第24話 銀色の生き物は赦しを乞う①
テントへ戻ると、アライグマの村へ行くために片付けを始めた。
緑色のテントは骨組みを取り外して小さく折り畳んでいく。アサギリはもうテントの仕組みは十分にわかっているので、お手のものだ。
その間に使用した食器を、パーチェがリュックサックに入れていく。焚き火はとうに消えていて、錯乱した燃え殻の、焦げた匂いが鼻に残った。
持ち物を全てリュックサックに仕舞い込んだ時には、空は明るくなっていた。
みんなへろへろになっていたが、一息も置かずに出発した。
「着いたら、寝かせてもらおう…」
パーチェがぼそりと呟いた。
疲労困憊の体に、朝日は余計に眩しい。
森の植物たちは太陽にほだされて、ピンと背を伸ばして日の当たる方に向いている。
一行はそれとは真逆だった。これ以上体力を持ってかれないように、極力日陰の多い場所を辿って山を登って行く。
「どこかで一休みしようか」
歩きながら、パーチェが提案した。しかしアサギリは首を縦には振らなかった。
「一分一秒でも早く、つきたいんだ」
太陽が山に消えかけていたとき、やっとアライグマの村に到着した。
村への入り口には、簡素な門が建てられている。木で出来たアーチ状の門は、雨風にさらされて少し変色していた。
入り口の門をくぐると、茶色い藁で出来た家がちらほら見えてきた。
パーチェは記憶を辿って、一つの家の中へと入った。
「オウル君、いるかい?」
中へ入って、すぐに目に飛び込んできたのは毛並みの良い生き物であった。
白くて丸いパンのような固形物を食べている。生き物は食べ物に夢中だったが、しばらくして視線に気づいたのか、何気なしにパーチェ達の方を見た。
パーチェ達に気付いた瞬間、食べようとした口を開けてままにして固まってしまった。だがみるみる喜びの表情に変わり、固形物をその場に放り投げ、パーチェの元へと駆けてきた。
「先生!」
「久しぶりだね」
オウルというアライグマは、口周りに白い食べかすを引っ付けたままにこにこしていた。
しかし、パーチェの片腕が欠損していることに気がついて、みるみる不安げな表情に変わっていく。
「せせせ先生!? 腕、どうしたんですか!?」
心配するオウルの姿を見て、アサギリの心がズキズキ痛む。
パーチェはにっこり笑って「色々あってね。でも、もう痛くもないから大丈夫だよ」と答えた。
「そ、そうなんですか…良かった…あ、えっと…この方は? 先生の弟子ですか?」
「彼はアサギリ君。弟子ではないけども、一緒に旅をしてるんだ」
「わあ! 先生と旅! 良いですね」
そう言って続けて「よろしくお願いします! アサギリさん」と手を差し出した。
アサギリは手を握って良いものか躊躇っているうちに、オウルがぎゅっと手を握ってきた。オウルの手はアサギリの手よりも一回り以上小さかったが、力強さがあった。
「先生、村の案内をさせてください! 以前いらっしゃった後から、色んなものを作ったんですよ!」
「ああ、是非ともお願いするよ。でもその前に、寝床を貸してくれないかい…僕たち随分疲れてて…」
パーチェがそう言い終わる間に、背後から大きな音が聞こえた。驚いて振り向くと、アサギリの姿が無い。
「アサギリ!?」
視線を下に向けてみると、床の上にアサギリが倒れていた。急いでパーチェが駆け寄って、アサギリの額に手を当てる。
「熱は無さそうだけど…」
ボギーも床に飛び降りて、様子を確認する。目は閉じられているが、苦しそうな呼吸はしていない。
むしろ、口元から低い音が微かに聞こえてきた。ボギーは目を丸くして、アサギリの表情を改めて眺めた。土気色だった顔に、少しだけ赤みが戻ってきている。
「…この子、寝てるわ」
言われてパーチェも、アサギリの表情を見つめる。
「疲労がピークに達して、肉体が強制終了したか」
額に当てていた手で、アサギリの頭を撫でる。
寝ているが、アサギリは撫でられてくすぐったそうに笑った。パーチェはその様子に微笑んで「オウル君、ベッドを借りてもいいかな? アサギリを寝かせたいんだ」と言った。
「勿論です。ベッドまでのサポートを呼んできますね!」
オウルはそう言って、パタパタと外に出て行った。
すぐに、アライグマ三匹と共に戻ってきた。三匹のアライグマは、オウルと同じ体格をしていたが、尻尾の模様が異なっている。
オウルは縞々だが、一匹は水玉模様のようになっていて、もう一匹はギザギザ模様だ。
その三匹が、アサギリの頭、背中、足をひょいと持ち上げ、移動させていく。アライグマたちは上から見ると、彼の体に隠れて見えない。低空飛行でゆらゆら浮かんでいるみたいだ。
階段を上がって行く。オウルの家は、部屋の二階が寝室なのだ。
二階の部屋は小さなベッドが二台、横並びに並んである。アライグマ達は真ん中のベッドの横まで近づいて「せーの!」と言ってアサギリをベッドへと転がした。
アサギリはゴロンと転がって、ベッドの上に落ち着いた。
だが、足は大幅にベッドから飛び出ていた。ベッドがアライグマサイズだったのだ。尻尾が水玉模様のアライグマが、左側のベッドを足元にくっつけて、足がベッドの上に乗るようにした。
「これでよし!」
水玉模様のアライグマは満足気だ。今度は尻尾がギザギザのアライグマが、甲斐甲斐しく毛布をふわりとかぶせている。
アライグマ達が世話を焼いている様子を、パーチェはにこにこしながら見守っていた。
「いやぁ、助かったよ。ありがとう」
「いえいえ、先生には毎回助けていただいていますから」
「ところで…僕が眠れるベッドはあるかな?」
パーチェの言葉に、アライグマ達は顔を見合わせ目をぱちぱちさせた。そうして、オウルが申し訳なさそうに口を開いた。
「先生ぇ、ベッドは二つしかないんです。床でも良いですか? 毛布は用意しますので!」
「だよねえ」
パーチェは眉をハの字にして笑った。




