第25話 銀色の生き物は赦しを乞う②
『ふわふわしていて、気持ちがいいな』
ぼうっとしている頭で、アサギリは思った。とても柔らかな毛布に包まれているような感覚で、お日様の香りを微かに感じる。
穏やかな気持ちで目を開けた。
開けた瞬間、目に飛び込んできたのは、困り眉のような白い毛にくりくりした瞳。さらにアクセントのような丸い耳だった。
「あ! 起きた!」
「…? うわっ!?」
アサギリはさっと後ろへたじろいだ。うっかり顔がくっついてしまいそうな距離に、オウルの顔があったのだ。
「な、なんだよ」
驚きを隠しつつ、アサギリは身をよじってオウルからさらに距離をとった。
オウルは何度か瞬きすると「ごめんごめん、見たことない顔だったものだったからずっと見てしまってたんだ」と謝った。
「…別にいいけど…なんでそんなに近づく意味があんだよ…」
ぼそぼそ突っ込むアサギリだったが、「ん?」と自分がどうも立っていてないことに気がついた。思考は一旦停止して、シーツを手でじっくりと触った。さらさらして気持ちが良い。
「シーツ…ふわふわ…あれ!? 何で俺ベッドの上??」
飛び上がる彼を見て、オウルはクスクス笑った。
「アサギリ、立ったまま眠っちゃって、ばったり倒れたんだよ。それで、僕たちがベッドに運んだんだ」
「そうだったのか…君が運んでくれたのか…」
掛けてくれた毛布はふわふわしていて暖かい。
居心地が良ければ良いほど、アサギリの胸は締め付けられる。
そんな気持ちも知らず、オウルといえばこちらを和やかな表情で見つめている。いたたまれなくなって、アサギリはもごもご口を動かした。
「…ありがとな」
「ふふふ、どういたしまして! あっ! お腹すいた? 先生達は先に朝食を下で食べているよ」
オウルに言われて、アサギリは一階に降りることにした。トントントンと梯子に近い階段を降りていくと、パーチェとボギーの姿が見えてくる。
パーチェは部屋の真ん中にある、囲炉裏の近くに座っていた。ボギーはパーチェの肩に停まっている。
足音が聞こえて、パーチェがアサギリの方を見た。
「やっと起きたんだね、アサギリ君」
と、白いパンのようなものを頬張りながら言う。
「寝坊助さんだわね」
「うるせえよ」
アサギリは憎まれ口を軽く叩くと、パーチェの隣に座った。そのうちにオウルは椅子を持ってきた。そして椅子の上に乗ると、天井の梁から吊り下げている、白いパンのようなもの一つ取ってアサギリに渡した。
「これは、何?」
「これはワイトフルーツっていうんだ。僕が作ったんだよ!」
ワイドフルーツと呼ばれた食べ物は、両手がすっぽり収まるくらいの楕円形食べ物で、指で突いてみるとふかふかしていた。小さく噛みちぎってみると、意外ともちもちしている。
良い塩梅に塩気があり、噛めば噛むほど、アサギリの目に輝きが戻ってきた。
「うまい!」
一言そう言うと、アサギリはむしゃむしゃワイトフルーツを食べ出した。
「そんなに急いで食べちゃうと、喉に詰まらせるわよ!」
ボギーが忠告してすぐ、アサギリの額に脂汗が垂れてきた。そして拳で勢いよく、自分の胸を叩き出した。
「水! 水!」
「ほら見なさい! 言わんこっちゃない」
苦しむアサギリに、パーチェが優しく水を分けてやった。木のコップにそそがれた水を、勢いよく飲むと「あー吃驚した」と彼はほっと息を吐いた。
「落ち着いて食べて! まだ沢山あるから!」
オウルは天井を指さした。見ると、天井には無数のワイトフルーツが吊るされていた。まるでクリスマスのオーナメントのようである。
「すごいな、これ…全部お前が作ったのか?」
「そうだよ! 何かあった時のためにね、たくさん作ってるんだ!」
アサギリは、あらためて部屋をぐるりと見渡した。
簡素な囲炉裏と、階段のすぐ横に小さな机と椅子だけがある。机の上には食器やら水差しが乱雑に置かれていて、机というより物置のような使い方をしているようだった。
ぐるりと見渡した視線の終着点は手元にあるワイトフルーツだった。
アサギリが食べ進めたおかげで、半月くらいにまで小さくなっている。
アサギリは喉を詰まらせたことから学んで、手でちぎって食べることにした。弾力のある生地を一口分に引きちぎって、口に放り込む。
ワイトフルーツは最初は塩気ともちもちを楽しめるが、気づけば口の中で溶けてしまう。溶けた後には、口の中にかすかな甘味だけが残った。
「こんなの食べたことないな…オウルがレシピを作ったのかい?」
先に食べきったパーチェが尋ねた。
