第7話 1
ドリームランドをステルス航行で出港した俺達は、安全距離まで離脱後、一気に<苦楽>を加速させた。
展開していた隠蔽場が剥がれるが、どうせ攻撃態勢に入ったらバレるから気にしない。
人工太陽衛星の周回軌道を超えて、敵艦<女神>との相対距離一万キロまで肉迫する。
――光学望遠距離。
宙間戦闘においては近距離戦闘に分類される距離だ。
俺はいつもの艦長席ではなく、艦中枢に設けた専用シートで艦橋に指示を出す。
「よし、初手から全力で行くぞ。
――仮想砲身展開!」
ローカルスフィアを胸の奥のソーサルリアクタと接続。
専用シートを通して俺とリンクされた<苦楽>に、魔法が伝達されていく。
艦首前方に八つの幾何学模様が描かれた小円が出現して回転を始め、その軌跡が大円を描き出して、巨大な魔芒陣を構築する。
「――スーさん!」
『は~い、行きま~す!』
艦首の上下左右にそれぞれ二門ずつ――計八門のレーザー主砲が瞬いた。
魔芒陣が虹色の輝きを放ち、主砲を収束する。
<女神>の正面にバリアが展開されたが、魔法で収束・強化された主砲は一瞬でそれを打ち砕き、敵艦の上部を大きく抉って灼熱の痕を残す。
わずかに遅れて、爆発が起きた。
『いかにフォートレス級とはいえ、所詮、リンクされてない単艦出力のバリアなんて、こんなものですよねぇ』
エイトが小馬鹿にするように呟く。
「――このまま第二フェーズ!」
相対距離一万を保ったまま、<苦楽>は<女神>を中心に時計回りに弧を描く軌道を取る。
ここに来て、<女神>からようやく艦載機――ユニバーサル・アームが周辺宙域に飛び出し始める。
「――カグさん!」
俺の言葉に応じて、ホロウィンドウの中でカグさんがうなずいた。
カグさんは今、<苦楽>の艦首の上に立っている。
着流し袴の裾を真空になびかせ、手には対艦用の大弓だ。
俺が<近衛>と量子転換炉で、宇宙空間でも活動できるように、バンドーの民であるカグさんもまた、気合いとかいう謎の力で活動できる。
カグさんはまだ無理らしいが、師匠クラスになると宇宙を泳ぐことさえできるようになるんだとか。
息を止めて頬を膨らませたカグさんは、弓に極太の矢を五本つがえた。
そして、無造作に放つ。
矢が飛んだ先は<苦楽>に追いすがるユニバーサル・アームの編隊だ。
その前方にいる騎体から、カグさんの矢に頭部を貫かれていく。
スーさん同様に従騎士の立場にあるカグさんもまた、騎士ほどではないが事象干渉を行える。
つまり――カグさんが放った矢は気合いで当たるのだ。
リンカー・コア――搭乗者のローカルスフィアと騎体を繋ぐ、頭部を失ったユニバーサル・アームはそのまま慣性に流され、あるいは僚機と激突して爆発する。
艦載機の迎撃を終えたカグさんは、近場の艦橋直結ハッチから艦内に退避。
『――敵艦、対艦砲撃を開始しました』
エイトの報告。
<女神>の艦体からハリネズミのように無数の光学兵器が放たれた。
『はいはい、おまかせ~』
スーさんがまるでピアニストを彷彿させる動作で、コンソールに指を走らせる。
<苦楽>の迎撃システムが次々と起動して、光速で飛来する敵レーザーを正確に撃ち抜いていく。
『へへ~ん! <大戦>期の特務艦、ナメんなよ!』
エイトが得意げなのが、イラっとする。
文句を言ってやろうと思ったのだが――
『――若、ポイント到達! どうぞ!』
ヤツは急にマジメに報告してきて、俺は気勢を削がれた。
「ああもう! おまえ、ほんと、そういうトコだぞ!」
ホロウィンドウの中で澄まし顔のエイトを怒鳴りつけ、俺はシートに深くもたれかかった。
髪を掻き上げ、深呼吸をひとつ。
この専用シートは、<苦楽>に搭載された魔道増幅装置に直結されている。
「――永久の眠りより……」
現実を書き換える詞を紡げば、シートから光の軌跡が走り、周囲の壁に幾何学模様を描き出した。
それは艦体を伝ってさらに外へ。
<苦楽>が辿った軌跡が励起されて、半径一万キロの巨大魔芒陣を描き出す。
『――空間歪曲を確認。事象境界面活性化!』
エイトが淡々とした声で報告する。
『ア――』
『フ――』
スーさん、カグさんの単音からなる旋律が、魔道を増幅する詞となって、周辺宙域に響き渡った。
平面だった魔芒陣が回転を始め、球状の立体魔芒陣へと変貌を遂げていく。
父上ならば、その身ひとつで行えるであろう大規模儀式魔法。
魔道の才能がない俺は、魔道艦――<苦楽>とふたりの従騎士の補助を受けて、ようやく実現できるものだ。
「目覚めてもたらせ……バトル・フィールド!」
ふたりの単音に乗せて、俺はさらに詞を重ねた。
『――魔道空間、開きます!』
立体魔芒陣が強く発光を始める。
幕開くように――世界がめくれ上がった。
いまや魔芒陣の中は、魔法によって疑似構築された異世界だ。
物理法則がその意味を失い、意思の力が法則となる魔道空間。
魔芒陣の中心で、<女神>が対艦砲撃をやめて静止する。
騎士ではないユニバーサル・アームも、めくれ上がった空間に絡め取られている。
「――さあ、出てこいよ」
まるで俺の呟きに応じるように。
『――光学望遠にて確認。 <女神>甲板に用心棒です』
ホロウィンドウが開かれ、映像が表示される。
――ヤツは。
着流しのままに結った長髪を真空になびかせ、こちらを見上げて不敵に笑みを浮かべていた。
俺は量子転換炉から帝竜を構築して、ベルトのホルダーにセット。
ここからは第三フェーズ――リターンマッチだ。
「――じゃあ、行ってくる」
みんなのおかげで舞台は整った。
ここからは俺とあいつの意思のぶつかり合いだ。
『――良いかい、ライル坊。アンタがどんな怪我をしようと、必ずアタシが助けてやる。そして、アンタの敵だってそうさ。
たとえ殺しちまったって、必ずアタシが命を繋げて生かしてみせる』
ホロウィンドウの中で、俺の代わりに艦長席に座ったおギン婆が、静かに告げた。
「だから、思いっきりやんな! アンタの本気を見せとくれ!」
その言葉に、俺は苦笑して親指を立てた。
死んでても生き返らせるってことかよ。
さすがはおギン婆だ。
『――ご武運を!』
直臣達の言葉が重なり、俺の背中を押してくれる。
目の前の多重ハッチが連続して開き。
「――仮想砲身展開」
艦外へと直通する回廊に、魔芒陣を展開。
一歩を踏み出せば、俺の身体は一気に加速する。
俺自身を砲弾にした一撃だ。
――受けてみろ、用心棒!




