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第20話 癒すものと有象無象の願い⑥


「おいらに出来ることがあれば、何でもやるよ!」


 対照的な様子の二匹を眺めた後、パーチェは満足そうな顔で「あそこに、用意しといたよ」と言って焚き火の隣を指さした。見ると、平石の上に幾つかの食べ物が置かれている。

 アサギリとルドは足早に平石へと向かった。

 何種類かの色とりどりのきのこに、じゃがいもと、黄色い人参が置かれていた。ルドは不思議そうに「なんだろう、これ」と人参に鼻がくっつきそうな位近づけてくんくん匂いを嗅いでいる。


 アサギリはパーチェの家で辞書を読んだから、それが人参というものであることはわかるが、これをどうすれぼいいのかはさっぱりわからない。

「それで、これをどうすんだ?」

「皮を向いて、食べれる大きさに切っていくんだ。ほら、スープを思い出してごらん、中に切られた人参とか入ってただろう」

 アサギリはスープを頭の中に浮かび上がらせた。熱々のスープには、何種類もの具材が入っている。思えば人参のようなものもあったような気もする。

「言われてみれば…」

「じゃあ、この食材たちを切るにはどうすればいいかな?」

 アサギリは人参を手に取って、質感を確かめる。

『人参は硬いな…ぶった斬れる道具が必要だ』

 人参を平石に戻すと、彼はテントの中へ入って行った。


 数秒後出て来たその手には、リュックサックを持っている。

 リュックサックを食材の置かれた平石の隣にどかっと置く。乱暴に置いたので、反動でルドが地面からちょっとだけ浮き上がった。

 そしてアサギリはリュックサックをがさごそ漁って、「あったあった」と小さなナイフを取り出した。ナイフは刃こぼれしておらず、切れ味が良さそうだ。

 平石に置かれた人参に狙いを定め、ナイフを持った腕を振り上げる。その瞬間、ナイフの刃がドラゴンの牙のようにぎらりと光を放った。

「ちょっと待ちなさーーい!」

 そう悲鳴をあげ、ボギーはアサギリの顔目の前に飛び立った。ボギーが目の前にいるおかげで、振り下ろそうとしていた片手は行き場を失っている。

「なんだよ」

「危ないでしょ!?」

 ありえない、と言ったそぶりで周りをぐるぐる回るボギーに、「でも、そうしないと人参は切れねえじゃねえかよう」とふてくされる。

 ボギーはアサギリの肩に降り立って話し始めた。

「切るのはあってるわ。でも方法が違うの」

 ボギーは翼で、人参を切る素振りをしてみせる。

「片手を人参に添えるの、それで、勢いで切るんじゃなくて近くで力を入れてきればいいの、わかった? で、そうね、この大きさなら三等分くらいにして、皮を剥いちゃえば良いわよ」

「やあ、ボギーが丁寧に教えてくれるね。助かるよ」

「パーチェがざっくりしすぎなだけでしょ!」

 アサギリは半信半疑だったが、ボギーの言われた通りに切ることにした。すると、思いのほか簡単ににんじんが切れた。「おお」と、アサギリは思わず小さく声をあげる。

「ほら、切れたでしょ」

 偉そうなボギーを横目に、アサギリは平石をまな板代わりに人参を黙って切り続ける。それをルドは目を輝かせて見ていたが、ついに「おいらもやりたい!」と言い出した。

「お、やってくれる?」

 そう言って、ナイフをぽんとルドに渡した。

 ルドは両手でしっかりと受け取ったものの、小さい体にはナイフが重すぎて、あっちへよろよろ、こっちへよろよろ大騒ぎだ。これでは人参なんてとても切れない。


 見かねたアサギリは「俺がやるから、いいよ」とナイフをルドから取り上げた。急に仕事を失ったルド。やる気に満ちてピンと張っていた髭は、しょんぼりと垂れさがり、小さな体がさらに丸くなった。

