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第27話 銀色の生き物は赦しを乞う④


 咄嗟に出た言葉を聞いて、オウルの顔にまた笑顔が溢れた。

「もちろんだよ! アサギリは優しいね」

「そんなことないよ」

「ううん、とっても優しい生き物だ」


 オウルは渡された木の実を大事に抱えて、地面に置いたままにしていたかごの方に向かった。

 よく熟れた実が痛まないようにそうっと入れる。

 そうして木の実でいっぱいのかごを見つめ小さく拍手すると、かごを両手で持ち上げ頭にのせた。

「いっぱい採れて良かった。さ、お家に帰ろう!」


 言われたアサギリは、コクンと頷いて立ち上がった。

 そして脚立を小屋に片付けると、アサギリとオウルは来た道を歩き始めた。

 広場に来る途中で見えた、談笑していたアライグマたちは、どこかに行ってしまったようだった。

「かご、持とうか?」

「ありがとう! でも大丈夫。持っておきたいんだ…木の実がいっぱいなのを感じれるから」

 かごを頭の上に載せて歩いているので、アサギリからオウルの表情は見えない。でもきっと、嬉しいのだろうと思ってそれ以上何も言わなかった。


 柔らかい風がアサギリの汗ばんだ額を撫でて、心地が良かった。

 歩いていると、パーチェたちがこちらにやってくるのが見えた。村の案内は終わっていないようで、アライグマのグレイが身振り手振りで何かを説明している。

 

 パーチェはいつものように目を細くして聞いていたが、不意にアサギリの視線を感じたのか、こちらを向いた。アサギリの姿を目に捉えると、パーチェは嬉しそうに笑った。

「やぁ、アサギリ! お手伝いは終わったのかい?」

「まぁな」

「こんなに、採ってくれたんです!」

 オウルはそう言って、ぴょこぴょこ飛び跳ねた。

「あんまり見たことない木の実だね」

 パーチェが、かごの中の木の実を興味深そうに見つめている。

 その間にオウルは顔をあげた。かごの下からちらりとニコニコ笑う表情が見える。

「とても甘くて美味しいんだよ!」

「へえ! この辺によく生っている木の実なのかな?」

「うん!」


 元気よく頷いたオウルだったが、「あ、でも…」と思い出したように付け足した。

「よく生ってるけど、でも、最初はこんな形じゃなかったらしいと聞いたことがあります。本当かどうかわからないけど…最初は大きい実だったそうです。でも段々小さくなって」

