身代わり人形
私の特技…それは、身代わり人形を作ること。
自身が編み出した、現代に唯一存在する、秘術。
一代分限…門外不出の秘術、他言無用の奥義。
神に賜った土地に種をまき、天の恵みに神酒を交じらせた水で芽を育み、伸びた作物を刈り、何日も呪文を唱えながら繊維を叩き、大地から湧き出した聖水にさらして紙を漉き、太陽の光を七日間浴びせ、満月の光に七時間あて、先祖代々伝わる黒曜石で研いだ刃で人型を抜き、体液で呪言を記すことで……身代わり人形は完成する。
私の代わりに災厄を受け取り、その存在を散らす、身代わり人形。
時に真っ二つに裂け。
時に火で炙られ。
時に土に埋もれ。
時に川に流れ。
時に渓谷の風にのり。
時に風船と共に旅立ち。
時に誰かの鞄の中に。
時に誰かの胃袋の中に。
時に誰かの郵便受けの中に。
悩み、迷い、怒り、悲しみ、嘆き、愛、欲、憎しみ、願い、あらゆる私の感情を全て受け止め、人形は消えていった。
身代わり人形があったから、私は…生きている。
身代わり人形があったおかげで、私は…生きることができた。
……身代わり人形が消えるたびに、私は健やかになれた。
悩みが消えて、明るくなれた。
迷いが消えて、道を選べた。
怒りが消えて、優しくなれた。
悲しみが消えて、笑顔になれた。
嘆きが消えて、過去を振り返らなくなった。
あらゆる執着が消えて前向きになれたのは、身代わり人形のおかげだ。
病気、悩み、怒り、恨み、事故、のろい、人間関係…ありとあらゆる不愉快な現象から、私を守ってくれた。
運命、宿命、使命…、ありとあらゆる避けては通れない道筋を、私の代わりに受け止めてくれた。
……身代わり人形は、いつでも…私を救ってくれた。
冷たい他人に負けずに済んだ。
愚かな他人に振り回されずに済んだ。
過去に囚われて未来を絶望せずに済んだ。
低能な集団の主張を理解せずに済んだ。
気味の悪い存在を一掃する事ができた。
頭の悪い存在をかわすことができた。
下世話な言葉を聞き流すことができた。
身を滅ぼす誘惑を断ち切ることができた。
身代わり人形を作るたびに新しい自分が生まれ…、新しい自分が生まれるたびに古い自分が消え…。
物分りの良い私が、身代わり人形と共にこの世から消え……。
他人を憎む私が、身代わり人形と共にこの世から消え……。
不幸に喘ぐ私が、身代わり人形と共にこの世から消え……。
悩んで身動きの出来ない私が、身代わり人形と共にこの世から消え……。
他人を優先させる私が、身代わり人形と共にこの世から消え……。
一般常識に振り回されていた私が、身代わり人形と共にこの世から消え……。
優しかった私が、身代わり人形と共にこの世から消え……。
面白かった私が、身代わり人形と共にこの世から消え……。
今、作っている、身代わり人形が完成したら…どんな自分が生まれるのだろう。
私は、身代わり人形を作ることができる。
私は、身代わり人形を作れば、生きていける。
……今、作っている身代わり人形が完成したら、どんな自分が消えるのだろう。
私は、身代わり人形を作ることしかできない。
私は、身代わり人形を作らなければ、生きていけない。
……今日も、私は、身代わり人形をこしらえる。
……私には、身代わり人形を作ることしかできないから。
私は……、身代わり人形を作らなければ、生きていけないから。
……今日も、私は、身代わり人形をこしらえる。
……今日も、私は、身代わり人形を。
……今日も、私は。
………私、は。