第26話 銀色の生き物は赦しを乞う③
「あれか…」
「とっても美味しい木の実なの!」
沢山生っているのだが、どの木の実もアサギリの身長を遥かに超える高さに生っていた。
「よし!」
アサギリは意を決して、木の幹に手をかけた。木はくぼみが多くあって、木登りしやすそうだ。だが「待って待って!」と小さな手をワイパーのように動かしてオウルが止めた。
「取って欲しいんじゃないのか?」
「そうなんだけど、道具を作ってあるんだ…ちょっと待ってて!」
そうしてオウルはまた、ぱたぱた駆けて行ってしまった。オウルは近くの小屋に入ると、脚立とかごを持って帰ってきた。
かごは乾燥した茎のようなものを使っていて、丈夫になるよう細かく編まれてある。
オウルは脚立をアサギリに受け渡した。
「これ使って!」
「ありがとう」
と、脚立を受け取ってはみたものの、アライグマサイズなので小さめだ。壊したらどうしよう、と一抹の不安を感じながら、アサギリは脚立を地面に立てて登ってみた。
意外と作りが良くて、軋みもしなかった。
脚立が安定している様子を見て、かごを抱えたオウルが安堵している。
「良かったあ。初めて使うから、心配だったんだ」
オウルの言葉に、アサギリはすばやく彼の方を見た。
「初めてって…俺を実験台にしたのかよ」
「あは、そうなるね」
「どいつもこいつも…」
「あ、ほらアサギリの顔のとこにあるの、良い感じに熟れてるよ!」
適当に話を逸らされたのが不服だったが、アサギリは木の実の方へ向き直った。
確かに濃い黄緑色の実が、アサギリの顔の近くにあった。顔の近くにある木の実に、とりあえず手を伸ばす。木の実は簡単に取れ、手のひらサイズの木の実が手に収まった。
薄い木の葉が太陽に照らされたときのような、明るい黄緑色だ。良く熟れている。
アサギリはそれを、地上にいるオウルへ渡した。受け取ったオウルは、瞳をきらきらさせて木の実を空に掲げた。太陽に当たった木の実も、キラキラ輝いている。
それを大事そうに、オウルはかごの中へと入れた。
「さ、どんどん貰っていこう! 次はそうだなあ、頭上のやつ!」
「おう」
指示された木の実を取り、オウルに渡す。オウルはかごの中へと木の実を入れる…こうしてアサギリは、木の実を採集していった。脚立の場所をずらしたりして、木の実をオウルに渡すたび、かごが木の実でどんどん埋まっていった。
目の前にあるかごの中の木の実を見て、ほくほくしているオウル。そんな彼に背を向けて、アサギリは右上にある木の実を採る。
採った実は他とは違って、少し緑色に近い色をしていた。
「採るの速かったかな? まだ若いみたい」
「これくらいなら、置いとけば大丈夫! 熟んでくるから」
木の実を受け取りながら「いやあ、でも本当助かるなあ」とオウルは続けた。
「脚立のおかげもあるけど、アサギリは身長が高いからどんどん作業が進むね」
「そうか…この村で、背が高い人はあんまりいないの?」
「いるにはいるけど、アサギリほど高くはないね。あ、ちなみに僕も背が高い方だよ」
アサギリはオウルの体を上から下まで眺めると、微妙な顔でオウルを見つめた。
「…そうか…?」
「アッ今、ほんとか? って思ったでしょ!」
「いやいや、そんなこと思ってねえよ」
図星を突かれて、アサギリは早口で否定すると「一番背の高いのは誰なの?」と取り繕うように尋ねた。するとオウルは、かごの縁を触りながら悩み始めた。
「うーん、誰だろう。ニックかな、それともロール? あ、でもどっちももういないか…」
「いない? ここから出て行ってしまったのか?」
質問されて、オウルは言葉に詰まった。触っていたかごの縁を見つめながら、もごもご言葉にならない言葉を発していた。しかし少しすると、歯に何か詰まっているような感じで言った。
