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第28話 銀色の生き物は赦しを乞う⑤


「ただいま」

 その一言で、囲炉裏を囲むみんながこちらを振り向いた。

 もう全員、サンドイッチは食べ終わっていた。

 中央にある暖かい光のせいだろうか、オウルも客人たちも優しい視線で見つめてくれているように感じる。


「おかえり」

 オウルの穏やかな声が耳に届く。グレイはほっとすると、オウルとアサギリの間に座った。

「アレイはどうだった?」

「…相変わらずだったよ…」

「そっか…」


 オウルの尻尾がしょんぼりと垂れ下がった。

 尻尾の動きを見て、アサギリは遠慮がちに「話せないことだったら無理に答えなくても良いけど…アレイってどんなアライグマなの?」と尋ねた。

「うーん、話せないことでも無いんだけど…」

 オウルはぽつりぽつりと話し始めた。

「アレイは僕らの友達なんだけどさ…少し前に子供を亡くしてね。ずっと元気がないんだ…突然だったからなあ…まさか、ドラゴンに喰われちゃうなんて…あんなに小さいうちに…」


 ボギーは心配そうにアサギリの顔を見上げた。

 彼は俯き加減で、じっとしている。だがその表情を見て、ボギーは一瞬たじろいでしまった。アサギリは下唇を血が出そうな位噛み締めて、どうにか落ち着こうとしていたのだ。

 一度、噛んだ唇を舌で潤して、アサギリはゆっくり顔を上げた。


 もう、いつもの彼に戻っていた。

「…ごめん…ねえ、そのドラゴンって、どんなドラゴンだったの…?」

 オウルとグレイは突然、奇妙なものが現れたのかのようにアサギリを見つめた。そしてグレイが「さあ…アレイはその日のことをあんまり話さないからね…」と怪訝な声で答えた。

「あのさ…アレイを元気付けることって、俺に何か出来ないかな…」

「元気付ける、か」

 それが出来たらどんなに良いことか、とグレイは言ってしまいたくなった。しかしその言葉を出さずに、彼は淡々と返答した。


「そうだなあ、アレイの好きなものをあげるとかかなあ」

 聞いていたオウルが「あ!」と何か思いついたらしく、声をあげた。

「アレイって、木の実を煮たやつ好きじゃなかったかな? ジャム、って言うんでしたっけ先生?」

「そうだよ」

「そういえばそうだな…昔はよく自分で作ってたよな」

「あれを作ってあげたら、少しは元気になるんじゃない」

 オウルはアサギリに顔を向け、にっこり笑った。

「明日一緒に、ジャムを作ろう!」

 オウルの笑顔に安心しきって、アサギリははずむような声で「おう!」と返事をした。

『これで少しは許してもらえるかもしれない!』


 小さな希望に輝くアサギリを、パーチェは愛おしそうに見つめている。

「そうと決まったら、もう寝ようか。すっかり夜だからね」

「そうだな! ええっと寝床は…確か二階だったよな?」

 アサギリが朝の記憶を頼りに確認すると、オウルは困ったようにチラチラグレイとパーチェの顔を交互に眺めた。

「そうなんだけど…ベッドは二つしかないんだ」

「え!? そうだったっけ?」

「アサギリ、何も覚えていないのね…」

 呆れたボギーは、アサギリの頬をくちばしで軽く小突いた。

「地味に痛っ!」

「ベッドは本来、オウルとグレイが使っているものよ。今日は一階で毛布にくるまって寝かせてもらいましょう」

「はい…」

「毛布持ってくるね!」


 オウルがさっと二階に駆け上がっていった。

 彼が二階にあがると、天井からネズミが走っているような音が落ちてきた。きっと二階でも、オウルが忙しなく動いているのだろうと想像して、アサギリの顔から自然と笑みがこぼれた。

「オウルはいつも元気だね」

「騒がしいけど、良いやつだよ…だからさ、あんまり悲しませないでくれよ」

「え?」

 突然かけられた言葉に驚いて、アサギリはグレイを見た。

 グレイは怪訝な表情でアサギリを見つめていた。

「ドラゴンがどんな姿をしているのか、アサギリは興味があるんだろう。でも、ドラゴンは俺たちの天敵なんだ。つらい思い出だってある。だから、あんまり聞かないでくれ…オウルは答えてくれるだろうけど、答えるたびに、心が少しずつすり減っているんだよ…」

 アサギリが口を開きかけた時、オウルが毛布を持って二階から降りてきた。


「お待たせ〜!」

 元気な声と共に、オウルはアサギリとパーチェに分厚い毛布を渡していった。

「どうぞ!」

「ありがとう…」

 アサギリはお礼を言ったあと、再度グレイに話しかけようとした。

 だがグレイは、アサギリの顔を全く見ることなく、さっと二階にかけあがっていってしまった。そのグレイを追って、急いでオウルも二階の階段へと小走りで向かっていった。

 最後にオウルは、こちらに振り向いた。

「また明日ね!」

 アサギリは何も言えずに、アライグマたちが登っていった階段を眺めていた。そうして、オウルから渡された毛布をくしゃっと抱きしめると、囲炉裏の前に座り込んだ。

「オウル君のことが、大事なんだね」

 パーチェが囲炉裏の端にさされていた火箸を使って、火に灰をかけて囲炉裏の後始末をしている。もう、片手使いには慣れてしまっている。

 小さくなっていく火を見つめ、アサギリは毛布に包まった。

「嫌な気持ちにさせちゃったかな…」

「どうだろうね」


 囲炉裏の火が消えた。

 囲炉裏の始末が済むと、パーチェはアサギリから囲炉裏を挟んで反対側に横になった。ボギーはすでに、パーチェの毛布の中に潜り込んでいる。

 パーチェは仰向けになって、天井をぼんやり眺めた。見ているうちに、徐々に目が暗闇に慣れていく。天井には、吊るされたワイトフルーツが数えきれないほどあった。


「ジャムを作ったら、話に行くのかい?」

 暗がりに浮かぶワイトフルーツを見ながら、パーチェは尋ねた。

 アサギリも床に体を預けると、囲炉裏の先にいるパーチェに向かって答えた。

「そうしたいと思ってる…でも」

「でも?」

「凄く怖い」

 暗闇の中ではパーチェの瞳には光は差し込まず、くすんでしまっている。

 彼はアサギリの方を見ずに会話を続けた。

「許されないことが怖い?」

「いいや! それは覚悟の上だ…ただ、俺の正体を知ってしまったら、二度と彼らは優しい眼差しをくれないんだろうと思うと…怖くて仕方がないんだ…」

 アサギリの言葉に、パーチェは小さく微笑んだ。彼が微笑んでいることを、アサギリは知る由もない。

 だから彼は、自分に言い聞かせるように続けたのだ。

「怖いけど明日話すんだ。ここに来たのは、それが目的なんだから」

「そうだったね…君には目的があるんだ…それなら、ゆっくりお休み…休んで、ちゃんと伝えることが出来るように…」

「ありがとうパーチェ」


 パーチェの隣で、ボギーが身動きもせずに眠っている。彼はボギーの羽を人差し指でそっと撫でた。

 その心地よさを感じつつ、パーチェはゆっくりと目を閉じた。


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