「…他においらが手伝えることってないかな?」

 おずおずと尋ねるルドに、パーチェが目を細めて答えた。

「そうだなあ…細い枝を集めてきてくれる? 焚き火用に使いたいから、出来るだけ乾いているものをお願い」

 言われた途端に、ルドの目は輝きを取り戻した。

「おう! おいら沢山取ってくるよ!」

 彼は森の中へと、ぱっと駆け出して行った。


 ルドが小枝を取ってくる間に、アサギリは食材の仕込みを続けている。ボギーに教えてもらいながら、じゃがいもの芽をとり、全てを食べやすいような大きさに切っていく。

 今日はルドもいるから、切り方は小さめだ。


 全ての食材を切り終わったところで、ルドが戻ってきた。日はとうに落ちている。彼は小さな手にいっぱいの小枝を持って、落とさないようにそろりそろりと歩いてくる。

「取ってきたぞ!」

 小さな体から、大きな声が鳴り響く。小さな耳を楽しそうにピクピク動かしながら、パーチェのもとへ近づいてきた。

「小枝はアサギリに渡してくれるかな? アサギリ、火を大きくして」

「わかった」

 そう言われたルドはアサギリの目の前にやって来て、小枝をさっと差し出した。

「ありがとう」

 小枝を受け取ると、焚き火に小枝を投げ入れた。小さくなっていた火はすぐに大きくなり、メラメラと燃え出した。

 大きくなった火を見てルドは少しだけビクッと体を震わせたが、その後は目を逸らすことなく、じっと火を見つめた。

「なんだか怖いのに、すっごく綺麗だな」

「怖いか?」

「怖いよ! だって近づいたら焦げちゃいそうだもの」

 そうかあ、と気の抜けた返事をするアサギリ。と、彼の肩に止まっていたボギーから、威勢の良い声が聞こえた。

「さあ、切った食材を鍋に入れるわよ!」

「全部か?」

「そうよ!」

 ボギーの一声で、切った食材を両手で集めて鍋へ入れていく。ころんころん、と鍋の底に当たる音がする。

 鍋に入れられていく食材を見ながら、パーチェが「うまく切れたじゃないか」と褒めた。

「へへ、まあな」

「じゃ、次は調味料とお水だね。アサギリ、リュックサックから青い瓶を取れるかい?」

 平石の隣に置きっぱなしのリュックサックを再び開ける。日が落ちたせいで探しにくかったが、なんとかそれらしきものを見つけ出した。

「これか?」

「当たり!」

小瓶はガラス製のようで、茶色いコルクで蓋がされている。

「ビンの蓋を開けてくれる?」

 そう言われて、アサギリは瓶のコルクを抜いた。軽い音がしてコルクが抜けると、ツンと香辛料のような香りが鼻をついた。

「鍋に小瓶の中身を、全部入れて」

 言われた通り、アサギリは小瓶を傾けて中身を鍋へと流し込んだ。小瓶の中身は想像以上に多く、鍋はどんどん小瓶の液体に満たされていく。

 鍋のかさが半分になって、小瓶はやっと空になった。

「ここから少し煮れば完成だよ」

「案外すぐに出来るもんなんだな」

 納得したように言うアサギリに、パーチェは「まあ…文明の賜物かな…」と苦笑いで返した。


 小瓶をルドの隣に置くと、アサギリはその場に腰をおろしてスープが出来るのを待つことにした。

「楽しみだな!」

 平石の上から、ルドの声がする。

 アサギリは鍋を見つめながら「そうだな」と答えた。


 目の前の火にかけられた鍋は炎の明るい色とのコントラストで、昼間見るときより黒々としているように見える。

