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第9話 愛すること想うこと①


 アサギリたちは、何日もかけてさらに森の奥まで進んでいた。

 進むにつれて外の気温が低くなり、背の高い木が増えていく。

 木には小さな赤い実が沢山実っていた。寒さのせいで、空気が澄んでいるのだろう。その赤い実の色たちは、いっそう鮮やかに輝いている。


 厳しい寒さの中、アサギリは歯をガチガチ鳴らして歩いていた。彼は長い時間文句も言わず歩いていたが、とうとう怒鳴るように言った。

「パーチェの仕事仲間はいつ会えるんだよ!? 寒くて死にそうだ」

 パーチェは白い息を吐きながら答えた。

「この寒さくらいじゃ、死なないよ。同じ地域に整備員が複数いても無意味だから、結構遠くにいるんだよ」

「結構遠く…」

 アサギリは絶望した表情を浮かべながらさらに尋ねた。

「その、パーチェの仲間…ジルムだっけ? そいつはどの辺にいるんだよ?」

「…うーん…」

 言い淀む主人に、ボギーがうんざりした声をあげた。

「パーチェ、あなたまさかジルムを見失ったんじゃないでしょうね?」

「いいっ!?」

「いやいや、まさか。居場所はわかってるけど…」

 そう言って、パーチェはアサギリをちらっと見た。

「どうしようかなあ…」

「なんだよ」

「うーん…途中で立ち寄る場所を考えてるんだ…世話好きの生き物たちが住まう村があるんだけどね…でもなあ…」

 パーチェはそうして、頭を悩ませている。

 そのうち、彼の体が左に傾いた。考えに気を取られるうちに、片足をぬかるみにはまらせてしまったのだ。

 急にバランスを崩したので、肩に乗っていたボギーはふわりと飛び上がる。

「もう! 考えすぎよ!」

 パーチェの肩足は、膝小僧あたりまでぬかるみにはまっている。「ごめんごめん。あちゃあ、やってしまった」と最初はヘラヘラしていたが、ぬかるみから足を出そうとしても、うまくいかない。

「おかしいな…」

 パーチェの顔が曇る。力強くもう一度足を上げると、ぬかるみから足は抜けた。だが勢いよく足が抜けたので、パーチェはぬかるみと反対方向にバランスを崩した。あっという間に、体が逆方向へ傾いていく。

 運の悪いことに、逆方向は崖のような急斜面だ。アサギリが慌てて手を差し出したが、パーチェの手にあともう少しのところでかすめてしまった。そのままパーチェの体は斜面に叩きつけられ、転がり落ちた。

 アサギリの瞳に、パーチェがゆっくりと急斜面に落ちていく姿が映る。そこら中に落ちていた木の枝や小石が当たり、パーチェは呻き声が森中に響く。パーチェはどうにか手で自分の体を止めようとするが、片手だけではどうにもできない。

 数メートル先の平地になったところで、やっとパーチェの体は止まった。

「キャーーーー!」

「パーチェ!」

 ボギーが急いでパーチェの元へ飛んでいく。アサギリも転ばないように注意しながら、急斜面を降りていった。

「痛た…」

「大丈夫か!?」

 アサギリがパーチェの体を起こすと、パーチェは「ウッ」と声を上げ右足をかばった。

「怪我したのか?」

「ああ。どうも、くじいてしまったみたいだね」

「まあ大変!」

「治療する道具って、リュックの中にあったりしないのか…」

 そう言いながら、アサギリはリュックを漁り始めた。

「確かあった筈だけど…何持ってきたかな…」

 パーチェが思い出そうとしていると、近くの草場からガサガサと動く音が聞こえた。

 

 見ると、三毛猫のような姿をした生き物がこちらを見ている。二足歩行の三毛猫は、アサギリと同じくらいの身長の大きな猫だ。毛並みはボサボサで、ずんぐりむっくりしている。ボサボサの毛の間から、つぶらな瞳がアサギリ達を見ていた。

「…どうしたんだ?」

 三毛猫は小さな声で尋ねた。

「足をくじいてしまったようでね」

 パーチェの答えを聞いて、三毛猫は眉間にシワを寄せた。そしてパーチェの元へやってくると、足の状態を確認した。

「…関節は切れてはいないようだ。だが、むやみに動かさないほうがいい」

「痛て…詳しいんだね」

「…似たような生き物が、前も倒れたからな…うちに来なさい。治療をしよう」

 そう言うとすぐに三毛猫は担いでいた背負子を降ろし、固定していた袋から布を取り出した。そして少し腫れ始めたパーチェの足を布でしっかり固定すると、背負子を再び担ぎ直した。

 背負子を担ぐと、三毛猫は空いた両前足で軽々とパーチェを抱きかかえた。

「力持ちだな!」

 歩く三毛猫の後ろについていきながら、アサギリが褒めた。

「…森で一人長く暮らしていれば、嫌でも力はつく」

「一人でずっと暮らしているのか?」

「…そうだ…あ、いや、今は違うが…」

 たどり着いたのは、藁と木でできた家だった。三角の屋根は藁で覆われているが、土台は木で出来ていた。


 三毛猫はアサギリたちを家の中に入れてくれた。家の中は一部屋しかなく、だだっ広いつくりとなっている。円形の部屋の中央に暖炉があって、手前に木のテーブルと椅子。奥には二つベッドがある。そしてベッドから入り口にかけて、壁に沿うように棚や道具が並んでいた。

