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第1話 銀色の生き物を見た日

 深緑が、滲んでいる。


 視界をはっきりさせようと、パーチェは目を擦った。

 すると太陽にあたって輝く木々が、再びはっきりと見えてきた。

 

 赤・黄・青、色とりどりの小さな葉が、一本の茎から沢山生えた植物もいれば、雨もしのげそうな大きな葉が一枚だけ、まっすぐ伸びる植物も生えている。

 何百種もの植物が存在している森の中、足元には地面を覆いつくすかのように、苔が必死に広がっていた。


 パーチェはその苔を力強く踏みしめ、歩いている。

 歩きながら瞳を右へ左へと動かし、何かを探し続けていた。探す足取りは軽く、溌溂とした筋肉が快活に動き、黒髪がさらさらと揺れていた。

 

 青年パーチェには、なんでも出来る活力がみなぎっているのだ。


『ちょっと!まだなの?』


 突如パーチェの脳に、甲高い声が響いた。

『ボギー、もうちょっと待ってよ』


 そうボギーに信号を送って、額から吹き出る汗を拭った。

「もう少し先かなあ…」

 ボギーに急かされ、彼は小さく走り出した。走る彼の瞳には、植物たちの色が映り込んでは消えていく。グリーンの瞳に、まるで万華鏡のように景色が移り変わっていった。

 

 十分ほど走っただろうか、彼の視線が一点に止まった。その視線は、数メートル先に木にある。周りよりも幹の太い木で、どっしりと地に根を張っていた。ちょっとやそっとじゃ折れそうになさそうだ。


 パーチェは木にかけよると、太い幹を二、三回力強く叩いた。

「これがいいな」

 身が重たい幹だ。叩いた反動で手がジンジン痛む。


『見つけたよ』

『はーい!』


 ボギーの返事を認識すると、パーチェは自身の左手を見た。

 人差し指には赤い宝石があしらわれた指輪が光っている。

 彼はおもむろに、その赤い宝石を指で押した。そして宝石に顔を近づけ、こう囁いた。


「エレキ・キャップ」


 数秒後、赤い宝石は黒く変色し始めた。変色を確認すると、パーチェは手を傾けて指輪を太い幹にかざした。

 すると、宝石から勢いよく黒い糸のようなものが飛び出した。糸はパーチェよりはるかに上まで飛んでいき、木の幹に巻き付いたかと思うと、蜘蛛が糸を吐くかのように、近くの木にも糸を飛ばして巻き付いていった。


 巻きつくと、さらに隣の木へ、またさらに隣の木へ。やがて黒い糸は弧を描いているようになり、弧は円形に近づいていく。

 生きているかのように動く黒い糸は、最終的に元の太い幹に戻ってきた。

 

 丁度その時、パーチェの右肩が重くなった。ボギーが降り立ったのだ。


「来るわよ」


 ボギーが来てすぐに、地面が揺れた。パーチェの体も揺れて、ボギーは肩につかみ損ねてずり落ちそうになった。慌てたボギーは、羽をばたばたさせてどうにか落下せずにパーチェにつかまった。


「ボギーはロボットなのにね」

 ボギーの動きを見て、パーチェは小さく笑った。笑う彼に、ボギーは不満そうに首を何度も傾げた。

「何よ」

「ロボットだけど、よくドジするから面白いなって」

「パーチェがアップデートしてくれないからじゃない。だから、バグだらけなの!」

 話しているうちに、木々も揺れだした。枝は音を立てて大きくしなり、パーチェとボギーに葉っぱがハラハラと落ちていった。

「さっさと船の誰かに頼んで、アップデートしなさいよ!」

 パーチェはある一点をじっと見つめている。

 そこあるのは、他と変わりない木々の景色だ。

「ごめんね。だけど、もうしばらくはいいんじゃないかな」


 変わりない景色が、徐々に崩れ出す予兆が出始めた。

 パキパキ、パキパキ、と木の枝が折れる音が聞こえ出している。

「なんでよ!」

 ドスンと重たい音が辺りに響く。

 パーチェの見ていた木々がなぎ倒された。

「だって、そこが好きなんだ」


ギャアアアアア―――!


