井の中の蛙
田舎に住んでいた時、私がほぼ一日部屋にこもっていたので、大家さんが落ち込んでいるのではないかと心配してくれた。彼は毎日人と会いコミュニケーションをして、自然と触れ合うことがいいことだと信じている。そしてそれ以外の生活は不幸だと思っている。
私は一日机に向かい書き物をしていることがとても幸せだ。もちろんデートもするし、自然にも出掛ける。でも毎日デートしたり自然の中にいたいとは思わない。もしそうしたいならそうするけど、その日何をするか全く決めていない。書きたければ一日書いているし、出掛けたければ出掛ける。一人でいることが全く苦痛ではない。むしろ有難い。
大家さんは何でもある自然豊かな村だと思っている。しかしそこは自然しかないただのド田舎だった。私はそれまで住んでいた町が恋しかった。何もないのに、人々の監視はある。小さな村では全員が全員を知っている。私が男と湖の畔で日向ぼっこしていると何人もが声を掛けてくる。大家さんに紹介された隣人や大家さんの兄弟姉妹である。
大家さんは、「この前フランスナンバーの車が家の前に停まっていたね」と言う。フランス人の男が来ていた時のことだ。「だから何?」と言いたい。「おぎです。やはぎです。おぎやはぎですけど、何か?」って言いたい気分だ。もう息が詰まるのだ。初対面の女性に平気で年齢を尋ねたり、プライバシーが一切ない。それが村の常識であり美徳なのだ。
私は窮屈で仕方なかった。問題はいろいろな価値観が世界にはあるということに、ここの人は気づかないということだ。そして自分の基準がすべて正しく幸せであるから、それ以外が有り得ないし、不幸だと考えてしまう。
私には私の価値観があるが、それを人に押し付けようとは思わないし、それで人を判断はしない。だって自分とは違う人間なのだから。自分はこう思うよ、とは表現するが、その後は相手が判断し決めることだ。それをどうこうしようとは思わない。
私は日本の若い娘さんたちが笑顔で暮らしてくれるように私の考えたことを書いているが、私の言うことが娘さんたちにとって正解かはわからないし、言うことを聞かせようとは思わない。こんな考えをしているババアもいるんだって知って、楽になってくれたら私も幸せだと思うだけだ。
若い娘さんたち、自由に生きて欲しい。いろんな考えの人が世の中にいる。それは無数だ。たくさんの価値観に触れて自分を作っていってほしい。あなたは自由なんだよ。何を考えてもいい。
そして自分の考えに固執しないで、他人の考えに隷従しないで、自由に変化できるようであって欲しい。楽に、どんどん楽になれるように変化してほしい。大事なのはあなたが幸せであること。私たちは本当に自由なのだ。




