RPG2
黒髪美女は、集団からの「早く戻って来なよ!」という無言の視線に片手を上げて「もう少し待て」と無言でいなし、再び俺の方にそのキラキラした瞳を向けてきた。
「アルマさん。こういう演技は苦手、ですか?」
「ええ、まあ……得意ではないです」
「そうなんですね! でも大丈夫です。ここは私が僧侶らしく、アルマさんに魔法をかけて、差し上げます!」
「……魔法?」
そもそも僧侶は魔法使いではないのでは?
いや確かに、最近のファンタジー作品では回復魔法とか使っていそうなイメージもあるが。
そういう意味で、強化とか回復とかの支援魔法なら確かに僧侶の領分か。
そんな無駄なことに思考を費やしている間にも、あやめさんは途切れさせずに会話を続ける。
「良いですか、アルマさん。これは私の持論、なのですが。どうしても役になりきれないそんなときは、まずは役者を演じるの、です! 頭の中で、役を演じている自分自身を想像してください……どうですか? イメージできましたか? ほら、なんとかなりそうな気がして、きませんか?」
半信半疑。
とはいえ半分は信じてみようと思う。
「すまない、街に不審者が現れたとかで席を外していた」
合流するときの台詞はすでに考えてある。あとはこれを、自然な感じで言えるかどうか……
いや、わかってはいるんだ。そもそも彼ら彼女らは、わりと人当たりが良い。
話を聞いているだけで、相手が言った設定をちゃんとくみ取って、自分が楽しむだけでなく相手も楽しませようとかそんなふうに考えてくれる。
だけど、怖いじゃないか。
そんなふうに優しい人達だからこそ、ウケなかった時の責任は俺一人で背負うことになる……
「うん」
やっぱり、無理だ。
そんな意味を込めて頷くと、あやめさんには完全に誤解として伝わった。
「ね? いけそうでしょ? なんとかなり、そうでしょ!」
いや、ちょ……ま……
「よし、じゃあ行こう! みんな待ってるよ!」
あやめさんはこちらの返事も聞かず、近くのテーブルに空きジョッキを置いて俺の手をつかみ取る。
綺麗で小さな手の平がささくれだった俺の手を力強く引き上げていく。
俺なら緊張して触れることも出来ないだろうに。このあたりはコミュ力強者の特権か。
さすがの俺も、ここで踏ん張って止まるほど人でなしでもない。
「え……ちょっ……」
「みんな! 憲兵さんを連れ戻したよ!」
呻き声を上げる俺を歯牙にもかけず、あっという間に俺は光の当たる舞台の上へと引き戻された。
11人の、22の目線が俺に集まった。ここで黙ってしまうと……俺は社会的に死ぬことになるだろう。
「え、えっと……すまない、街に不審者が現れたとかで席を外していました……」
「え〜? 不審者ってもしかして、ソラ君の仲間とかじゃないの?」
「馬鹿言っちゃいけねえ! 俺はフリーの盗賊だい! 仲間なんていないっていっただろ?」
「そうなんですか? 憲兵さん、その不審者は無事に逮捕できたんですか? パン屋の娘としては心配で……」
不審者を心配することと、パン屋の娘であることにどのような相関が……いや、そういうことは気にしたら負けか。
「ご、ご安心ください……無事に逮捕しています」
「不審者と言えば、俺もこの前怪しいやつがいたから戦ったぜ! まあその正体は、変装しただけの豪商だったんだけどな!」
「……ああ、あの時はびっくりしましたよ! 大事な商品の護送中で……拳を交えた? 為す術もなく護衛に抑えられたの間違いでは?」
「ぐぬぅ……あの時はちょうど、腹を下していたんだい!」
「「ハハハハハ!」」
……なんだこの、居心地の良い空間は。
俺が投じた「不審者がどうのこうの」という小さな話を種火にして、次々と盛り上がっていく。
なるほど、こういうノリが正解なのか。