 三毛猫はパーチェを一方のベッドに寝かせると、もう片方のベッドに「ただいま」と声をかけた。

 声をかけた方から、小鳥がひょっこり顔を出した。

「おかえり、ジョン」

 澄んだ美しい声だ。小鳥は続けて「誰か来ているの?」と尋ねた。

「うむ。森の中で、怪我をしている生き物を見かけたから連れてきた。それに、その連れも二匹いる」

「まあジョン!」

 小鳥は朗らかに笑っている。

「初めまして。私はリリアンというの。よろしくね」

 アサギリはパーチェのすぐ隣にいるが、小鳥が話かけているのは反対方向だ。不思議に思いながらも、アサギリは「よろしく?」と返事をした。

 その様子を見ていたジョンが、静かに口を開いた。

「…すまない、リリアンは目が見えないんだ。リリアン、彼らはここにいるんだよ」

 そう言って、ジョンは優しくリリアンをアサギリ達のいる方に向かせてやった。

「あら、こっちから音がしたと思ったのだけど…ごめんなさいね。ジョン、彼らの名前は何と言うのかしら?」

「ああ…ええっと…そういえば聞いていなかったな…」

「俺はアサギリ。怪我をしたのがパーチェってやつだ! で、もう一匹はボギーっていう鳥だよ」

「鳥!」

 リリアンは弾んだ声で続けた。

「どんな色をしているの? 私と同じ白っぽい色かしら」

「違うよ。ボギーは黄色なんだ」

 リリアンは「黄色…きっと綺麗な色なんでしょうね」とふわふわした様子で言った。ボギーの姿を想像しているようだ。

 リリアンとアサギリたちが話をする中、ジョンがボソリと「…じゃあ俺は、水を組んでくるから」と言い残して外に出て行ってしまった。


「ジョンとリリアンは、長く暮らしているのかい?」

「そうね、長く一緒にいると思うわ。と言っても、どのくらい一緒にいるのかはわからないけれど」

「わからない? 何でだ?」

「目が見えなくなってしまって森の中で困っていたとき、ジョンが助けてくれたの。でも彼ってほら、口下手でしょ? それにほんとに突然だったものだから、最初は私食べられてしまうんじゃないかと思って、ベッドの中でずっと震えていたの。だから朝が何回来たのかわからなくなってしまって…」

 話の途中で、ジョンが戻ってきた。水のたっぷり入った木の桶を持っている。

 ジョンは桶をテーブルに置くと、腕にかけていた布巾を濡らしてギュッと絞った。そしてパーチェの元に戻ってくると、布巾をパーチェのくじいた足に当て、さらに布巾をくじいた足首に固定しようとしている。

「今じゃ、とっても優しいのだとわかるけどね」

「…ん?」

「ふふ、なんでもないわ」

 話を聞いたボギーがうっとりとして「なんか良いわねえ…」と呟いた。

 何の話をしているのかジョンはそんなに興味がないようだ。話の内容には追求せず、「数日安静にしていれば、また歩けるようになる。それまでうちに居なさい」と、淡々と話した。

「いやあ、助かるよジョン。ありがとう」

 お礼を言うパーチェにジョンは「…ん」とだけ答えると、「もう外は暗い。そろそろ眠る準備をしよう」と言った。

「おい、ちょっと待ってくれよ」

 ジョンの言葉にアサギリが待ったをかけた。ムスっとしていて、いかにも不機嫌そうな顔だ。

「…何だ?」

「眠る準備と言ったって、どこで寝るんだよ? ベッドは二つしかないんだろ?」

 話しながらハッと口に手を当てた。

「俺とパーチェ、一緒に寝るのか…?」

「僕は構わないよ〜」

 呑気なパーチェの姿勢に対して、ジョンは深刻そうに眉間にシワを寄せる。

「…寝てる時に、パーチェさんの足を蹴ったらどうするんだ…怪我を悪化させてしまうぞ……俺たちは床で寝るんだ」

「ええーー床で寝るのは寒いだろ!」

「その位、我慢しなさいよ! 暖炉もあるじゃないの!」と、ボギーがアサギリを嗜めたが「だってよお…」と不満げだ。そんなアサギリに、ジョンは小さな声で言った。

「…そこの戸棚に毛布がある。使えばいい」

 途端にアサギリの顔がぱっと明るくなった。

「なんだよ〜それを早く言えよ〜あのちっさい棚か?」

「…ん」

 小走りで戸棚までいくと、勝手に開けて毛布を取り出した。茶色い毛布はよれていて、少し獣臭もする。だが、触り心地が良いので眠るには十分の代物であった。

「ジョンも必要だよな?」

 そう言ってアサギリはもう一枚毛布を取り出すと、それをジョンに投げた。

「…ん」

「うわ〜あったかいな〜」

 言いながらさっさと暖炉の前に陣取ると、毛布にくるまってごろりと寝転んだ。石造りの暖炉が、パチパチと音を立てながら体を温めてくれる。すっかり気分が良くなったアサギリは、気持ち良さそうに大きなあくびをした。

 少し間を開けてジョンも座り、毛布に包まっている。

「ボギーはどこに寝るんだ?」

「今日はアタシ、アサギリと一緒に寝るわ」

 ボギーはアサギリの首元から毛布に入ってきた。しばらく毛布の中をモゾモゾした後、毛布からひょっこり顔を出した。

「また明日ね、みんな」

「おやすみボギー、みんな」

 ボギーが挨拶をすると、次にパーチェが挨拶をした。

「また明日な!」と、アサギリ。

「皆さん、おやすみなさい」と、リリアンも言った。

「…おやすみ」

 最後にジョンがおやすみの挨拶をした。


 部屋には薪の燃える音と、隙間風の泣き声だけが響いている。

 そうしてすべての生き物達が夢の世界に旅立つと、夜はいっそう深くなっていくのだった。


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