 パーチェは顔をぐいっとオウルの顔に近づけて、弾むような声で尋ねた。

「それはどんな状況で変わっていったのかな?」

「どんな状況…? 何て言ってたっけな…」

 オウルが記憶を辿っているうち、パーチェはグレイの方へ振り向いて言った。

「グレイ君、ごめん。オウル君の話を詳しく聞きたいから案内はここまでにしてくれないかな?」

 するとグレイはほっとしたような表情を浮かべた。

「ええ、ええ、勿論です…あぁ良かった」

「良かった? 何で?」

 アサギリが尋ねると、グレイは苦笑いしながら「話すことが多すぎて、喉がカラカラになってたんです」と笑った。


「それは大変! 水を飲みにみんなでお家に戻ろう!」

 オウルがまた、ぴょこぴょこ飛び跳ねながら言った。

 弾んだ反動で、木の実がカゴの中でコロコロ楽しそうに揺れていた。


 一行は帰路についた。

 揺れる木の実を見つめながら、アサギリはオウルの家へと歩く。

 木の実が夕焼けにあたって茜色に染まっている。それは心が少し切なくなるような色をしていて、アサギリはなんとなく寂しくなるのだった。


 到着するとオウルはかごを部屋の端に置き、木の器をどこからか持ってきた。

 そしてかごの前にちょこんと座ると、木の実を選別し始めた。「これは食べごろ! この子はまだだ」と独り言を呟きながら、選んだ木の実を木の器に入れていく。


 一方グレイは椅子を使って、ワイトフルーツを人数分取ると、部屋の角にあるテーブルに載せて、薄くスライスしている。

「手伝うことない?」

 せっせと作業をするグレイを隣で見ながら、アサギリが尋ねた。

 グレイはちょっと考えたが、「大丈夫だよ、ありがとう」と答えた。


 手持ち無沙汰になって、アサギリは囲炉裏の近くに座っているパーチェの隣に座った。

 二人に気にせず、アライグマ達はどんどん作業を進める。

 ワイトフルーツを切る音と、木の実を選ぶ音の間から、鼻歌が聞こえてくる。オウルとグレイの声が混ざり合って、一つの楽曲のように部屋に流れていた。


「謝ることは、出来たのかい?」

 パーチェがそっとアサギリに耳打ちすると、彼はそれに首を横に振って返事をした。

「…こういうものは、時間が経つほど、言うことが出来なくなってしまうよ」

「そんなこと、わかってるさ…」

 俯き、アサギリは声を絞り出して答える。

 彼の美しい顔は歪んでしまっていて、間もなく金色の瞳が水を含んできらめき出した。


 ふと、アサギリは右肩に重みを感じた。

 パーチェの肩にいたボギーが、アサギリの肩に降りてきたのだ。

「な、なんだよ」

 ボギーは小さな前足をちょこちょこ動かし彼の頬まで近づいて、すりすりと頬ずりをした。

「こうすると落ち着くでしょ?」


 確かに柔らかな羽毛の感触が伝わってくる。

 アサギリは瞼を閉じ、大事にその小さな物体の温もりを噛み締めた。


 