 心臓を突き刺すような悲鳴が耳をつんざいた。

 パーチェの視界には、一匹の生き物が見えている。鱗は淀んだ藍色、ゴツゴツしていてワニのような鱗である。手足は短くて、胴体はパーチェの見つけた太い木よりもぼってりとしている。美しいとはいえない見た目だ。

 

 しかし唯一、金色に光る眼玉だけが琥珀のようで美しかった。

 

 この生き物、ドラゴンが悲鳴の主だった。

 パーチェの何十、何百倍もあるその図体には、指輪から飛び出した黒い糸がまとわりついている。


「成功だな」

 パーチェはそう言って、捕らえたドラゴンに近づいた。ドラゴンの瞳に、パーチェの姿が映る。罠を張った犯人だと分かったのだろう。低いうなり声をあげてパーチェを威嚇した。


「そんなに怒らないでよ」

 なだめるような声をかけるが、ドラゴンは言葉を理解できない。

 パーチェを攻撃しようと手足を動かし続けている。だが自由を阻む黒い糸のせいで、パーチェには近づくことは不可能だ。

 

 やっとのことで口をパーチェの数メートル上まで近づけたが、それまでだった。

 動き続けた結果、黒い糸がひどく絡まり身動きが全く取れなくなってしまっていた。

「相変わらず頭悪いわね、コイツ」

 どうにも動けず呻く姿に、ボギーは呆れている。

「体はでかいが、知能レベルは低い」

 話しながらパーチェは、片手を自身のズボンのポケットに突っ込んだ。

「それがこの世界のドラゴンって生物だよ」


 ポケットから取り出したのは、四角いクッキーのような固形物だった。

 パーチェはドラゴンの視界に入るように、固形物を指でつまんで見せつけた。

 

 固形物が視界に入ると、ドラゴンはぴたっと威嚇を止めた。そして鼻をスンスンと嗅いだかと思うと、涎をたらし始めた。

 当然パーチェの頭上から、涎が雨のように落ちてくる。

「キャアアア濡れちゃうじゃない!もうはやく!」

 飛んで逃げてしまえばいいのに、と思ったが「はいはい」と流してパーチェは固形物をドラゴンに投げた。

 待ってましたと言わんばかりに、涎をまき散らしながら固形物を口でキャッチするドラゴン。

 大きな口で、噛まずに一飲みしてしまった。


「キャッ汚い!」

 涎が羽についてやいないかと、羽繕いをするボギー。

 そんな機械の様子は気にもとめず、ドラゴンは嬉しそうに耳をぴくぴくと動かしている。


クルルル、クルルル。


 愛嬌のある鳴き声が、大きな図体から聞こえる。そのうち、ドラゴンの瞼がとろんとしてきた。

 パーチェに興味もなくし、気だるげにその場に体を横になった。そうして猫のようにごろごろと体を地面にゆっくりと擦りつけたかと思うと、豪快ないびきをかいて眠ってしまった。


「ゆっくりおやすみ」

 優しくドラゴンの体に触れる。

 触れた手のひらから、体が小さく上下に動いているのを感じた。


『硬い鱗の下に、確かに命は宿っている』


 その実感に、パーチェは嬉しくなるのであった。


 その後パーチェは、眠るドラゴンを背に帰路についた。ドラゴンが木々をなぎ倒しながら捕まってくれたおかげで、帰り道は歩きやすくなっている。


「これで、ドラゴン作戦は完了よね?」

 ボギーの問いに、足跡型にへこんでしまった地面を見ながらパーチェは答えた。

「いやいや。まだ未完了だよ」

「まだやるのお!? ねえパーチェ、この作業、何年やってるかわかってる?」

「…数えるのは止めようよ。環境を整えるって大変なんだから…でもさ、もう少しだよ。生息域もだいぶ分かってきたし」


 ボギーは急に疲れてしまったようであった。「もう少し、もう少しね…」とぼそぼそ言いながら、ぐったりしている。

「沢山充電してあげるから」

「あのね、アタシは太陽充電式なのよ…」

 パーチェが苦笑いしていた時、西の方から大きな風が吹いてきた。パーチェの黒髪は大きくかき乱され、視界を塞いだ。

「そろそろ、髪を切らないといけないな」

 そう呟いて、髪をかきあげた時だった。


ウオオオオ―――!


 低く力強い鳴き声が辺りに響いた。


 パーチェは目を見開き、注意深く辺りを見回した。

 鳴き声は明らかに、ドラゴンのものであった。先ほど無力化した個体とは別の個体が近くに来ているようだ。


 だが、辺りの木々の様子は変わらない。ドラゴンのうるさい足音もしなければ、木が倒れる音も聞こえないのだ。

 額に冷たい汗が滲む。罠を張っていない状態で、突進でもされたらひとたまりもない。

 しかし、どんなに辺りを見渡してもドラゴンの気配はなかった。

「どこだ!?」

 焦る彼の耳元で、ボギーが囁いた。


「パーチェ、上よ…!」

 即座に空を見上げた。雲ひとつない青空に、一点だけ黒点が見える。

 パーチェは目を凝らして、黒点をじっと見据えた。

「そんな…まさか」

 

 パーチェの遥か上空を、翼を持ったドラゴンが飛んでいた。


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