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婚約破棄しようとした令息は更生する

 私の名前はビト・アリケス。

 誇り高いアリケス伯爵家の長男である。優秀な文官を数多く輩出しているアリケス伯爵家の長男である私はやはり優秀である。勉強などしなくとも学園の成績上位クラスに入れるに決まっている。

 そう思っていたのに、私は成績上位クラスに入れなかった。私の代わりに私の婚約者であるアニタを含め、5人の下位貴族が成績上位クラスに入った。


 私はそれが許せなかった。特に婚約者であるアニタが許せなかった。私の婚約者であるなら、私を立てて成績上位クラスを辞退すべきだ。


 それに、スルバラン侯爵令嬢とペドロサ男爵令嬢も気に食わない。高位貴族である私を優先せず、アニタ達下位貴族を優先するスルバラン侯爵令嬢に、スルバラン侯爵令嬢を愛称で呼ぶペドロサ男爵令嬢。

だから、少しだけ困らせてやろうと思った。アニタとスルバラン侯爵令嬢と仲の良いペドロサ男爵令嬢に嫌がらせを行った。


 最初、万年筆とインクを何回も盗んで困らせてやった。最初は困った顔をしていたが、ある日、木箱いっぱいの万年筆とインクを持ち込んできた。それを自分用に使うだけでなく、万年筆やインクを忘れた生徒たちに次々に売り始めた。


 次に、ペドロサ男爵令嬢が持ち込んだお菓子を盗んだ。最初はお菓子に興味なかったが、1つ試しに食べてみたら、下位貴族向けにしては中々おいしかった。しかし、ある日を境にそのクッキーを食べるたびに腹痛に襲われるようになった。ペドロサ男爵令嬢に文句を言いたかったが、盗んだことがばれるのが怖くって、ペドロサ男爵令嬢に文句を言うことができなかった。


 最終手段として、ペドロサ男爵令嬢の制服を盗んだ。制服が無くなって困ればいいと思ったが、何故か男子生徒の制服を着たペドロサ男爵令嬢が午後の授業を受けていた。聞いた話だと、学園を卒業した義兄の制服を着ているとのことだった。


 どんなに懲らしめても堪えない5人に業を煮やした私は、婚約破棄騒動を起こした。そうすれば、生意気なあいつらも反省するだろうと思った。


 しかし、私が考えていた結末とは異なり、私はペドロサ男爵令嬢に決闘を申し込まれた。針より重いものを持ったことがなさそうな令嬢に決闘を申し込まれて面を食らったが、生徒会長であるドュアルテ公爵が決闘の許可を出してしまったため、仕方なく決闘を受けることになった。


 流石に女性に本気を出すわけもいかないと、手加減しようと思った。しかし、その考えが間違いだとすぐに気づいた。


 剣術の教師の「始め!!」の声とともに、目の前にペドロサ男爵令嬢が現れた。そして、気づいたら私は倒れこんでいた。こんなのおかしいと思った私は、すぐにペドロサ男爵令嬢に決闘のやり直しを申し込んだ。


 だって、グルレ次期公爵夫人と瓜二つの美少女が剣を振り回すなんて信じられるか?あの綿菓子のようにふわふわしたピンク色の髪をした女性が、私より強いなんて信じられるか?


 ペドロサ男爵令嬢は決闘のやり直しを承諾した。「今度こそ油断しないぞ!!」といき込んだが、結果は同じ。5回決闘のやり直しを申し込んだが、すべて私の負けだった。


 ペドロサ男爵令嬢に怒鳴られ、渋々アニタに謝った。この時はまだ何故アニタに謝らなければならないのかわからなかった。


 満身創痍の体を引きずりながら家に帰ると、顔を真っ赤にした父親に殴られた。その後1週間部屋で謹慎させられた後、無理やり馬車に乗せられピンクダイヤモンド鉱山に連れて行かれた。なんでも、ペドロサ男爵令嬢へ支払う慰謝料を稼ぐために。