 風向きが変わって、焚き火から出る煙がアサギリの顔に当たった。煙が目に染みて痛くなり、彼は目をぎゅっと瞑った。少しだけ涙が出てきて、目が潤んでくる。

「な、なあ」

 煙の攻撃から逃れようと目を瞬かせている中、ルドが気まずそうに口を開いた。

「ん?」

「さっき落とした石…どうしたんだ?」

「ああ、これか? セイラから貰ったんだ…」

 そう言って、アサギリはポケットに入れていた石を目の前に出した。石は焚き木に照らされて赤っぽく輝いて見える。

「へえ、セイラから貰ったんだ」

 やっと目の痛みが落ち着いてきて、アサギリはセイラから貰った石を指先でくるくると回転させた。

「でもこれ、返したいんだよね」

「え?」

「だってこれ、セイラが誰かから貰った者なんだ。セイラにあげるために、色々悩んで、探して渡しただろうに…そいつのこと考えると悪い気がしてさ」

 アサギリの言葉に、ルドは俯き加減で「そうか…」とこぼすだけだった。


 アサギリとルドが会話している隣で、パーチェがおたまで鍋のスープをかき混ぜている。何度かぐるぐる回した後「もうすぐだ」と嬉しそうに言った。

「アサギリそろそろ出来るわよ、器とスプーンをリュックサックから取って!」

「へいへい」

 手を伸ばして、平石の隣に置いてあったリュックサックを引きずって自分の元へと引き寄せる。そして中からスプーンと器を引っ張り出した。

 スプーン三つにパーチェとアサギリの分は真っ白いスープ皿、ルドの分は小さな豆皿だ。

「よし、完成だ。アサギリ、スープをよそって!」

「おう!」

 アサギリがおたまで、スープを器へとよそっていく。スープは白色でとろとろしていた。

「ほらよ。熱いから気をつけるんだぞ」

 まずはルドの分から。スープの入った小さな豆皿を、ルドに手渡す。ルドは受け取った豆皿に入ったスープを、まじまじと見つめた。

「これが、ご飯…?」

 ルドは初めて見るスープが、食べれるものなのか疑っている。そして何を思ったのか、恐る恐る小さな手を豆皿に入れた。

「熱っ!」

「おいおい、このスプーンを使って食うんだぞ…って、ルドには大きすぎるか…」

「あら、それならリュックサックにミニチュアの道具セットがあるはずよ」

 そう言って、ボギーは飛び立つと器用にリュックサックをくちばしで開けて、リュックサックの中へと潜っていった。


 スープを全員分よそい終わったころ、ボギーがリュックサックから出てきた。前足にはルドに丁度良さそうなアタッシュケースがぶら下がっている。

 ボギーは茶色いアタッシュケースを、ルドの目の前に置いた。

「開けてみて!」

「開ける? どうやるんだ?」

「ほら、ここ!」と、ボギーがアタッシュケースの金具を翼で指さした。

「これを下へ動かすのよ」

 ルドは豆皿を平石に置いて、アタッシュケースの金具を触り始め「なんだか、ひんやりしているな」と呟いた。

ボギーと目で確認しつつ金具を下へと動すと「バチン!」と音がして、アタッシュケースの留め具が開いた。

 

 中身は小さなカトラリーであった。カトラリーはピカピカに磨かれていて、手を握る部分には緩やかな曲線の装飾が施されている。

「この一番端にあるのが、スプーンよ」

 ボギーがスプーンに視線を投げて教えると、ルドはゆっくりと小さなスプーンを手に取った。小さな手でスプーン全体を触っているが、頭の中がハテナだらけだと分かるような表情だ。