「えっとね…出て行ったんじゃなくて、死んじゃったんだ」
「あ…」
しまった、と目を泳がせるアサギリに、オウルが慌てて言葉を紡ぐ。
「気にしないで! 僕らにはよくあることだから…天敵が多いんだ」
天敵、という言葉が重たい。
「天敵って、どんなのがいるの?」
「そうだなあ、クマとか人魚かなぁ…」
「人魚も!?」
「うん、あいつらはタチが悪いよ。からかって溺れさせようとするんだ…」
「俺が会った人魚は、そんな悪いやつじゃなさそうだったけど…」
「あぁー…まあ、人魚にもよるよ」
オウルはかごの中をじっと見つめると、木の実を一つ取り上げた。その木の実には少し汚れがついていたので、自分の腕に擦り付けて汚れを落とし始めた。
その最中、はっと思い出したように言い放った。
「あと、ドラゴンだね!」
アサギリの心臓が跳ね上がった。
脂汗が急に出てきて、オウルに気づかれやしないか心配になったが、平然を決め込むしかなかった。たいして興味のなさそうに、近くに生っている木の実に視線を投げる。その木の実はまだ青かった。
「…ドラゴンには、よくやられるの?」
「そうだねぇ、彼らは大きいから、隠れてもすぐに見つかってしまうからね」
オウルはそう言うと、アサギリの方を見上げた。心臓がどきりとしたが、オウルはアサギリの姿を通り越して、その先にある木を見ていた。
木は視線に応えるかのように、葉をさらさらと揺らしている。
その景色に微笑むと、オウルは元気よく声を発した。
「アサギリ、最後にあの木の実を採って!」
小さな指でさし示したのは、てっぺん近くにある木の実だった。かなり大きくなっていて、採りがいがありそうだ。
「よしきた」
アサギリは深呼吸して、脚立の一番上に足を置いた。そうして木の実を採ろうとしたが、指に触れるか触れないかで届かない。
身を乗り出し、腕を最大限にまで伸ばす。指先に木の実が触れた。少し柔らかい実の感触があったが、すぐに失われてしまった。アサギリの視線は一点に注がれる。
足元をぐらぐらさせながらも、さらに腕を伸ばす。一瞬、木の実に手が届いた。
すかさずアサギリは手に力を込めて、木の実を枝から切り離した。
「やった!」
声を上げたと同時に、片足が脚立からずり落ちた。アサギリの体がぐらりと後方に傾き、声をあげる間も無く地面に叩きつけられた。
オウルは急いでかごをその場に置いて、アサギリの元へと駆け寄った。
「大丈夫!?」
顔を歪ませて、苦しそうな声をあげるアサギリ。そんな彼の顔を覗き込んで、オウルは心配そうにしている。
「痛て…」
頭に手を当てて、痛みが引くわけでもないが打った部分を摩る。
後頭部に大きなタンコブが出来ていた。
「ごめんね、無理をさせてしまった」
しょんぼりとするオウルに、アサギリは笑顔を作ってみせた。
「ほら」
そう言って、アサギリは木の実を差し出した。落ちた時でも大事に守っていたおかげで、木の実は傷一つなかった。その木の実を、オウルはぱちぱち瞬きして見つめると、垂れていた耳をピンとさせた。
「こんなに大きい木の実、なかなか見たことないよ!」
「へへへ、良かった…」
オウルは木の実を受け取って「本当にありがとう」と囁くようにお礼を言った。
「こんなことなら、いくらでもやるよ…だから…」
「だから?」
アサギリはオウルの顔をじっと見つめた。灰色の毛で覆われた中に見える、ぴかぴかした笑顔。その笑顔を自分の一言で壊してしまうかもしれない。
そう思うと、アサギリは告げたいことを口にすることは出来なかった。
「……また、オウルの作った〝ワイトフルーツ〟食べさしてくれよ!」