 男の汗とホコリが満ちた場所で、私は朝から晩まで働いる。


「先生、彼女に渡す手紙を書きました!添削お願いします」

「分かった。……おい、なんなんだよ、エロイ!この手紙は!」


 私が、ピンクダイヤモンド鉱山で任された仕事、それは、鉱夫たちに読み書きや簡単な計算を教えること。

鉱夫たちは、私達貴族とは異なり、幼いころから家計を助けるために、ピンクダイヤモンド鉱山で働いているものが多い。幼いころから働いているため、読み書きや算術を習う機会に恵まれなかった。文字が読めない者が多いため、鉱夫達への指示はいつも口頭。そのため、伝言ゲームのように指示の内容はいつの間にか変化し、指示した内容が伝わらないことが多発していた。


ピンクダイヤモンド鉱山管理しているモブ侯爵は、業務の効率化のために鉱夫達に基本的な読み書きと算術を教えることにした。


モブ侯爵は鉱夫達に勉強を教える先生の派遣を、取引のあったペドロサ男爵に依頼した。そして、私は罰として慰謝料を稼ぐためにピンクダイヤモンド鉱山に派遣された。

ペドロサ男爵は「体力自慢の鉱夫達に負けないように、なるべく若い男性を派遣してほしいと頼まれていたから丁度よい」と、笑顔で私をピンクダイヤモンド鉱山行きの馬車に押し込めた。


 


 ピンクダイヤモンド鉱山に来て、最初の一週間はとてもつらかった。


 初日は、モブ侯爵が準備してくれた学び舎には鉱夫たちは一人も集まらず、日が暮れるまで一人学び舎で過ごした。


 2日目・3日目は休憩している鉱夫達に渋々声を掛けた。ここで何もせず家に帰ったら、父親に殴られることは目に見えている。声を掛ける度に「ここは貴族の坊ちゃんの遊び場じゃねぇ」「さっさと、お家に帰りな」言われた。


 4日目にして、初めて学び舎に一人の男性が現れた。お昼休みに来た彼は「自分の名前を書きたいから、文字を教えて欲しい」と私に頭を下げてきた。彼は私より1つ年上で、10歳の時から家計を助けるためにピンクダイヤモンド鉱山で働いている。


 彼の話を愕然とした。自分と同年代の少年が危険と隣り合わせの鉱山で働いていることに。そして、自分がいかに恵まれていたことを思い知った。私達貴族は当然のように自分の名前を書くことができる。だけど、彼は自分の名前を知っていても名前を書くことができない。


何か胸に熱いものが込みあげた。


彼はお昼休憩の1時間と仕事終わりのわずかな時間しか勉強に当てることができないらしい。ピンクダイヤモンド鉱山では成果主義のため、朝早く鉱夫達は働きはじめ、日が沈むぎりぎりまでお昼休憩の1時間を除き働いている。

この時、モブ侯爵に対して殺意を抱いた。鉱夫達に文字や算術を教えたいのなら、きちんと勉強する時間を作れと思った。


 しかし、文句を言っても仕方ないため、目の前にいる彼に文字を教えた。彼はとても呑み込みが早く、お昼休憩で文字を全て書けるようになった。

「すごい!君は天才だ!!」と褒めると、彼は照れくさそうに「先生の教え方がいいからだよ」と言いってくれた。

仕事終わり後、また学び舎を訪れてきた彼に、今度は彼の名前の綴りを教えた。不格好だけど自分の名前を書ききった彼はとても誇らしげな表情をしていた。



 次の日の昼休みに、彼の他に2人の鉱夫が私の元を訪れてきた。もちろん彼ら2人にも文字を教えた。1人は昨日文字を教えた生徒……アリリオと同じ年だ。彼はラブレターを書いて、パン屋の看板娘に渡したいと語った。もう1人は初老の男性。彼はここで何十年も働いてきたベテランだ。彼は遠くに嫁いでいった娘に手紙を書きたいと語った。


 アリリオと同じ年の彼……エロイは、アリリオと比べてチャラかった。文字を教えている途中途中に私の言葉を遮り、王都の流行や食べ物について聞いてきて、そして理想とするプロポーズについて語り出す始末だ。


 エロイとは反対に、初老の男性……ゴヨ先生は多くを語らないタイプだった。多くを語らない代わりに、言葉一つ一つに重みがあり、また男手ひとつで娘を育て上げた凄い人だ。娘には苦労かけたくないと鉱山で働いて稼いだお金は娘の教育費に当てていたという。

 私はゴヨ先生の生きざまに感銘し、いつの間にかゴヨ先生と呼ぶようになっていた。


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