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第12話 愛すること想うこと④

 

 息を切らして戻ってきたアサギリには気づきもせず、パーチェは呑気な寝顔でぐうぐう二度寝していた。

 そんなパーチェの体を、アサギリはゆさゆさ揺らした。

「んん…もうちょっと寝かせてくれないかい?」

 夢見心地のパーチェはぼうっとしている。寝ぼけ眼の彼に、アサギリは叫ぶように言った。

「ジョンに教えてやってくれよ!」

 アサギリの大声がキーンと頭に響く。

 パーチェは一瞬で目が覚め、くじいた足を庇いながらも身を起こした。

「…何を教えるんだい?」

「リリアンの目を見えるようにする方法! パーチェなら、わかるだろ!」

「目を見えるようにする? 治療法ってことかい?」

「そう!」

「どうして、僕が目を見えるようにする方法を知っていると思ったんだい?」

「そりゃ、パーチェは何でも知ってるからさ。うまいものを作る方法を沢山知ってるし、俺をこんな姿にするのだってできる。だから、目を見えるようにするなんてのも、簡単だろ?」

 アサギリの発言に、彼の表情は段々険しくなっていく。感情を隠すかのように、パーチェは一度深呼吸をして、いつもの柔らかな声で答えた。


「アサギリ、僕でも流石にそれはできないよ」

「えっ!?」

「目を治すのはとても難しいんだ…」

「そんな訳ない! 俺を変えることの方が何倍も難しいに決まっているだろ!」

「…パーチェさん」

 アサギリにやっと追いついたジョンが、家に戻ってきていた。ジョンも走って戻ったので、まだ息を切らしている。

「…目を見えるようにするのは、難しいのか?」

「そうなんだ。僕でもできない…助けてもらったのに、申し訳ない」

「…いや、そんな…」

「嘘つきだ!」

「アサギリ! なんてこと言うの!」

 アサギリをボギーが嗜める。

 だがアサギリは声を上げるのをやめなかった。

「目を見えるようにする方法を絶対知ってるのに、できないって! どうしてそんな嘘をつくんだ!」

 さらに反論しようとした時、隣のベッドがもぞもぞ動いた。リリアンが寝返りを打ったのだ。

 ジョンは彼女を静かに見つめる。長い睫毛は動く気配もなく、体を覆う白いふわふわした羽毛が、寝息のリズムに合わせてかすかに動いている。

 安らかな寝顔を見つめながら、ジョンが口を開いた。

「…アサギリ…いいんだ」

「いや、アイツは嘘をついているんだ!」

「いいんだ」

「いや、でも…」

「パーチェさんが、できないって言うのなら、きっとできないんだ…」

 表情には出さないが、ひどく落胆しているのは明らかだ。ジョンのいつもの低い声が、いっそう低く聞こえるのだ。

「…仕方ないよ…」

 自分に言い聞かせるように、ジョンが呟く。

 静かに耐える彼に、アサギリは自分が何か言うことさえ、ジョンを傷つけてしまうのではないかと危ぶんだ。

 そう思ってしまうとアサギリも、パーチェに何か言い返すことも出来なくなってしまったのだった。


 その後、アサギリは食事をしたのかもあまり覚えていない。気づけば毛布にくるまっていて、皆の顔が暗闇で見えなくなってしまっていた。

 シンと静まり返った部屋で、暖炉だけが赤々と燃えていた。アサギリは体をもぞもぞと動かして、何度も寝返りをうっている。その度にアサギリの銀色の髪が暖炉の炎にあたって、ちらちら輝く。

 どうしても、気持ちを落ち着けることができなかった。

『どうしてあんな嘘をつくんだ!?』

 頭の中で何度も思いを巡らせた。

『パーチェなら、絶対にできる筈なのに…アイツの家には色んな本があった! その本の中に、方法がきっと載ってるさ…』

 アサギリの目がぱっちり開いた。そしてガバッと体を起こし、パーチェとボギーの様子を盗み見る。今日ボギーはパーチェの隣に寝ていて、どちらとも起きる気配はなかった。


 音を立てぬようにそっと、毛布から抜け出す。アサギリが向かう先は、パーチェの担いでいたリュックサックだ。リュックサックはベッドの近くの床に、直置きされている。

 ゆっくりとリュックサックを開けると、金具がパチンと音がなった。アサギリの全身の毛が逆立つ。慌ててパーチェとボギーをもう一度確認する。

 

 どちらも目を覚ましてはいなかった。

 できるだけ音を出さずに、アサギリはリュックサックの中身を漁った。リュックサックの中には、皿などの食器から、水筒、鉛筆にクレヨン、ミニチュアサイズのアタッシュケースやよくわからないバネのようなものまで、何でもある。ごちゃごちゃと多種多様な道具が入ったリュックサックの奥深くに、アサギリの探していたものはあった。

 ドアノブだ。

『パーチェは前、ドアノブさえあれば家を呼べると言っていた。きっとこれだ!』

 アサギリはドアノブを取り出すと、両手でクルクル回して全体を眺めた。ドアノブは金色で傷一つなく、金属ではないような材質で出来ているようだ。

『でもこれ、どうやって使うんだ?』

 くまなく見てみたものの、使い方はもちろん書いていない。アサギリは床に置いて、上からドアノブの様子を見てみることにした。


 コトン


 するとどうだろう! 床に置いたドアノブから、枝木が生えていくように黒い線が伸びた。黒い線は長方形のドア型になり、線はいつしか、本当のドアになっていた。

 床に出来た黒いドアを、アサギリは恐る恐る触った。ドアは、外に置かれているかのように冷たい。

 彼はごくりと唾を飲み込むと、静かにドアノブを回した。


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