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第19話 癒すものと有象無象の願い⑤

 

 アサギリは水面近くまでやってくると、自ら体を泉から引き上げた。

 ずぶ濡れで服がずっしりと重い。

「今日は素敵なものを見せてくれてありがとう」

 機械的にお礼を言うと、彼は早々と泉から立ち去ろうとした。

 その時後ろから、セイラの声が飛んできた。

「また来てくれる?」

 彼は振り向かずに答えた。

「もちろんさ、来るよ…」

 夕焼けは燃えるような色をしていて、目を焼いてしまいそうな位眩しい。アサギリは夕焼けを険しい顔で見つめ、パーチェとボギーの待つ場所へと歩いている。

 濡れた体から滴がしたたり落ち、彼の歩いた場所には水の跡が出来ていく。


 歩きながら、貰った石をつまんで空にかざしてみる。

 夕日に染まった空が、石を通してみると濃い金色が景色に溶けているように見えた。

『たった一言で、セイラへの気持ちが変わってしまった…なんて身勝手なんだろう』


「ギャッ!」

「えっ!?」

 高音の悲鳴とぐにゃっとしたものを踏んだ感触で、アサギリは我に返った。踏んだ感触のある方に目をやると、茶色い尻尾が見える。

「何するんだよう」

 ルドだった。よほど痛かったのだろう。踏まれた尻尾に息を吹きかけて、痛みを和らげようとしている。

「ごめん! ちょっと考え事をしてて」

 慌ててアサギリはしゃがみ込んだ。それと同時に気が緩んで、持っていた石を落としてしまった。金色の石はコロコロ転がり、ルドの小さな後ろ足にコツンと当たった。

 自分の足に当たったものを見た瞬間、ルドの丸い耳がピクリと動いた。

「まだ痛むか?」

 アサギリはルドの後ろ足まで転がった石をポケットにしまい込んだ。石をしまい込むと、ルドは再び元の様子に戻って喚いた。

「当たり前だよ! まだジンジンするし、尻尾が痛くて歩けないよ」

 痛みを訴えるルドを、アサギリは片手でひょいと抱き上げた。片手に収まるほど小さいルドの体温が、手のひらから伝わってくる。

 ルドを片手に、彼は小走りで走り出した。

「もう少し先に、パーチェがいるんだ。そいつが色んな物持ってるから、痛みを和らげることも出来るはずだ…多分…」

 手のひらに乗せられたルドは、そこからアサギリをじっと見上げている。

「あっでも走ったら動いて尻尾が痛むか?」

 アサギリの言葉に、ルドはつぶらな瞳をぱちぱちさせた。

「…お前って、割と良いやつなんだな」

「は!? というか、お前じゃねえ、アサギリだ!」

「そうか、そうだったな」

 そうして、ルドは目を細めてキイキイ笑うのだった。


 夕日がまだ残っているうちに、アサギリはパーチェ達のいるテントへ戻ってくることが出来た。もちろんルドも一緒だ。

 パーチェを探すと、切り株に座って本を読んでいる。

「あら、戻ってきたわね」

 パーチェの肩に留まっていた、ボギーがいち早くアサギリに気がついた。ボギーの言葉で、アサギリは本から顔を上げた。

「おかえりアサギリ…おや?」

 小さなお客様に気づいたパーチェは、本を置いてアサギリの元へとやってきた。

「君は…アサギリの友達かい?」

「友達、ではないと思うけど…。さっき尻尾を踏んづけじまって、痛みが酷いって言うから連れてきたんだ」

 パーチェは膝を曲げてルドの目線まで近づけると、彼は優しい口調で話し始めた。

「初めまして。僕はパーチェ、君は?」

「ルドだ」

「ルド君、ちょっと触るからね。痛かったら言ってね」


 アサギリの手のひらにいるルドの体中、片手で隅々まで優しく触った。ルドは最初警戒していたが、穏和な表情と丁寧な口調に安心したようであった。

 最後に何度かルドの頭を撫でた。ルドは眠たそうにゆっくりとまばたきをする。

 そんな様子を見ながら、パーチェは首を傾げた。

「うーん、どこも怪我はしてなさそうだけども」

「え!?」

 ルドは申し訳なさそうに小さな体をさらに小さくして「ごめん、ここに来る途中で痛くなくなっちゃったんだ…」と言った。 

「なーんだ、走って損したじゃねーか」

「怪我が無くて良かったじゃないの!」

 フォローするボギーに、「まあ、そうだけどよう」と少し不満そうなアサギリ。


 バツが悪くなったルドは「じゃ、じゃあおいらはこれで…」とアサギリの手から降りて退散しようとした。と、その様子を見ていたパーチェの目がキラリと光った。

「そうだ! ルド君も夕飯一緒にどうだい?」

 突然の誘いに、「え」と固まるルドに、パーチェは続ける。

「今夜はアサギリがご飯を作ってくれるんだよ」

「何言ってんだ!? 俺、そんな話聞いてないぞ!?」

「そうだっけ?」

 とぼけるパーチェに軽く言い返そうとしたが、今度はルドから声が飛んできた。

「ご飯って、木の実じゃないのか?」

「もちろんそうだよ!」

「本当か!?」

 期待を込めた眼差しが、アサギリに刺さる。

「ご飯なんて、木の実しか食べたことないから…食べてみたいなあ」

 恐る恐る自分の手元を見ると、期待に胸を膨らませたルドが見えた。彼を見ていると、いよいよ逃げ場を失ったような気がしてくる。

「僕が教えるから、アサギリとルドで作ってみなよ」

 パーチェのいいなりになるのは不服であったが、アサギリは観念して言った。

「ああ…もう、わかったよ」


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