その72 ベルゼブブに聞いた、魔界へ行く方法
氷漬けになった右腕は、自身の上司である虫羽女がいる事にようやく気付き、顔を引き攣らせていた。
「べ、ベルゼブブ様もいらしたんですね……」
「あぁ。貴様は魔王の座を、新魔王様に譲ったそうだな。何故魔界へ報告しなかった」
「き、昨日の話なもんで、それに色々とごたついていたんです!」
言い訳にしては不十分過ぎるし、反省の色が全く見られないな。
虫羽女も一切納得していない顔で、上司らしい面構えに感心した。
「話にならん。新魔王様、こやつの処分は魔界でということでよろしいでしょうか」
「ん? あぁ、任せ……いや、待て。コイツはこんなんでも、私の右腕として雑務を任せているんだ。処分はしなくていい」
基本的にいなくても問題ないが、いざって時に意外と役立つ野郎だから、勝手に処分されるのは困る。
「そうでした。貴様、新魔王様の寛大なご配慮に感謝しろ」
「は、はい! 勇者様! ありがとうございます! ずびびび!」
感動しているのかわからんが、だらしない鼻水を垂れ流す姿は、無様でしたがない。
「じゅるる……てか勇者様。何でベルゼブブ様に敬語使われてるんですか?」
「貴様……魔人の分際で、新魔王様に対するその口の利き方はなんだ……」
「ひぃぃ?!」
「いちいち恐喝するのは止めろ、ベルゼブブ」
「はい! ……今、お名前呼んで下さいましたよね! キャ♪ 嬉しいです♪」
名前を不意に呼んでしまっただけで、これ程までに喜ばれるとは、随分と安い女だな。
きっと質の悪いダメ男ばかりに好かれる、典型的なヒモにされる性格に違いない。
「お待たせしました……ご注文の品になります……」
「ありがとうママ。新魔王様! こちらが我がいつも食べる物になります!」
「……プリンか?」
「そうです!」
デザートに苦手意識が生まれたのは、ごく最近のことだ。
その最近というのは、右腕が頼んでもいないのに、お手製のシュークリームを持って来たあの時だ。
使用されたのがグロ材料ばかりで、思い出した今でも食べたことを後悔する程だ。
だからプリンを口にする前に、材料を必ず確認する必要がある。
「ママ。材料はなんだ」
「シンプルに魔蟲の卵、牛魔王様のミルク、オークション会場で落札した人間界の砂糖ですね……」
虫の卵以外には抵抗がないが、あの右腕のシュークリーム自体の味は抜群だった。
いずれかは虫の卵に慣れなければ、食の楽しみが半減する筈だ。
私は意を決し、スプーンでプリンを掬い、口に入れた。
「美味い……」
旨味が濃厚ながらも、甘味と滑らかな触感が絶妙にマッチして、無限に食べられるぞ。
ものの数十秒で完食し、ママも嬉しそうな表情で、グラスを磨いていた。
この場を案内してくれた虫羽女と、提供者のママには感謝しないとな。
「虫羽女、ママ。この喫茶店を造ってくれてありがとう」
「喜んで貰えて何よりです♪」
「有難き幸せです……」
虫羽女もプリンを美味しそうに食べ始め、私はおかわりを貰い、心がほくほくだった。
「あ、そうですそうです。新魔王様、我に聞きたい事とは一体何だったのでしょうか?」
「ん? あぁー……」
場の空気に浸り過ぎて、聞きたいことがすっぽりと忘れてしまっていた。
お陰で思い出したことだし、今度こそ聞いてやるか。
「単刀直入に聞く。魔界にはどうやって行くんだ」
「魔王城の最下層にある、魔界ゲートからですけど……まさか、コイツから聞いてないんですか?」
「守秘義務が何だとかほざいて、教えて貰えんかった」
魔界に通じるゲートがあるなら問題解決だが、虫羽女の様子が変だぞ。
「何ですって……おい貴様。魔王の座を譲ったのなら、新魔王様には知る義務がある……にも拘らず、守秘義務を後ろ盾にし、説明を放棄したな……やはり、魔界で処分を下す以外に道はない」
「ひぃいいい!? ゆ、勇者様! どうか! どうかワシをお守り下さい!」
「知らん、自業自得だろ」
「そ、そんな!」
どうせ近い内に魔界へ行くのだから、その時にでも右腕を処分でも何でもすればいい。