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第8話 共に生きるもの:下


 木の実を食べながら、パーチェ達は会話に花を咲かせた。

 久しぶりの再会で話はつきない。

 しかしいっぱいあった木の実を食べ切ったところで、パーチェが切り出した。

「…そろそろ行こうか」

「ええ!? もう行っちゃうんすか!?」

「うん。名残惜しいけどね…」

 そう言って立ち上がろうとするパーチェに、ノワールが叫ぶように言った。

「もうちょっと居てくださいよ!」

 羽と同じく、深い海のような青い瞳は何か言いたげだ。だが瞳には寂しさも混じっているようで、ただただパーチェを引き止めるしか出来ないようであった。

 そんな瞳を見つめ、パーチェは穏やかな声で言った。

「ありがとう。でも、旅を続けないと」


 パーチェ達は歩き出した。そんなに広くない洞窟は、身を少し屈めないと剥き出しの岩にぶつかりそうだ。

 洞穴から出る寸前、先頭にいたパーチェの目の前にバサッと何かが飛び降りた。

 ノワールが目の前に飛び降りてきたのだ。

 青い翼を広げると、ノワールの大きな体がさらに大きくなったようだった。

「ノワール、退いてくれないかな」

「どうしても行っちゃうんですか」

「そうだよ。どうしても」

 パーチェがそう告げると、ノワールの青い瞳が怪しく光った。そして急に低い声になり、絞り出すように言葉を紡いだ。

「…それなら、料金をいただきましょうか」

「また料金、料金って…!」

 アサギリは腹立たしそうにノワールを睨んだ。その視線にノワールも睨み返している。

 険悪な二匹の雰囲気を気にせず、パーチェは「料金って、何だい?」とのんびり尋ねた。

「今食べた木の実の料金です」

「それはノワールが勧めたから食べたんじゃないか!」

「でも食べたのは事実。料金をいただきます」

 パーチェはノワールを静かに見つめた。彼のグリーンの瞳は、全てを知っているかのように透き通った色をしている。

「ノワール。何かを貰おうとするために、無理に何かを与えるというのはいけないよ。僕がそんなに信頼できないのかい?」

「いや、いや、そういう訳では…!」

「そうだ。僕らは、長い付き合いだ。ね、それなら僕を頼ってお願いする方が、よっぽど、お互いの幸せになるんだよ」

 パーチェの瞳にノワールが写っている。瞳の中のノワールは、そわそわし始めて段々小さくなっていくようだった。とうとう冷や汗まで流し出した。だらだら流れる汗と共に、ノワールはついに言葉を吐き出した。


