第2話 ニコチン切れの主人公、異世界での初喧嘩。身分証を作ろう!!
巨乳女に少し金を借りて一泊した。
おっと、何もしてないぞ。いくら巨乳美女相手だからといって、記憶喪失の女をレイプするほど落ちてはいない。
今は、店が複数あるという方向へ30分以上歩いている。
手に握らせてきたこの硬貨、金ピカな知らない柄で、明らかに日本のものではない。何処かの国に攫われて放棄されたのか、もしくは異世界的な場所に飛ばされたのか。
どちらにしろ、女には申し訳ないが、この金で煙草を買わせてもらおう。その残りは、交番か駅への移動賃にしようか。
20分ほど後に、建物の群れに着いたのだか……。
明らかに西洋風の、街並みが見えてきた。日本ではないと思っていたが、確信に変わる。そして、その風景は、20世紀を思わせた。
目の前には、マリアの家のような、レンガ造りの家が並んでいる。店頭には、脚を上にして吊り下げられた塊肉や、様々な刃物、色々な小物が並べられたりしている。
広い道には、中世だったり、第一次世界大戦だったり、色々な時代のヨーロッパ兵士を混ぜたような、不思議な男たちが歩いたいた。
今の自分は、ブカブカのジャージ姿だ。絶対に浮いてしまうが……やむ無し。
あ?なんでジャージかブカブカなんだ?改めて手を見てみると、明らかに小さくなっている。分かりにくいが、視点も低く気がしてきた。
近くの雑貨屋に立つ、太いオッサンに声をかけてみる。
「なぁ、鏡はないか」
「ああ、あるけれど……小僧には高いんじゃないか?」
「いや、少し見てみたいだけだ」
「仕方ねぇなぁ。絶対に落とすなよ」
店の棚から、約20cm四方の板を渡してくれた。そう重くはないが、分厚い鏡だった。その上、すこし映りがわるい。
だが、これだけは分かった。顔が俺じゃない。明らかに日本人の顔じゃないのだ。クルクルと跳ねた黒髪に、大きく半月型でつり上がった目、自分の子供時代が西洋風の顔つきに美化されていた。
「おら、もう返せよ。商売の邪魔だ」
対して客は来ていないだろう、と言いたいが、この体格差では自殺行為だろう。
それに、まだ聞きたいことがある。
「ありがとう。あとさ、役所とかない?できれば日本領事館がいいんだけれど。身分証を手に入れたいんだ」
「ニホン?聞いたことがねぇな。おめぇ小さいのに、親にでも捨てられたのか?なら、まず傭兵団に行くといい。東に見える3階建ての建物だよ」
日本語を話しているのに、日本を知らないのか。妙な地域だな……。それに傭兵団?よく分からんが、警察的なものなのだろうか。とりあえず行くしかない。
「ああ。色々とあって……ありがとう」
「可哀想に……。あの歳で、独り身なんて」
しばらく言われた通りに歩いていると、確かに、目立つ3階建ての建築物があった。
焦げ茶色の壁面に、白の窓縁、3角屋根。これぞ近代ヨーロッパ……というか、イギリス?風の外観だった。
知らない場所は苦手だ。少し緊張しながらドアを開けると、中では筋肉質の男たちがガヤガヤと騒いでいた。
うるせえなぁ。苦手な集団だ。個室で騒ぐのは得意だが、開けた場で堂々と叫べる神経は意味不明だ。
ただでさえ、ニコチンが切れて不愉快なんだ。これ以上気分を害さないために、早歩きでカウンターと思しき場所へ向かう。
「ああ、姉ちゃん。身分証が欲しくてだな。作ってもらえるか」
「冒険者登録を希望ということで宜しいかしら?」
「お願いします」
なぜか、少し憐れんだ目をされている気がする……。そんなに俺の姿は哀愁を誘うのか?
