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第11話 愛すること想うこと③


 空はどんよりした厚い雲が覆っていて、太陽の光は昨日よりも落ちてこなかった。

 背の高い木々が、僅かな光さえも奪っているのだ。そのため地上には届くのは、凍えた寒さだけである。

 そのため新しい上着を身につけたアサギリだったが、寒さで身が縮こまってしまっていた。


 縮こまった体を動かそうと、背にかけた籠を背負い直し、前方を見る。

 前には背負子を背負ったジョンの姿が見える。ジョンは藁で出来た雪靴を履いていた。

「…悪いな、寒い中手伝ってもらって」

「ジョンは気にしなくて良いよ! そもそも、パーチェが悪いんだ…アイツめ…」

「…パーチェとは、友達ではないのか?」

「友達!? とんでもない! パーチェとは、何と言うか…仕方なく一緒にいるというか…いや、俺のやりたいことがことの発端で、それは面白かったりもするんだけど…でも腹立つ…」

「…そうか」

 鼻息荒く話すアサギリがツボにハマったのか、ジョンは彼に気づかれないよう、肩を震わせ笑っていた。


 山を登りながら、ジョンは足元に生えた食べられる植物を見つけると、アサギリに教えた。そして植物を採らせ、籠の中へ放り込んでいった。

「いつもどの位の量を採るんだ?」

「…食べる分だけだよ。あんまり採っても、しょうがないからな」

 そう答えながらジョンのつぶらな瞳が、一本の木をとらえた。薪になりそうな木を見つけたのだ。ジョンは木の状態を確認すると、斧で切って、さらに背負子で積めるくらいの長さにカットしていった。

 そんなジョンの隣で、アサギリは食べられる植物がないかと、地面に穴が開きそうなほど見ている。と、教えてもらった植物をまた見つけた。

 椎茸のような形をしているが、椎茸の傘は真っ赤だ。アサギリは赤い椎茸を手際良く採ると、籠に放り込んだ。

 植物を採る為に屈んだり、再び立ちあがったりする動きは良い運動であった。そのうち凍えていた体が火照ってきて、額から汗がひとすじ流れ落ちる。

 その汗が外の空気にさらされるとひんやりして、アサギリには心地よく感じられた。


 二匹は黙々と作業を続け、昼ごろ一休みをすることにした。

 ちょうど良い切り株を見つけて、二匹はそこに座った。座るとすぐにアサギリは籠にぶら下げていた水筒を取り、ごくごく水を飲んだ。

「っあー! 生き返る!」

 ジョンは顔を上げて、森の様子を見つめている。

 時間が経って、空にかかっていた厚い雲は、どこかにいってしまったようだ。優しい木漏れ日がジョンのブラウンと黒の毛色に分かれた顔に落ちてきている。

 彼は心地よさそうにゆっくりと瞬きをすると、顔をあげるのをやめて、背負子に括っていた荷物を解いた。

「…ほらよ」

 荷物の中身をジョンはアサギリに放り投げた。アサギリは反射的に手でキャッチして、手のひらにのっているものを確認する。

 手のひらには、黒っぽい木の皮を引きちぎったようなものがあった。

 何なのかわからないので、ジョンに聞いてみようと顔をあげた。するとジョンは、木の皮を引きちぎってむしゃむしゃ食べている。

 それを見たアサギリも、恐る恐る一口食べてみた。初めは固いだけで、やっぱり木の皮か、などと思っていた。

 だが、噛めば噛むほどアサギリの表情は明るくなっていく。

 肉のうま味が出てきたのだ。

「硬いけどうまい!」

「…ん」

「朝ごはんもうまかったし、いつもこんなものを食べているのか?」

「食料が取れる間はそうだな。ああただ、この干し肉は外でしか食べない」

「え、何でだ?」

「…血の匂いがするからな…リリアンに、怖がられたくないんだ」

 ジョンの気持ちが理解できず、アサギリは彼の顔を黙って見つめた。毛並みの悪い大猫は、目を合わせずに干し肉を食べ続け、それ以降は何も話そうとはしなかった。

 