「すいませんでした…お願いしたいことがあったんです」


 パーチェ達は一旦洞穴から出て、ノワールの話を聞くことにした。

「それで、お願いしたいことってなんだい?」

「えっと、あの…」

 ノワールはまだモゴモゴしている。そんな彼に対して、グリースが「ワン!」と吠えた。

「わかった、わかったよ…あの、あの……が食べたいんす」

「は? なんて言ってんだ?」

「…美味しいものが、食べたいんす!!」

「はあ?」

 目が点になるパーチェ一行に、ノワールは、ぽつり、ぽつりと話し始めた。

「こう、なんだか、最近、メシが物足りなくなってしまって…生肉や木の実じゃない、あの、美味しいものを、教えてもらおうかと…」

 お願いしたいことの内容を聞いて、ボギーは呆れた声をあげた。

「そんなことならパーチェに教えてもらえばいいじゃないの! 何でそんなまどろっこしいことするのよ?」

「頼むって難しいっす! 断られてしまったらと思うと、怖くて…」

 しょんぼりしているノワールに、パーチェは優しげな声で言った。

「わかった。教えてあげるよ」

 パーチェの優しい微笑みにつられて、ノワールもみるみる表情が明るくなっていく。

「ほ、本当ですか!?」

「ああ。でも僕ではなくて、アサギリが教えてくれるよ」

 突然振られた張本人は、目を丸くした。

「俺が!? いやいや無理だよ! 俺、火起こししかまだやったことないんだぞ!?」

「それだよ」

「へ?」

「だから、火起こし。それを教えてあげればいいんだ。ただ、ノワールだけでは難しいね。グリース、君も一緒に教えてもらうんだ。いいね?」

「ワン!」

「僕は別の用意をしに行くからね〜」

 そう言ってパーチェは、ボギーと共にさっさと森の中へ入って行ってしまった。

「勝手だなあ…今に始まったことじゃねえか…」

 パーチェの後ろ姿を見届けると、アサギリは観念して話し始めた。

「ええっと、じゃあ、必要なものを揃えてもらわないといけないな」

 アサギリはボギーに言われたように、ノワールとグリースにも木の葉を集めさせた。

「えっとね、まずは薪を積むんだ。そう、そう木の葉も混ぜて…そしてこれで」

 火打ち石などをリュックから取り出したところで、アサギリははたと手を止めた。

「この道具を擦って火種を作るんだけど、ノワール、出来る?」

「僕の翼だと無理っすね。でも、グリが出来るっす!」

「ええ!? 本当か?」

「ワン!」

 グリースは元気よく返事をすると、火打ち石を地面に前足でしっかりと固定し、火打ち金を口に噛み締めた。そして器用に火種が出るよう擦り始めた。

「そう、そうだ。火種を布切れに着火させるんだ」

 グリースは何度か擦ると、うまく着火させることができた。着火した布切れを、すぐにノワールが枯れ葉で包み込んだ。そして二匹でふー、ふーと息を吹きかける。

 あっという間に炎が現れた。その炎を、二匹は口とくちばしを使って器用に持ち上げた。そして積んでいた薪にそっと置いて、炎を大きくさせたのだ。

「すごいな、君たちって!」

 二匹の連携プレーに、アサギリは舌を巻いている。

 驚くアサギリの様子に、ノワールは嬉しそうだ。

「グリと僕は、支え合って生きているっす! グリが出来ないことは僕が、僕が出来ないことはグリがやるっす!」

「ワン!」

 アサギリの表情が強張った。

 彼は群れとなって生きたことがない。だから助け合って生きる、なんてことを考えたこともなかったのだ。


「そうか……そんな生き方もあるんだな…」


 なんとなく、心に黒いもやがかかった気持ちになった。

 しかしどうしてそう感じるのか、アサギリはわからなかった。この気持ちがどこからきたのか考える暇もなく、ノワールの声が飛んできた。

「でもこれのどこが、美味しいものっすか?」

「ワフ?」

 ノワールとグリースが、同時に首を傾げる。

 そこへパーチェが戻ってきた。片腕には真っ赤な肉塊を担いでいる。

「もう火をつけることができたの!? アサギリよりセンスあるわね」

 パーチェの肩にとまっているボギーが、そんなことをのたまった。

「ボギーの教え方が下手だったんだよ」

「何ですって!?」

「まあまあ、落ち着いて」

 優しくボギーとアサギリをなだめるパーチェだが、片腕に肉塊を持っているお陰で言っていることがどこか浮いて聞こえる。

 ノワールとグリースは、肉塊を期待を込めた眼差しで見つめている。骨つき肉は、アサギリの拳くらいの大きさだ。

 二匹の視線に気づいて、パーチェはにっこり笑った。

「さあ、これから美味しいものを作るよ。アサギリ、リュックからフライパンを取ってくれるかい?」

 アサギリは言われた通り、リュックを開けてフライパンを探した。すぐにフライパンは見つかった。真っ黒いフライパンで、取手が木で出来ている。

「フライパンってこれか?」

「そうよ! 当たり前じゃない」

「そう言ったってよう。俺は辞典に書いてある言葉しか知らないんだぜ? 一発で見つけられたこと、褒められたいくらいだぜ」

「はいはい、すごいわね」

「もっと気持ち込めろよ…」

 アサギリとボギーのやりとりを、パーチェはクスクス笑って見守っている。

「ふふふ。言葉と現実にあるものを、繋げられるって凄いことだよ」

「だろ!?」

「じゃあ凄いアサギリ君は、フライパンを焚き火にかざすことなんて簡単だよね?」

「おうよ!」

 アサギリは意気揚々と、焚き火にフライパンをかざした。フライパンが暖まってくると、パーチェが生肉をフライパンに置いた。

 ジュワーーー!

