている時、自分がおろそかになっている。自分は何を感じ、何を考え、何をしたいのか。自分をしっかり生きてやろう。愛は貰うものでもあげるものでもなく、ここにあるものだ。外にばかり出かけていないで、家に帰っておいで。




