第5話 2
「――なるほどなぁ……」
数時間後。
俺は臨時会議室のテラスに出て、空を見上げていた。
衛星軌道を周回する人工太陽の向こうに、威圧するようにそびえる十字の影。
両舷の主翼を展開した<女神>の姿だ。
片翼だけでも船胴と同じ長さがあるらしく、ここから見える影は横倒しになった十字架のようだ。
「確かにこういう運用なら、なにも知らない者には威圧感を与えられるな……」
バカはバカなりに頭使ってるって事か。
テラスから室内に戻ると、ニーナがドリームランドのユニバーサルスフィアと<女神>のコントロールスフィアを接続したところだった。
彼女の目の前にホロウィンドウが開き、向こうの艦橋が投影される。
向こうのウィンドウにも同様に、ソファに腰掛けたニーナが映っている事だろう。
俺達はウィンドウに映り込まないように注意しながら、相談用の共有スフィアに接続する。
「――こちらドリームランド。わたしは代表のニーナです。
貴艦の所属と来訪目的を明らかにされたし」
ニーナが<女神>に呼びかける。
ホロウィンドウの中の映像は、さすがフォートレス級だけあって、オペレーター席が階段状に五層もあるのが見て取れる。
下層から上層に向かうにつれて、上位指示権限を持つという構造なのだろう。
その最上段――まるで玉座のような艦長席に映像が切り替わり、映し出されたのは四角い顔をした太めの男だった。
すべてを見下したような細い目が、ニーナを見据える。
『ワシは星間複合企業カネヒラ代表、シュウ・カネヒラである』
偉そうに告げたそいつは、太った腹の前で両手を組み、短い足を組み替える。
『用件は先日、告げた件についてだ』
「先日?」
ニーナは首をひねる。
『なんだ、伝わっておらんのか? これだから機属は無能だと言うんだ。
前回、交渉役に出てきた者に告げたはずなんだがな!』
と、不機嫌そうに吐き捨て、シュウは胸を逸らす。
「――つまり先日、この星を襲撃したのはあなた方だったという事でよろしいですか?
出迎えた者――ジャックは死にましたよ」
ニーナの声にわずかにトゲが含まれる。
「ハッ! 襲撃? 道理のわからんガラクタをしつけてやっただけだ。
それに代表とやら、言葉はちゃんと使え。
死んだじゃない、壊れた、だろう?」
あいつ、機属排斥主義者なのか?
『――エイト、このやりとりは録画してるな?』
『当然です。企業トップがレイシスト。これは大きく燃え上がるでしょうね』
にやりとエイトが笑う。
それだけで済ませるつもりはねえけどな。
「……ともかくわたくし達にはそちらの要求が伝わっていなかったのです。
先日といい、今回といい、いったいどのようなご用件での来訪でしょうか?」
核心だ。
俺はホロウィンドウの中のシュウを見据える。
『用件は三つ。
まずはその人工惑星は、歴史的に見ても我がクエンティア王国の領土であり、開発には我が社が携わっていた事が明らかであるため、即時明け渡せ』
「――そんな事実はありません!」
俺はエイトを見る。
即座にグローバルスフィアにアクセスしたエイトは、首を振って見せた。
『デタラメです。そもそもこの惑星自体が遺失論文によって造られていますので、開発者も施工主も不明となってますよ』
だが、ホロウィンドウの中でシュウは哂った。
『これを見ろ!』
と、新たなホロウィンドウが開き、一枚の静止画が表示された。
写っているのは、シュウに良く似た四角い顔と細い目をした、痩せぎすの男で。
その男の背後に写っているのは、建造中の――けれど特徴的な尖塔ではっきりとそうとわかる、ワンダー城だった。
『静止画を解析しました。偽造ではありません。撮影日時はドリームランド竣工の一年二ヶ月前……』
エイトの解答に、俺は呻く。
『この画像に写っているのは、ワシの先祖でな。この星を造ったのは、彼なのだよ。
わかるか?
