言葉の意味について考えました
おはようございます。ムラカワアオイです。言葉の意味。どうして、言葉があるのだろうか。僕は詩人としての芸歴は25年ほどになります。何故、体罰より、言葉での虐待が子供たちに悪いように響き、何故、言葉がこの世界にあるのだろうか。焦らないで考えました。僕には二人、真の友人がいます。姉御的存在の友人と妹的存在の、友達です。今、LINEがどう、メールがどう、戦争がどうこう、平和がどうこう。マイナンバーカード。ふざけるな。と正直に思います。僕は言葉で傷ついた少年時代を送りました。いじめとは感じませんでしたが、とにかく、しつこい、ストーカーのような同級生に、言葉で責められまくりました。児童相談所にも世話になったこともあります。そこでの教師たちは言葉巧みに、僕の意思にそぐわなく、僕という少年を完全否定しました。高校時代。所謂、ヤンキーでした。では、尾崎豊的な自由はどうなのだろう。自由と勝手の違い。なんでも、自由自由という前に自分という人間を肯定しろと思いました。太いズボン、長い学ラン、煙草。喧嘩上等。皆様に問いたい。この時代、意味のない言葉が多すぎる。テレビを観ていても、YOUTUBEを観ていても、出世さえできれば、どんな言葉も使うのか。松本人志的、人が人を馬鹿にして得る笑い。では、笑いがどこで生まれるのか。僕は、煙草を買いに行くコンビニで、店員さんと立ち話。こういうことが幸せである気もします。ネットに載っていることだけをペラペラ喋る、人間達。意味。意味。意味。脇役さえ演じられない、人間達。もう、うるさい生活はごめんです。でも、言葉がないと生きていけない。僕の詩。賛否両論だと思います。今、皆さんに問います。本当に本当に幸せですか。言葉の意味ついて。ムラカワアオイ 草々