 そんな場面の横で、オウルは選別した木の実を入れた器を持って、グレイのいる机までやってきていた。

 二匹はもう手順がわかっているようで、てきぱきと木の実もスライスして、ワイトフルーツの間に挟んでサンドイッチ状にしていく。

 そうしてサンドイッチ状になった食べ物は、大きな木の皿に積み上がっていった。


「出来たよ!」

 数分後、オウルが飛び跳ねるように大皿を持ってやってきた。

 後からグレイもニコニコついてきて、パーチェとアサギリにワイトフルーツのサンドイッチを渡していった。

 最後にオウルとグレイもサンドイッチを取って、大皿を囲炉裏の前にどかっと置いた。


 オウルとグレイは囲炉裏の前に座ると、ワイトフルーツを太ももの上に置いた。

 そして両手を拝むようにこする。

 その動きがまったく同じリズムだったものだから、パーチェはクスリと笑った。


 パーチェが笑う様子を気にせず、二匹はワイトフルーツのサンドイッチをがぶりと食べた。二匹は尻尾を大きく揺らして、満足げにサンドイッチを食べ進める。

 様子を見ていたアサギリも、少しサンドイッチをかじった。

 木の実とワイトフルーツを一緒に食べると、果汁が溢れ出て、口の中でワイトフルーツの生地と混ざりあう。

 その蜜のような甘さは、アサギリには少し甘すぎた。


「こんなに甘い木の実があるんだね!」

 パーチェはしげしげとワイトフルーツに挟まれた木の実を見ながら言った。

「他ではあんまりないんですか?」

 グレイが尋ねると、パーチェはサンドイッチを口に含みながら頷いた。

「そうなんですね。村には沢山あるから、そんなに珍しいものなんて考えたこともなかったなあ」

 オウルも、食べかけのサンドイッチの間に挟まっている木の実を眺めている。

「あ! それでさ、木の実が変わっていった過程を教えてくれないかい?」

「いやあ、僕らも又聞きみたいなものだから、本当かどうかはわからないですよ…」


 オウルとパーチェが話し込み出してしばらくすると、グレイがサンドイッチを食べ終わった。

 するとグレイは、大皿に残ったサンドイッチを二、三個取って立ち上がると、再び机に向かった。

 そうしてアサギリの顔くらいの皿にサンドイッチを置いて、それを持って何も言わずに小屋から出ようとしている。

「どこ行くの?」

 思わずアサギリが尋ねた。

「アレイのとこ。あ、えっとね…古くからの知り合いなんだ。沢山作ったからね、お裾分けしにね」

 そう答えて、グレイは外に出た。



 空はもう星が瞬いていて、空の奥にクリーム色の惑星が見える。その惑星に向かうように、所々にあるアライグマの小屋のてっぺんから白い煙が伸びていた。


 グレイは丸い鼻をすんすんさせた。木が燃える匂いが少し好きだった。

 ちらほら小屋の前で、焚き火をしているアライグマもいた。焚き火の前で数匹集まって、夕食用の食べ物を焼いていた。

 一匹、焼いている食材の様子を確認しようとして、煙を吸い込んだのかひどく咽せ返った。それを見た周りのアライグマ達が、ころころ笑い転げる。

 グレイはその様子に微笑みながら、アレイの家へ向かった。


 アレイの小屋からは、てっぺんから煙も出ていないし、外で焚き火もやっていなかった。

 明らかにここだけ、周りとは別の空気を身に纏っている。

 生き物がいるのかどうかもわからないくらい、音がしないのだ。


 グレイは持ってきたワイトフルーツのサンドイッチを少しの間見つめていた。そしてまた顔をあげすうっと息を吸い込み、ドアの先にいる者へ声をかけた。

「アレイ!」

 返事はない。

 だが、ゆっくり扉が開いてアライグマが顔を出した。


 毛が全部真っ白のアライグマだった。ひどく痩せている。アライグマの特徴的な可愛らしい大きな目は、このアライグマに関しては、痩せすぎているせいで目がおっこちそうなくらい飛び出していた。


 グレイはアレイの前にサンドイッチの乗せたお皿を差し出すと、無理に明るい声で言った。

「沢山作ったから、あげる!」

 少し間があいて「あ、ああ…いつもありがとう」と礼を言った。どうやら、言葉を理解することも遅くなっているようだった。

「また痩せたように見えるけど…ちゃんとご飯食べてる?」

「うん」

「あんまり痩せると、レイムも悲しむよ…」

 レイムという名前を聞いて、アレイの体がぴくりと反応した。

 そして落ち窪んだ目をぎらぎらさせ、グレイを睨みつけた。

「大丈夫よ。あの子はもういないから、悲しんだりしない」

 鋭い言葉に、グレイは悲しそうな声で「ごめん、違うんだ。君が心配で引き合い出してしまった。それだけなんだよ…」と正直に伝えた。

 すると今度はアレイが項垂れ、ぼそぼそと言葉をこぼした。

「わかってる…」


 二匹の間に居心地の悪い沈黙が降りてきた。その時グレイは、部屋の中から異臭が出てきているのに気がついた。カビ臭い、淀んだ空気と生ゴミが混じり合ったような匂いだった。

 一度気づけば、吸い込む度にますます匂いが気になってしまう。

 

 我慢の限界に達したのはすぐであった。

「じゃあ、また来るからね!」

 そう言い捨てて、グレイはアレイの小屋から逃げるように引き返した。

 少し距離を置いたところで、彼はちらりと背後の様子を見た。暗がりではっきりとは見えなかったが、アレイは顔もあげず足元をひたすら眺めているようだった。


 帰り道、行きと変わらない風景が広がっている。

 小屋からゆっくりと白い煙が出ていて、外で焚き火をするアライグマたちが語り合っている。

 穏やかな風景を見ているうちに、グレイはいつの間にか泣いていた。どうして泣いているのか、自分でもわからなかった。

『夜で良かったな』


 グレイは心の中で呟いた。もうすぐオウルたちのいる小屋へ到着する。

 彼は涙をゴシゴシ手で拭くと、深呼吸をした。

 夜の空気を吸い込むと、泣いて熱くなっていた体が冷めるような気がした。


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