つまり、この人工惑星の所有権はワシにあるのよ』
「いいえ! わたくし達の製造者は――」
ニーナが反論しようと腰を浮かせる。
けれど、俺はそれを制止した。
『――待て、ニーナ。シュウは三つ目的があると言っていた。イラつくだろうが、まずすべて聞き出せ』
チラリとニーナがこちらを見て。
彼女は自身を落ち着かせるように深呼吸をひとつ。
「……用件は三つとおっしゃいましたね。残りふたつを伺いましょうか」
目を伏せたまま言葉を紡ぐニーナを、シュウは怯えていると受け取ったのか、いやらしい嗜虐的な笑みを口元に浮かべた。
『ふたつ目は、この惑星を不法に占拠している機属共の強制退去及び身柄拘束だ』
「――なっ!?」
ニーナが驚きに閉じていた目を見開く。
『これは想定通り、奴隷目的か……』
『カネヒラは現在、人的資源不足ですからね。間違いないかと』
ドリームランドの住民達は現在、どこの国にも所属していない。
つまり本来は違法である奴隷化をしたとしても、カネヒラを法的に裁く手段がないんだ。
「……最後のひとつを伺いましょう」
怒りを押し殺しているのか、スカートを握り締めて、ニーナはそう促す。
すると、ホロウィンドウに変化があった。
『――そこからは私が説明しよう!』
――この声は……
艦長シートに座るシュウの前に、やたら芝居がかった仕草で金髪の男が進み出てくる。
『――私はオーランド・スワ・クエンティア。
大銀河帝国第三皇子である!』
これには、俺もエイトも顔を見合わせて驚いた。
『――なんであいつが!?』
『クエンティア主星に蟄居のはずですよね?』
そこに床で胡座を搔いて座っていたおギン婆が、頬杖を突きながら割り込んでくる。
『――バカだけに、蟄居の意味が理解できなかったんじゃないかい?』
『……ありえる……』
俺とエイトの声が重なる。
今回の場合、父上はオーランドにクエンティア主星での蟄居を命じている。
それは文字通り、主星から出るなという意味なのだが――
『恐らくは、謹慎とかそういう軽い意味で捉えてるんじゃないかねぇ』
自身らに都合の良い思考で、エコーチェンバーを形成するのが得意なクエンティア人だ。
そして厄介な事に、自分らの意見を根拠にして、それが真実と思い込むんだ。
ヤツの家臣らも同様に認識して、オーランドにそう吹き込んでいたとしても不思議じゃないな。
『私は君らのお姫様に用があるのさ』
前髪を指先で掻き上げる仕草が無性にイラつく。
「――姫様に?」
『あ~、彼女はホラ、進化型の――ミレディ、なんと言ったか?』
オーランドがウィンドウの外に問いかける。
すると狐耳を持った獣属の女が姿を現す。
黒のドレスに白衣をまとった、妖艶な女だ。
濃紫の髪に、ふたつに分かれた狐の尾。
『――ミレディだとっ!? あの女がなんでここにおるんだいっ!?』
おギン婆が驚きの声をあげる。
ミレィデと呼ばれた女は、目尻を化粧で紅に染め、翠に塗られた唇が艶かしく開いた。
『――ハイアーティロイドですわ。殿下』
女がそう告げると、オーランドは満足げにうなずく。
『そうそう。そのハイアーティロイド。私が娶ってやろうと思ってね。
<大戦>期の技術で生み出された、この既知人類圏でただひとりの種属の女。
私の妻にふさわしいだろう?
そうなれば、父上も私を見直さずにはいられないはずだ』
と、ヤツはウィンドウの中でクルリとターン。
『――帝国の皇子が求婚してやるんだ。姫だって快く応じるだろう?』
『……なに言ってんだ、アイツ……』
呆れ果てる俺の呟きに。
『――頭イッテんのか、アイツ……陛下からションベン女を娶れって命じられてんだろ!』
より辛辣なエイトの言葉が重なる。
おギン婆はといえば、ミレディと呼ばれた女を睨んでブツブツとなにか呟いている。
『……ライル様、どうなさいますか? 聞き出すべきものはすべて聞き出したかと。
正直申し上げますと、わたくし我慢の限界です』
共有スフィアで、怒りを抑え込んだニーナが呟いた。
まあ、最初から交渉がうまく行くとは思っていなかった。
カネヒラはこの星や住民達を手に入れる為に来ている事は、予想できていた事だったしな。
あわよくばという思いはちょっとだけあったが、俺達は交渉は破断するのを前提にしていたんだ。
だが、まさかオーランドのバカな思考までは予想外だったから、交渉としては収穫があったと思って良いか。
『よし、よく堪えてくれた。良いぞ、言っちまえ!』
俺の許可に、ニーナはうなずき、深く深く息を吸い込む。
交渉を打ち切る為のとっておきのセリフを、俺は前世の記憶を頼りに、ニーナに教えてやったんだ。
「……バカめ」
『――は?』
ホロウィンドウの中でオーランドがポカンとした顔を晒す。
いや、おまえ、あの文句で喜んで応じると本気で思ってたのか?