 途端に肉が威勢の良い音をあげる。肉の音を聞いて、ノワールは羽を羽ばたかせて喜んだ。

「おおお! これは!!」

「ワン! ワン!」

 肉の側面がこんがり焼き上がると、パーチェは用意していた木の棒を使って肉を器用に裏返した。するとまた、ジュワーーっと、素晴らしい音が鳴る。

 ノワールは肉から目が離せない。くちばしからよだれが落ちそうになっているのに、それも気づかない程だ。


 全ての側面が焼けた事を確認すると、木の棒を肉に指して取り出した。それから手際よく、大きな木の葉っぱの上に肉を置いた。

「さ、食べてご覧」

 ちょうどよく焼けた肉の塊は、香ばしい美味しそうな香りをはなっている。ノワールは肉が置かれるとすぐに、くちばしで肉をついばんだ。

 一かけ食べただけで、彼の表情がぱっと変わった。

「う、うまい〜〜〜! 肉って、こんなにうまいんすか!?」

 これまでにない位、幸せそうな表情である。グリースもガブリと肉にかぶりついた。よほど美味しかったのだろう。その後は何も言わず無心で食べ続けている。

「ちょ、グリ、俺が食べる分も残してくれよ」

「ワフ…」

「また作ればいいじゃないか。肉を焼く方法は、わかったろう?」

 パーチェの言葉に、ノワールは不安げな顔を見せる。

「でも、僕に出来ますかね…? 先生たちみたいに、器用に動く手は無いし…」

 自信無さげな彼に、パーチェは微笑んだ。

「練習や、試行錯誤する必要はあると思う…でも、できるよ。君『たち』ならね」

「……そう、そうっすよね!」

 そうしてノワールとグリースは、お互いの顔を見つめて笑い合うのだった。


「ありがとうございました」

 深々とノワールとグリースが頭を下げる。

 パーチェはそんな二匹の前に立つと、膝を折って話し出した。

「君たちは、とても賢い。だからこそ、断られてしまったときのことを想像して、そしてそれが、どういう意味なのか、悩んでしまう…だから、怖いと感じるんじゃないかな…ね、だからね、どうか、怖いと感じる事を恥じないでね」


 アサギリたちは歩き出した。その後ろ姿を、ノワールとグリースが見送っている。

「次はいつ、会えますかね!?」

 後ろ姿に向かって、ノワールが叫ぶように尋ねた。

「さあねえ!」

 振り向いて、パーチェも大きな声で答える。アサギリは歩きながら振り向いて、二匹が見えるよう大きく手をふった。ノワールも羽をバタバタさせて、それに答えている。

 歩けば歩くほど、ノワールとグリースの姿は小さくなっていく。米粒くらいになったところで、アサギリは手を振るのをやめて前を向いた。

 その時だ。

「ありがとう!」

 後ろから少年のような声が聞こえた。振り返るとそこには、小さくなったグリースの姿が見える。グリースの表情はもう遠くてハッキリとは見えなかったが、何となく優しげにアサギリを見ている気がした。

「グリースの声? いや、まさか…」

「アサギリ、あんまり後ろを向いてると転んじゃうわよ!」

「もう! わかったよ」

 アサギリは不思議に思いながらも、再び前を向いて歩き出した。


「肉、俺も食べたかったなあ」

 歩きながら、アサギリがそんなことをぼやいた。

「君も作ればいいじゃないか。火はもう焚けるし、できるよ」

「そうだけど…。でもさ、やっぱ俺パーチェの作ったやつが食いたいなあ! その方が、絶対うまいだろ」

 アサギリの言葉に、パーチェは声をあげて笑うのだった。


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