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第4話 銀色の生き物とパーチェ

「待ちなさいよ!」

 パーチェの背中を、ボギーが必死に飛んで追いかけていた。

 パーチェにボギーの声は届いていない。走り続ける体はどくどくと血が巡り、顔は真っ赤に紅潮している。その息遣いはひどく荒くなっていた。

 それでも彼は走り続ける。視界に捉えている、空を飛ぶドラゴンのことしか頭にないのだ。

 

 森を抜け、草原に出た。影となる木々が無くなり、眩しい夕日が目をさす。パーチェが無意識に目を瞬かせた途端、ドラゴンが空から姿を消してしまった。

 慌てて空から地上へと視線を移すと、すぐに夢中になっている生き物は見つかった。

 草原に体を預けたドラゴンが数メートル先にいる。

「わあ、そこにいた…痛い!」

 こめかみに突然、痛みがはしった。ボギーがくちばしで、彼のこめかみを突いたのだ。

「待ってって、言ってるじゃないの!」

 やっと止まった彼の肩に、ボギーは着地した。

「でも追いかけないと、また見失っちゃうよ」

「追いかけて、どうするのよ?」

「捕まえる」

「…エレキキャップ、今日はもう使えないじゃないの…」

 エレキキャップは、一日二回までしか使えないのだ。

「あ、そうか」

 無鉄砲な主人の行動に、ボギーは深くため息をついた。

「パーチェって、頭がいいのか、悪いのか、わかんないわよね…」

「う…けれど、ほら!」

 パーチェは取り繕うと、ドラゴンを指さした。

「横になっているし、危害を加える可能性は低い!」

「いや、あの…パーチェ? 生き物はすぐに豹変するって自分で言ってたじゃないのよ…」

 ボギーの言葉を最後まで聞かずに、彼はドラゴンの近くにある岩まで走り出した。そして背中を岩にピタッと張り付けて、ドラゴンをじっくりと観察した。


『大きさは普通のドラゴンより少し大きいくらいか? 翼が生えている点は違っているし、体型もスマートだ。だが、鳴き声とボギーの誘導音に反応する点は同じだ…お、耳の生え方は同じか…?』


「どう考えても調査対象だ…素晴らしい…」

 うっとりしているパーチェを、ボギーはどうにか諭そうと必死だ。

「落ち着いてよパーチェ…今はエレキキャップも、囮にできる食べ物も持ってないのよ…急に機嫌が変わったら大変よ! 一旦、戻りましょう?」

 ボギーの言葉に返答せず、パーチェは自分の世界に入ってしまった。「追跡機をくっつけるのも難しそうだし、うーん、どうしよう…」とぶつぶつ言っている。

「聞いてるの?」

「そうだ!」

「…聞いてないね…」

 パーチェはエレキ・キャップを出した指輪の宝石を押して、「ジルム!」と囁いた。すると赤い宝石はチカチカ点滅しだした。


『あ?』

 不機嫌そうな男の声が指輪から発せられた。声の主に話しかけるように、彼は指輪に和やかに話し始めた。

「やあ、ジルム。あのね、相談があるんだ」

『嫌だ』

「まあ、聞いてよ。君に借りたいものがあってね…」

『嫌って言ってんだろ。お前の耳は飾りか?』

「聞きなさいよ! 同じ星の仲間でしょう!」

『うるさい機械だな…わかったよ。何だ?』

「変換装置を貸してほしいんだ」

『あんな物、何に使うんだよ?』

「ドラゴンに使ってみたいんだ」

『ドラゴン!』

 ジルムは失笑しながら続けた。

『ドラゴンなんて、既に調査済みじゃないか。そんな生き物に使うなんて…お前、何百年間でボケちまったのか?』

「ボケてないよ! 話を聞けば、ジルムもわかってくれるさ。あのね、そのドラゴンは翼を持っててね…」

『翼!? そりゃお前、違う生物なんじゃないか?』

「そうも考えたんだけど、類似点もあるんだ。ボギーの誘導音にも反応した。それでね、肝心なのが、罠を認識する能力があるってこと」

『へえ…知能レベルも高いってわけだ』

 パーチェは翼を持つドラゴンのことを詳しく説明した。話を聞いていくうちに、ジルムは段々納得しているようだった。

「…と、言うわけなんだ。だから、貸してほしいんだ」

『嫌だ』

「ええ…」

 断るジルムに、ボギーも呆れたように「あんたさあ…」と呟く。

『冗談だよ。貸してやる』

「ありがとう!」

『このくそ生意気な機械に転送するからな』

「くそ生意気って何よ!」

『うるせえうるせえ! 黙れ旧式め』

「まあ! ひどい!!」

 ケンカ腰の会話に我慢できなくなって、パーチェは吹き出してしまった。笑うパーチェを、ボギーは納得いかなそうに首を傾げて見つめている。


『転送するぞ』

 ジルムがそう言うと、ボギーが急に静かになった。そしてくちばしが自動的に開き、口から勢いよく何かが飛び出してきた。飛び出した何かは勢いよくパーチェの鼻にぶつかると、彼の目の前に転がった。