 一休みを終えると、アサギリとジョンは帰路についた。

 暗くならないうちに、家に戻らねばならないのだ。

 急な坂になっている山道を、二匹は転ばぬよう注意深く降りていく。ずっと坂が続いているようなものなので、行きよりも帰りに時間がかかる。

「なあ、ジョン」

「…ん?」

「どうして、リリアンに怖がられたくないんだ? 怖がられたって、死にやしないじゃないか」

 アサギリの純粋な問いに、ジョンは眉間にシワを寄せた。

「…それは…何というか…」

 言い淀んだ次の瞬間、ジョンの足元が少し崩れた。慌ててジョンは近くの枝にしがみつこうとしたが、辺りには枯れかけた細い木の枝しか見当たらない。それでも必死に、肉球で一本の枯れ木を握り締めた。

 乾燥した木は、触っただけで中が空洞であることがわかる。当然ながら、枯れ木はすぐにぽきりと折れた。ジョンは顔を歪ませ受け身の体勢をとる。

 

 世界が反転する、かのように思えた。

 ところが、彼の視界は重力のままであり、かつ、体は地面に転がり落ちることはなかった。

 アサギリがジョンの腕を掴んで体を支えたのだ。

「大丈夫か!?」

 金色のアサギリの瞳に、野暮ったいジョンの顔がしっかりと映っている。瞳に映る己の姿に、ジョンは顔をそむけた。

「…ああ、ありがとう」

 二匹はまた、黙々と歩き出した。

 傾斜がなだらかになってきたところで、ジョンが口を開いた。

「…さっきの質問だが」

「え?」

「…怖がられたくないのは、嫌われたくないからだ…嫌われたくないのは…つまり、好きなんだ。リリアンのことが」

 ジョンは地面を見たまま話し続ける。

「好きだから、怖がられたくない、嫌われたくないんだ…そして好きだから、どうやってでも助けたいと思う…」

 ジョンはちらりとアサギリを見た。すらりとした肉体が、彼にはどうしようもなく醜い感情を浮かび上がらせてくる。つぶらな瞳をまばだきさせて、ジョンは再び足下に目をやった。

「愚かだろう?」

「え?」

「…こんな姿で、あんなすばらしく綺麗なリリアンを好きになってしまうなんて…本当に、どうかしてると思うよ」

「どうかしている? 俺、よくわからない。だって好きになるってのは心が惹かれることって辞典に書いてあったぜ? それが愚かなことなのか?」

 ジョンの足が止まった。先に歩いていたジョンが急に止まったので、アサギリはつんのめった。

「どうしたジョン?」

 ジョンは黙ったままだ。

「?」

 アサギリが困惑する中、急にジョンがアサギリの方へ振り向いた。

「おわっ!? なんだよ」

「…アサギリ達は、長いこと旅を続けているのか?」

「俺はそうでもないけど、パーチェは長く続けるんじゃないか? いろいろなことを知ってるからな」

「そうか…やはり…いろいろなことを知っている……」

 ジョンの瞳が、じっとアサギリを見据える。

 その小さな瞳には、複数の感情が入り混じっているようであった。

「…なら、目を見えるようにする方法もわかるだろうか?」

 感情を押し殺した声に対して、アサギリは元気いっぱいに答えた。

「パーチェはうまい料理の方法もわかるんだ! 目を見えるようにする方法も、きっとわかる!」

 ジョンの目が大きく見開かれた。同時にジョンの手が、アサギリの両手へ伸びていく。そのままアサギリの手を硬く握り、震える声で言葉を紡いだ。


「頼む。リリアンの目を、治してください…彼女がまた、自由に飛んでいる姿が見たいんだ…俺の命だってくれてやってもいい。だから…お願いします…」


 握られた手の力強さに、アサギリは今まで感じたことのない気持ちが湧き上がってきた。彼はまっすぐジョンを見据えて、大きく頷いた。

「そうと決まったら、急いで家に戻らねぇと!」

 言い終わらないうちに、アサギリは駆け出した。なだらかな傾斜を、飛んでいるかのようにするすると降りていく。彼はジョンの気持ちの意味がわかったのだ。そしてアサギリ自身も、リリアンを助けたいという思いでいっぱいになっていた。


 ジョンの家が見えてきた。藁と木でできた小さな家だ。アサギリは音を立てドアを開ける。そのままパーチェのいるベッドへぶつかりそうな勢いで向かった。

「パーチェ!」


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