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エピローグ:式日



「先生、こっちです!」

 飛び跳ねるように歩くアライグマの後ろを、老人パーチェがゆっくりと歩いている。

 

 あのドラゴンの襲撃で、アライグマの村はひどく荒らされてしまった。だが、アライグマたちは諦めなかった。健気に村を立て直し、数十年後の今では前と変わらず活気のある村に戻っている。


 茅葺き屋根の小屋から、アライグマたちが急いで出ていくのが見える。みんな、向かっている方向は同じだ。

 広場へ向かっているのだ。

 パーチェも広場に向かいながら、空を見上げた。

 快晴の青空から落ちる光は眩しく、年月で小さくなった目をさらに細くし微笑んだ。

 

 広場が見えてきた。沢山のアライグマたちが、切り株で出来た小さな椅子にちょこんと座っていた。

 みんなわくわくしていて、明るい表情だ。

「先生だ!」

 パーチェに気づくと、先に座っていたアライグマたちは丁寧に会釈をした。パーチェはそれに答えながら、空いていた切り株の椅子に座った。

 まもなく、軽快な音が聞こえてきた。

「始まるぞ!」

 弾んだ声で誰かが言った。


 広場への道に、アライグマの行列が見えた。

 先頭のアライグマが、おごそかに鳴り物の腕輪を鳴らしている。赤い木の実でこしらえた鳴り物が3つ着いていて、側面には花の模様が施されていた。


 そしてその後ろにいるアライグマたちは、数匹で人形を担いでいた。

 すらりとした形をしていて、大きな翼がある。

 そしてその人形の体は、美しい銀色をしていた。


 先頭のアライグマが、歩きながらゆったりと回転し、腕輪を鳴らす。シャンシャンと鳴り響く音に、広場で話し込んでいたアライグマたちも、話すのを止めてその様子を見始めた。

 

 アライグマ一行は広場に生えた大きな木の下までやってきた。

 すると鈴の音にあわせて、人形を動かし、軽やかに踊りだした。

 見えない敵に囲まれているかのように、辺りを見渡したかと思えば、空に向かって噛み付くような動きを模して、踊っている。

 動くたびに、人形の体は太陽の光にあたってキラキラ輝いた。


 アライグマたちはみんな、身を乗り出して踊りを楽しんでいる。

 パーチェもじっと、踊る様子を見守っていた。と、肩で眠っていたボギーが目を覚ました。ボギーは木の下で踊る人形を見ると、夢見心地に言った。

「あれは、アサギリかしら?」

 パーチェは何も答えずに、ボギーの頭を撫でた。

 

 鈴の音が何度も大きく鳴った。演舞の終わりを伝えているのだ。

 人形は切り株に座っているアライグマたちをぐるりと見るような動きを見せた。

 そうして最後に、人形を空に掲げて一匹のアライグマが叫んだ。

「銀色の神様に感謝を! そして、生きていることの喜びを噛み締めよう! さあ、今日は銀色のお祭りだ。大いに楽しもう!」

 

 広場にいるアライグマたちが歓声をあげると、みんな立ち上がって思い思いにお祭りを楽しみ始めた。

 ぴょこぴょこ踊るアライグマもいれば、持ってきた食べ物を周りのアライグマたちに配っている者もいる。

「先生もお一つどうぞ」

 パーチェの前に、アライグマが大きなカゴを差し出した。

 カゴの中には鮮やかな黄緑色の実がいっぱい入っている。

「ありがとう」

 お礼を言って、パーチェは一粒木の実を貰った。黄緑色の実を振舞ってくれたアライグマはニコニコ笑っている。その笑顔に、パーチェは懐かしさを感じた。

「君は…オウル君の子供かい…?」

 パーチェの言葉に、アライグマは目をぱちぱちさせて驚いた。

「オウルは、私のおじいちゃんです。おじいちゃんを知っているんですか!?」

 その答えに、パーチェは穏やかに笑った。

「そうかあ、もう、孫の代なんだね…知ってるよ、もちろん…なにせあの時に、アサギリはいたんだから…」

「アサギリ? どなたですか?」

「…純粋な生き物の、名前だよ」


 そう言ってパーチェは、またアサギリのことを思い起こして、遠い目をしている。

 オウルの孫は、その様子を不思議そうに大きな瞳で見つめていた。

「おうい」

 オウルの孫は別のアライグマに声をかけられ、どこかにいってしまった。

 