「それにしても、憲兵さんは真面目が過ぎる! ちょっとぐらい門の警備を緩めてくれても良いのですよ?」
「……いえ、仕事ですので」
「アルマさん、騙されちゃ駄目ですよ。この人、前に税関でごまかそうとしたことがある、らしいですから!」
「ちょ、言わないでくださいよ! 告解室での秘密は守られるって言うから話したのに!」
「馬鹿だな、リクさん。あやちゃんは見た目の良さでも有名だが、口の軽さではそれ以上に名が知れてるんだぜ?」
「そんなことないですよ〜。ですよね……カケルさん!」
「お、おう……そうだぜ。まあ確かに、仕事仲間を募集するときとかは綾ちゃんを利用するとはかどるぜ!」
「それって口が軽いってこと、じゃん!」
あやめさんがテレ顔で叫ぶと、再び狭い店内が爆笑に包まれる。
こんな異世界になら、本当に転移してしまってもいい。
そんな馬鹿げた妄想もはかどるほどに。
だが現実は非情だった。
小説のような話は小説の中にしか存在せずに。
異界の門が開くこともなく、時計の針は休むこともなく。
一人でいたときは1分の長さが永遠にも感じたはずなのに。
「皆さん! 盛り上がっているところですが、時間になりました!」
「最後に、お手元のマッチングカードに、気になる相手の役職または名前をご記載ください! 集計後にマッチングした方の発表をします!」
「無記名でも良いですが、せっかくなので是非、誰かの名前を書いてください。マッチングしたとしても、いきなり付き合う必要はありません。まずは連絡先の交換だけとかでも全然大丈夫ですので!」
配られたカードを見ると、そこには一人分の名前を書く空欄がある。
気になる人……パン屋の娘の人はかわいいし、調教師の人は、なんて言うか格好良い感じではあったけど。
というか、他の人も基本的に気さくで話しやすく、友達としても、その……恋人としても俺にはもったいないぐらいだと思う。
だけど「その中から一人を選べ」と言われたら……まあ、そりゃそうなる。
『僧侶』
書いてから、急に恥ずかしくなる。
慌てて丁寧に折りたたみ、運営の黄瀬さんにそっと手渡して、席に戻る。
あやめさんが、俺のごときモブキャラを選んでくれるとは思えない。だけどこれは多分、名前を書くこと自体に意味がある。
「……それでは、集計が終わりましたので、発表を……景井さん、よろしく!」
「はいっ! なんと今回、二組のカップルが誕生しました! まずは、パン屋と格闘家のペアです! おめでとうございますっ!」
確かにこの二人は、とくに中盤から後半で、急に仲良くなったような雰囲気があったから、もしかしてとは思ったが、本当に相思相愛だったとは。
会場が拍手に包まれて、結ばれた二人が立ち上がる。
はやし立てられる二人は運営の二人に促されるまま、顔を真っ赤にさせて隣同士に並んで記念撮影を行う。
うわあ、これはなんて言うか、恥ずかしいな。
……もう一組ということは、もしかして俺とあやめさんが結ばれる可能性も……そうなったら、やっぱり恥ずかしいんだろうな。なんて。
「続いて、もう一組のペアの発表です! 占い師と、盗賊のペアです! おめでとうございますっ!」
……そっか。
まあ、そりゃそうだよね。知ってた。
それにしてもこの二人のペアとは、驚きだ。俺の記憶ではほとんど絡みがなかったはずなのに。
選ばれた二人も「まさか?」というような顔で驚いた表情をしている。
互いに片思いをしているようなつもりでいたのだろうか。
なんていうか……柄にもないが、ロマンチックだと思ってしまう。
相変わらず会場が拍手に包まれる。
めでたいことには変わらない。俺も心から祝福したいとそう思う。
俺の拍手が湿った音に聞こえるのは……気のせいだったと信じたい。