「それじゃあ、このカードを咥えてね」
「は?」
差し出された「カード」と呼ばれたものは、クレジットカードを少し大きくしたぐらいのサイズで、何かが彫り込まれた金属板だった。
端には玉がはめ込まれており、それを咥えるようにと促された。
潔癖症ではないが、とても抵抗がある。しかし、当たり前のことのように、美人のお姉さんは勧めてくるし。この地域では普通なのだろうか。
これも、タバコと酒を買うためだ。
決心して口に含むと、玉が光り、そしてカード全体が光っているのが分かった。
そして、人生で体感したことな無い感覚が襲った。目で見た訳でも、耳で聞いた訳でもない。それなのにも関わらず、頭に文字や数字が浮かぶのである。
「記録が分かったでしょう?この紙に書いてくれる?あ、嘘を書いたってすぐ分かるんだからね」
促されるままに話が進んでいく。
紙には、種族や名前、固有スキル、魔素量などが書かれている。
これは……どういうことなのだろうか。種族?スキル?魔素量?まるでアニメや漫画のような……。
それに、固有スキルは「背徳者 非人道的な兵器の召喚が可能。魔素を対価とする。」と書いてあるし。虐殺予告のような内容……書いていいものか。
いや、いい筈がないだろう。
仕方がない。当たり障りのないように、固有スキルは「無し」と書き、それ以外は素直に書いた。しかし、紙を手渡すと。
「読み間違えたのかしら?これは種族と読むのよ。貴方は……獣耳も尾も無いし、肌は白いし、人間でしょう?どう見ても26ではないし。あと、魔素量も0を増やすのは分かり易すぎ。直しなさい」
「あの、魔素量って何なんですか?」
「呆れた」と露骨な顔をされたが、このお姉さんは優しいようで、説明を始めた。
「魔素量というのはね、生き物に流れている魔素の量を推定して出す数値なの。魔素は魔力の元で、燃料みたいなものよ」
「つまりは、魔素量はパワーってことだ。ガキ」
野太い声が、少し離れて聞こえた。背後だったので驚いたが、相手は油断しきっているようで、「よっこらせ」と呟いていた。大柄で筋肉隆々だが、なかなか崩れた顔である。
「孤児?いや毛並みはいいなぁ。会社でも潰れて、家族は解散ってか?可哀想にねぇ。もう威張ったって無駄だぜ」
こいつは何勝手言っているんだ。俺はいつの間にか迷子になっていただけ。いや、待てよ……そういえば、昨晩なにか叫んでいたような。
「孤児でもないし、威張ってもいない。何の用だ」
「ほぉ、俺様にビビらねぇとは。挨拶が必要だなぁ」
こいつ……。相当憐れな人生を歩んできたな。体はでかいが、顔は潰された三角コーン。自分より下の奴を殴るくらいしか、楽しみがないのだろう。
「ガキ、俺の魔素量は980だ。普通は400超えるか超えないかなんだがよ。少尉クラスなんだぜ?おめぇなんか一撃でミンチだ」
「でも、少尉にはなれなかったと」
胸ぐらを捕まれ、宙へ持ち上げられる。
「俺は今ニコチンが切れてんだ。この手離さんと潰すぞ」
「舐めてんじゃねぇ!!クソガキ!!」
巨漢は、血走った目で腕を振り上げる。しかし、大きな拳は眼前で停止した。小さな手によって、受け止められたのである。
俺の魔素量は一般と一桁ちがう。
宙に浮いた腰を捻らせ、鳩尾へと蹴りを入れ込む。
男は我慢ならず、手を離しうずくまった。胃液を吐く様子から、かなり効いているようだ。
「お前なぁ。女子供に上から絡むってのは……『俺は弱いよ〜』の宣言だからさ。辞めた方がいいぜ」
少し間が空いたのちに、奥からぞろぞろとゴロツキが現れる。まるでアウ◯レイジのような光景だ。流石にやりすぎたか。
そんな集団から、落ち着いた細身の人間が現れた。いや、コスプレのような角がついているな。いわゆる、ハロウィンに女子たちが東京でつけているようなスペードの角。
「うちのもんが失礼したな。おい!姉やん!このことは宜しゅう頼むで。で、坊主。長生きしたいなら、喧嘩は売りも買いもせんことや……もう遅いけんどな。ほな」
その頭で真面目なセリフは、少し見るに堪えないが。仕方あるまい。
おじさんは、部下に巨体を担がせて去っていった。
「と、言うことで。登録してくれる?」
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