相変わらずバカの思考は読めないな。
『なんだと?』
シュウはシュウで艦長席の肘掛けを叩き、ウィンドウに顔を寄せてくる。
「聞こえなかったのですか?
――バカめ、と申し上げたのです!」
ニーナは立ち上がって、ウィンドウの中のシュウに指を突きつける。
『――貴っ様あぁ!』
顔を真っ赤に染めてこめかみに青筋まで浮かべるにシュウ。
「そんな一方的な通告を受け入れると、本気で思っていたのですか?
だとしたら、あなたの頭はそうとうおめでたい作りをしているようですね。
一度、分解検査を受けてみたらどうです?
――ああ、低能なサルは、頭をバラしたら壊れてしまうんでしたか?」
……うわぁ。
ニーナ、よっぽど腹に据え兼ねてたんだな。
口調は丁寧なのに、的確に銀河人権法ギリギリの比喩で、シュウを罵ってるよ。
『――後悔しても知らんぞ!?』
「あなたの要求に従って、奴隷になる以上に後悔する事でもあると?
本当に頭の中身が空っぽのようで。デキの良い陽電子脳を提供致しましょうか?」
――頭を取り替えて出直してこい……というのは、機属特有の罵倒文句だ。
それは正しくシュウにも伝わったらしい。
『クソ人形がっ! 貴様だけは、絶対にワシの手でバラバラにしてやる!』
ツバを飛ばしながら罵ったシュウは、そのまま通信を切断した。
「……ふぅ」
倒れ込むように、ニーナがソファに腰を下ろす。
「少々、興奮しすぎたようです」
そう言って微笑むニーナ。
「良い啖呵だった。さすが我らが筆頭殿だ」
と、ソファによじ登ったレオぽんさんが、ニーナの肩を叩いて労う。
「――さあ、坊主。わかってるな?」
そして、俺にまんまるな手先を向けて訊ねてくる。
「ああ。ここからは純粋な暴力の時間だ!」
俺は手の平に拳を叩きつける。
すでにスーさん、カグさんは防衛地点に配置済みだ。
「若が出るなら、エイトもお供を!」
俺の横にエイトが並び。
「今回はアタシも出るよ」
ずっとブツブツ言い続けていたおギン婆が、不意に立ち上がって、俺にそう告げた。
「良いのか? おギン婆、荒ごとの時はいつも船に籠もるじゃん」
「――ミレディが居るなら、話は別さ」
「あの女が? そういやアイツを見てから変な様子だったよな?
知り合いなのか?」
俺の問いに、おギン婆はうなずく。
「……因縁の相手さ。
あの女はね、ドクター・サイコパスの一番弟子――その師匠と同じく、ドクターの称号を持つ者なのさ」
――ドクターの称号。
それは、おギン婆の持つドクトルの称号の対極。
国家の枠から外れて、非人道的な研究すら厭わない――純粋な好奇心の塊。
それゆえにマッドサイエンティストと呼ばれる者に与えられる、忌み名なのだ。
「さあ、行くよ。ライル坊! 気合を入れな!
今回の件、連中が挙げた以上の目論見が、あの女にはあるはずさ」
と、おギン婆は俺の背中を叩く。
「――なんでもかんでも手の平の上と思ってるあの女に、吠え面かかすよ!」
白衣を翻して部屋の外に向かうおギン婆に、俺はうなずく。
「――ああっ!」