「僕が作ったと言うよりかは、みんなで試行錯誤したと言った方が適切かもしれません…みんな美味しいものが食べたくて必死なんだ」
「みんなで努力した賜物なんだね。すごいよ」
「えへへ、ありがとうございます」
パーチェに褒められて、オウルの尻尾が嬉しそうにゆらゆら揺れている。そうして笑っていたオウルであったが、ふと、遠くの方を見るように目を細めた。
「懐かしいなあ…広場に集まって、材料の分量やらをああでもない、こうでもないと話していたなあ…」
そう言って、オウルは記憶を噛み締めるように、口をきゅっと結んだ。しかしすぐににっこり笑うと「さあ、皆さん村を案内しますよ!」明るい声で言った。
「やあ、ありがたいね。よろしく頼むよ。アサギリ、ごはんはもう食べ終わったかい?」
「おう…でも俺は行かない。パーチェとボギーで行って来いよ」
予想外の発言に、パーチェの目が点になった。
「ええ? 村を探検したくないの?」
「いや、そうじゃないけど」
アサギリは立ち上がると、オウルの真前にまで近づいてきた。
オウルはアサギリの膝小僧くらいまでしかないので、見上げるかたちになっている。彼は眉間に皺を寄せて立ち塞がっているので、随分威圧感があった。
「ど、どしたの?」
威圧感に押されて、どもりながらオウルが尋ねた。オウルの言葉に反応するように、アサギリは片足をついてオウルの目線に合わせた。
輝くばかりの金色の瞳に真っ直ぐ見つめられ、オウルは軽く身震いをする。
「…何か手伝えることはない? ごはんのお礼がしたいんだ」
嬉しい提案に、オウルは怖さをすぐに忘れて、顔を輝かせた。
「ええ!? お礼だなんて…良いの?」
「おう。ワイトフルーツ、すげーうまかったしな!」
ニカっと笑うアサギリに、オウルは尻尾をぱたぱたさせて喜んだ。
「助かるよ! 丁度お願いしたいことがあったんだ…あっ!」
話を続けようとしたオウルだったが、慌ててパーチェの方に向き直った。
「すみません先生ぇ、案内は別の者にさせます!」
そうしてオウルは、バタバタ部屋の外へと出て行ってしまった。
「慌ただしい子だわね」
ボギーが微笑ましそうに目を細めて呟いた。
「でも、彼らの知識はすごいぞ。これを、自分たちで考えたんだからね」
パーチェは立ち上がって、吊るされたワイトフルーツを観察し始めた。
「圧巻だなあ」
ワイトフルーツに触れないように気をつけながら、部屋をゆっくり歩くパーチェを、アサギリは何も言わず目で追っている。
パーチェは目を大きく開いて、吊るされたワイトフルーツの結び目をじっと眺めていた。
飛び跳ねるような足音と共に、オウルが部屋に戻ってきた。オウルの後ろには、もう一匹尻尾がギザギザの生き物がいる。
アサギリをベッドまで運んでくれたアライグマだ。
「お待たせ。グレイが案内してくれるそうです!」
「グレイ君、よろしくね」
グレイと呼ばれたアライグマは、頭を軽く下げてお辞儀をした。一方オウルは、アサギリの右手を握ると、グイグイ引いて部屋の出口へと歩き出している。
「着いてきて! お願いしたいことがあるんだ!」
オウルの向かうままに、アサギリは外へ出た。一歩外に出た途端、明るい光が差し込んできて、目をぎゅっと瞑った。
『何十年ぶりかに、外に出たみたいだ』
「こっち!」
目を瞬かせながら、村の景色を見渡した。藁で出来きた家を起点に道ができている。道といっても草木が生えていないだけの、土が剥き出しの道である。
アサギリもその道の上を歩いていた。
身長差のあるオウルに手を引かれているので、アサギリは中腰で小走りしているようなかたちになっている。その姿を、外で談笑していたアライグマたちが不思議そうに見つめる。
村の中心部までやってきた。
中心部は広場になっていて、大きな樹木が真ん中に生えていた。そして樹木の周りを囲むように、テーブルと椅子が並んでいる。
オウルは樹木の前で、足を止めた。
長年生きてきた木なのだろう。幹は黒に近い茶色でアサギリが両手を広げても測れない位太い。そして太い幹から、数え切れないほど枝が伸びており、卵型の葉が生えていた。
「立派な木だな」
「僕らよりずっと長く生きてきた木だよ」
オウルが木を見上げながら「あれ見て!」と指で何かを差した。差した方をみると、黄緑色の実が見えた。
「あれを取って欲しいんだ」
言われて見えてきたのが、この黄緑色の実は数えきれないほど実っているということだった。木の実は太陽にあたって、気持ちよさそうにゆらゆら揺れていた。




