RPG1
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あなたの職業は、国の平和を守る憲兵です。
剣の扱いに秀でていて、憲兵団のなかでも一目置かれる存在です。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
かわいらしい花柄のカードをめくると、裏面にはそのように書かれていた。
別に異世界に転移やら転生したとかいうわけではない。
悲しいことに俺は勇者でもないし、親が勇者の血を引いているという話も聞いたことはない。
トラックに跳ねられたこともないし、足下に召喚陣が描かれたわけでも、突如気を失ったことも……
いや、それなら一度あるか。思い出したくもない。
あれは確か、小学校だったかの運動会の開会式で。
校長の永い話を聞いている最中に意識を失って……目が覚めたら、そこは保健室の知らない天井だったな。
学友には「お前のおかげで百人以上の仲間が命を救われた」なんて皮肉げに笑われたわけだが、まあ、過去の話だ。
じゃあこのカードはなんなのか?
とある居酒屋の個室で、俺と同じようにカードを引いて一喜一憂している者達は何者なのか。
「皆さん、カードは引き終わりましたか? それでは最初に、フリートークの時間を設けます! 先ほど引いた役職カードは、見える場所に置いてください。……失礼、申し遅れました。私は、今回の企画の運営をやっている、黄瀬嘉秀です。役職は、この店の店主です。そしてこちらが……」
「はい。皆さん初めまして、同じく運営の景井彩瑛です。役職は店員です。今日はよろしくお願いします」
読者の皆様も今ので大方察しはついたであろう。
要するにこれは、そういう『イベント』だ。
俺は初めて聞いたが『RPG』という形式らしい。略さずに言うと『ロール・プレイング・合コン』なのだとか。
職を決めて、その役割を守りながら異性との会話を楽しむ。
最初に聞いたときは「なんだそれ」と思ったが、しがない薄給サラリーマンでしかない俺にとっては、自らの本職を明かさなくても良いというのは有利に働くのかもしれない。
そう思ったら、善は急げと「参加」のボタンをカチッと押していた。
参加人数は、意外と集まったと評価すべきなのか、男女ともに5名ずつ。
そこにGMの二人を合わせて、12人。
目の前ではすでに、俺を除いたメンバーでわいわいと会話が弾んでおり、俺はすでに若干後悔していた。
少し考えてみればわかる。
役割を与えられたところで、コミュ障は簡単には治らないんだ! ってことぐらい。
なんていうか、あれだなあ。
最初に、みんなで自己紹介をした。
そのタイミングでは確かにみんな、同じスタートラインに立っていた。
格闘家を名乗る男がユーモアを交えた紹介を終え、ようやく俺の番が回ってきた。その時までは。
「お、俺は……石上有真。こ、この街を守る、憲兵……です」
「憲兵? そんな弱気でこの街を守れるのか?」
俺がなんとか名乗り終えたその直後。自ら「盗賊です」と名乗った間抜けが話しかけてきた。
いや、悪意がないことはわかっている。場を盛り上げようとかそんな考えだったんだろう。
ここで俺が「フハハッ安心せよ! この街の平和は俺が守る!」とか、逆に「この街は平和なので。こんなでもやっていけます」とか、気の利いたことを言えればまだ取り返せたのだろう。
だが、出てきた言葉は「……あ、え……っと、はい」という、意味のわからない言葉だった。
自称盗賊パリピ男も、その一言で何かを察したようで「……あ、いや、すまなかった」と謝って、その場はそれでさらっと流れた。
誰も気にしていないだろう。そんなことは知っている。
人は、自分が思うほど他人のことを気にしていない。
それに、ここに集まった十数人は、だれも根が良さそうな人ばかりだ。
うまくやれば最初の失態ぐらいは簡単に取り戻すことも出来たであろう。
まあ、それが出来なかったから、今俺はこうして壁の花になっているわけだが。
なんというのだろう。
他人を前にすると、脳内に言葉は出てくるのだ。
ノベルゲームの選択肢のように。
だがそれが、実際に口から出てくることはない。
この選択肢は正解か?
こんなことを言ったら、相手に失礼ではないか?
もっと良い言い回しがあるのではなかろうか?
数瞬のうちにぐるりと思考が巡り、気がついたらタイミングを逃している。
俺の人生、こんなことばかりだ。
変えたいと思ってコミュニケーション系の本は読んだが、結局何も変わらなかった。
むしろ「これは駄目」「あれは駄目」という禁則事項ばかりが増えて、余計に手足が縛られることに。
……いや、縛られているのは口か。
いずれにせよ、結局俺には場違いだった。
俺の手には役不足ならぬ、役過多だ。憲兵という無難な職業でさえ、手に余る。
心のどこかで異世界転移を夢見てみたりもしたけれど、いや、実際にそうならなくて良かった。
俺のコミュ力では、知り合いが一人もいないような世界で、主人公のように活躍するなんて不可能だろう。
壁際に立って誰にも迷惑をかけないように気配を殺す。
幸いなことに、俺以外での会話はかなり弾んでいるようだ。
GMの二人は、独りでいる俺に気を遣っているのかチラチラ視線を向けてくるが、それ以外の面子は俺のことなど忘れてしまったかのように見向きもしない。
いやまあ、変に気を遣われるよりは楽だから、こちらとしてもその態度はありがたい。これは強がりで言っているわけではなくて、割と本気でそう思っている。
「ふぅ……あと2時間か」
腕時計に視線を向ける。
長針が、ちょうど真上を指していた。これがあと2周すれば、ようやくこの会は解散となる。
二次会とかもあるのかもしれないが、さすがにそれは遠慮させてもらうとして。
……例えばここで、俺が勝手に帰ったりしたらどうなるだろうか。
もしかしたら盛り上がっている人達の中で「おい、憲兵が逃げたぞ!」ぐらいの話題にはなるかもしれない。
運営の二人は心配ぐらいはするだろうが、参加費は前払いだから迷惑はかからないはず。
だがさすがに、無断でいなくなるのは社会人として良くないのはわかる。
かといって、盛り上がっているこの状況で「お先に失礼します」では、場を白けさせてしまう。
俺自身が苦痛を味わうのは耐えられても、盛り上がって楽しんでいる人達に迷惑をかけるのは忍びない。
結局のところ、今の俺にはこうして置物として、迷惑をかけないように立っているしか出来ないわけだ。
そのうち料理が運ばれてきたら、これも、心配をかけない程度に頂こう。
「よし、それで行こう……」
「どれで、行くの?」
「……あー、はい。」
みんな、聞いてくれ。
感慨にふけっていたら、いつの間にか天使のような黒髪美女が、俺の真横に立っていた。
黒髪美女は、空になったビールのジョッキを手に持っている。
……状況から推察するに、ドリンクの追加注文でもするついでに俺に話しかけてくれたのだろう。
ここで「うわっと……びっくりした!」みたいなリアクションでも取れれば盛り上がったのだろうが、地味な反応しか出来なくて申し訳ない。
「えっと……武者小路さんでしたっけ」
「はい! 武者小路彩愛、今は僧侶をやってます! アルマさん、ここは異世界なので苗字ではなく名前で呼ぶのがマナーですよ!」
「あ、はい。アルマ……職業はしがない憲兵です。あやめさん、よろしくお願いします」