 パーチェはオウルの孫を目で追っていた。

 オウルの孫がアライグマの群衆に消えてしまうと、彼は貰った木の実を一口齧った。蜜のように甘い果汁が口いっぱいに広がっていく。

 木の実を食べ切ると、静かに切り株から立ち上がった。

 そうしてアライグマたちに気付かれないように、そっと広場から立ち去ったのだった。




 パーチェはアライグマの村の裏手にある、森の中を歩いていた。

 お祭りの歓声が耳に残り、彼は朗らかな気持ちで歩みを進めている。

 エメラルドのように鮮やかだったグリーンの瞳は、年月をかけて濁った緑色に変わってしまった。それでも彼の瞳には力強さが残っていた。


 一輪の青い花を咲かせた植物や、渦巻き型の茎を伸ばした植物。生き生きと植物たちは、日の光にあたって生きていることを主張するかのように、輝いている。

 その隣で、皺を増やしたパーチェが汗を滲ませながら軋む足を動かしていた。


 数時間経った頃、不意にボギーが口を開いた。

「…来るわ」

 知らせを告げるボギーの声は、感情の無い声であった。


 パーチェは立ち止まって空を見上げた。何の変哲もない青空が広がっている。

 だが、パーチェは何かを待つかのように、ひたすら空を眺めていた。

 不意に、突風が吹いた。

 白毛だらけの髪が、大きく揺れる。風はビュウビュウ吹き続けたかと思うと、ゴウゴウと機械音が耳に届く。機械音の間から、優しげな声が聞こえた。

「お帰り」

 迎えの合図に、パーチェは目を細めた。

「ただいま」


 いつしか空には、大きな(スペースシップ)が出現していた。

 船は横に長く、楕円型をしていて、窓が無かった。その一面を彩っているのは、ピンクと青色が混ざったような色であった。

 透明感のある塗料が使われているようで、日の光に反射して船は光り輝いていた。


 パーチェが船をじっと見つめると、体がふわりと宙に浮いた。

 肩にとまっていたボギーも、パーチェの隣でふわふわ宙に浮いている。

 パーチェとボギーは地面からどんどん遠ざかり、船に近づいていった。


 船の目の前までやってくると、彼らの進む方向にある船の一側面がふっと消えた。

 そうして一人と一個は、船の中へと入っていく。

 船の中は真っ暗だ。

 暗闇の中で、聞き覚えのある声が聞こえた。

「腕一本無くしちまうって、お前らしいな」

 暗闇の中から、男の姿が浮かび上がる。無精髭を生やした、熊のようにがっしりとした大男であった。彼もまた、浮遊している。

 パーチェはその姿を見つけると、優しげに笑った。

「久しぶりだねジルム…でも船に戻れば、また再生するんだから良いじゃない」

 同じ整備員のジルムは、納得いかないような声で言った。

「そうだけどよう、ある日お前が本当に死んじまう気がしていて心配なんだよ、俺は」

「ジルムは優しいね」

 そう言うと、ジルムは照れ臭そうに笑った。

「仕事仲間の心配をしてるだけさ」

 そんな彼に、パーチェは微笑んだ。

「ところでアサギリの事例は、物体変換の調査に使えそうかい?」

「おう、思いっきし使えそうだ。ただ…」

「ただ?」

「あれは廃案になりそうだ…心の成長があまりにもはやすぎる。整備員がコントロール出来ないと判断した」

「そうかあ…残念だな」

 パーチェの言葉に、ジルムの表情は険しくなった。

「残念? お前、あんなことを直近で見ていてなんとも思わねえのか?」

「あんなことって、何だい?」

「だからよお、あの変えられちまったドラゴンの最期をよお…」

 ジルムがそう言っても、パーチェは首を傾げるだけだった。

「サンプルがどんな感じで動くのか見れて良かったよ?」

 それを聞いて、ジルムは大きくため息をついた。

「…何十年も会ってなかったから忘れてたぜ…お前はそういう奴だったな」

「どういう意味だい?」

「言っても分からんだろう…さあ、そろそろ巻き戻しの時間だ」

 パーチェはいつもの穏やかな笑顔で「お願いします」と頭を下げた。

「始めるぞ」


 パーチェは目を閉じた。するとパーチェとボギーは別々に透明な卵のようなものに包まれた。

 透明な卵の下側から、青みがかった水が溢れてきたかと思うと、あっという間に卵の中が全て満たされた。

 青みがかった液体に包まれていたが、パーチェは呼吸が可能だ。むしろ穏やかな呼吸ができており、段々身体中が心地よい暖かさに包まれていった。


「巻き戻しを開始します」

 無機質な声が脳に響いた。


『…次は、どんな生き物と出会えるのだろう…』


 パーチェは未来へ想いを馳せながら、しばしの眠りについたのだった。


これでお話は一旦完結です。

長い間お読みいただきありがとうございました。

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