 それでアサギリは、さりげなく自分用のスプーンでスープをすくって、食べる様子をルドに見せてみた。

「ああ、うまいなあ!」

 食い入るようにアサギリの様子を観察すると、平石に置いていた自分の豆皿を片手に取り、持っていたスプーンで中身をすくった。

 白い液体がスプーンの中を満たし、細い煙が立ち上っている。

 ルドはじっとそれを見つめると、ぎゅっと目を瞑った。そして思い切ったようにスプーンを口の中に入れた。


 閉じられた目が、ゆっくり開かれた。途端にルドの顔がパァっと明るくなった。細長いしっぽも蛇のように波打っている。

「…おいしい!」

「だろ!?」

 ルドとアサギリは顔を見合わせて笑い合った。パーチェとボギーも嬉しそうに微笑んでいる。


 焚き火が揺らめき、スープを食べる生き物たちの姿が映し出されている。皆美味しそうな顔をして、スープを食べ進めていった。

「ああ! もう食べ終わっちゃいそうだ」

 悲しそうな声でルドが言った。

「おかわりする?」

「いいや、もうお腹いっぱいだから大丈夫」

 一口分も残っていない豆皿を見つめながら、ルドは続けた。

「お腹は満たされたんだけど、食べ終わってしまうことがちょっぴり寂しいな…」

 少し髭を垂れて呟くルドに、アサギリは頷いた。

「それはなんか分かるな、楽しい時間が終わっちゃう合図って感じだよな」

「アタシはそれよくわかんないわね…」

「ボギーは、メシを食べることが嬉しくないのか?」

 アサギリの問いに、ボギーは考えながら答えた。

「そうねえ、アタシは嬉しいって感覚じゃあないの。動くために必要なものだから食べなきゃいけないって警告が頭の中にあがるのよ」

「感覚が全然違うんだね!」

 ルドが鼻をぴくぴくさせながらそう言うと、「いつまでも名残惜しんじゃいけないな!」と付け足して最後の一口をぱくりと食べた。

「ああ、食べちゃった…」

 ルドは寂しそうに笑って、平石に空になった豆皿とスプーンをうやうやしく置いた。まるで執事になったようなそぶりだ。

 その様子のままアサギリの前までやってくると、深く頭を下げた。

「とっても美味しかったよ! ありがとう」

「へへへ、どういたしまして」

 照れ笑いをしながら頭をかくアサギリに、ルドは言う。

「さて、そろそろ寝どこに帰るよ」

 そう言って、ルドは暗くなっている森の中へと入って行った。

 小さなルドは、草木に隠れてすぐに見えなくなる。

 だが見えなくなった数秒後、元気な声が森から聞こえた。

「最初はごはんにされちまう! なんて言って悪かったな!」



「優しい生き物じゃないか、ルド君」

 パーチェがルドの帰っていった方向を見ながら言った。

 それにアサギリは「まあ、な…」と小さく同意すると、食事の後片付けを始めた。汚れ取りの布巾で、豆皿を拭く。

 ルドは綺麗にスープを平らげていて、拭き取る場所が無いくらいだった。

『本当にうまかったんだな』

 一人微笑む彼の肩に、ボギーがふわりと降りてきた。

「そういえばアンタ、しばらくここにいたいって言ってたけど、いつまでここにいんのよ」

「うーん」

 自分の食べたスープ皿を拭きながら答えた。

「しばらくじゃなくても、良くなったかも」

「え? じゃあ今日にでも出発するかい?」

 パーチェのはずんだ声が飛んできたので、すかさず「それはちょっと急すぎるぜ!」と笑って返す。だがそう言った後、急にアサギリの表情が変わった。

 持っているスープ皿をじっと見つめている。

 スープ皿はほぼほぼ綺麗になった。最後にアサギリは、スープ皿をひっくり返して汚れが残っていないかくまなく探している。

「お、あった」

 縁についた小さな汚れを見つけた。小指の爪程もない、白いスープが飛び散った跡であった。それを丁寧に拭き取ると、彼はぽつりと言った。

「明日には出発できるよ」

 汚れを完璧に拭き終わった食器を重ねながら、アサギリは続けて言った。

「わがまま言って悪かったな」

 その言葉に、パーチェは優しい目をして微笑んだ。


「それでアサギリが納得するなら、良かったよ」


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