 予想だにしなかった衝撃に、パーチェはうめき声をあげている。

『じゃあな』

 宝石の点滅が消え、ジルムの声がしなくなった。

 パーチェは鼻をさすりながら、飛び出してきたものを拾い上げた。

「久しぶりだなあ、これ」

 送られてきた変換装置は、随分古臭い形をしている。大きさは手のひらから少しはみ出るくらいで、見た目は初期の携帯電話に似ている。だが、携帯電話のようにボタンは無く、代わりに親指大くらいの調整つまみが一つだけついていた。


 パーチェはつまみを握って、変換装置を使う準備を始めた。つまみの周りには、様々な生き物の絵が白色で描かれている。十二時の方向を指していたつまみを、九時の方向に動かす。するとつまみは、ヒト型の絵を指し示した。

「これでよし」

 変換装置を持ったまま、パーチェはドラゴンの様子をうかがおうとした。岩陰から気づかれないように、ゆっくりと顔を出す。

「あれ?」

 草原に横たわっていたはずのドラゴンの姿がない。


 同時に彼は、左腕に違和感を覚えた。





「パ、パーチェ…」

 肩に留まるボギーが、弱弱しい声をあげる。

 しかし彼は返事をすることすら出来ない。

 すぐには、何が起ったのか認識できなかった。いや、認識したくなかったのかもしれない。だが左腕の違和感が痛みに変わり、現実を直視せざる追えなくなった。


 パーチェは自身の左腕に目をやった。

 左腕は無様に引きちぎられ、中の血管と神経が肉眼で見える状態になっていた。それらと、かろうじて残った皮膚がだらりと腕から垂れ下がり、赤黒い血が大量に滴り落ちていた。

「腕が…ああ…」

 ボギーは動揺して、声が震えている。ボギーを落ち着かせようと、パーチェは「大丈夫だよ」と囁いた。

『このままだと、本当に死んでしまう』

 血の鉄臭い匂いが鼻を突く中、パーチェは急いで応急処置をし始めた。上着の裾を引き裂いて、傷口にあてる。


 処置をしている途中、彼の手が止まった。

 何かを噛み砕くような鈍い音と、ピチャピチャと下品な咀嚼音がどこからか聞こえるのだ。

 険しい顔で、音の聞こえる方を見た。ほんの数メートル先に、こちらを見つめるドラゴンの姿があった。ドラゴンの大きな口の中には、ぐちゃぐちゃになっているものが見える。肉の残骸と、布の切れ端が混ざり合っているものだ。

 目を凝らすと、先ほどまでジルムと通信していたお気に入りの指輪がキラリと光っているのが見えた。


 そうこれは、パーチェの腕だったものだった。

 ドラゴンはパーチェを見つめながら、引きちぎった腕を噛み砕いているのだ。ぐちゃぐちゃになった腕を、見せびらかすように粉々に砕き、ゴクリと飲み込んだ。そうして血だらけになった口周りを舌でペロリと舐めている。

 ドラゴンは笑っているようだった。

 あれだけ美しいと興奮していたパーチェだが、今や獰猛な怪物にしか見えなかった。


 変換装置に気を取られているうちに、ドラゴンはパーチェの存在に気づき、攻撃するタイミングを見計らっていたのだ。

 そして見事腕をもぎ取り、とどめを刺そうとしている。


 ドラゴンが唸り声をあげた。

 低く鳴り響く声は辺りの空気をも振動させ、パーチェは音が体にぶつかってくるように感じた。

 

 唸り声をあげながら、ドラゴンが近づいてくる。大きな翼を持っているのにもかかわらず、異様な速さだ。

 金色の瞳はパーチェをしっかりと捕らえている。

「速く! 変換装置を!」

 ボギーが金切り声をあげる。言い終わらないうちに、パーチェは変換装置のつまみを強く押しながら、アンテナをドラゴンに向けた。

 次の瞬間、変換装置のアンテナから青白い光が発せられた。青白い光がドラゴンの体全体を照らしだす。そして光の中から、無数の雷光のような電気の稲妻が現れた。稲妻はドラゴンに向かっていき、全てがドラゴンに命中した。


オオオオオオ―――!


 ドラゴンは叫び声と共に、草原に崩れ落ちた。


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