その19 竜人族の住処
無駄に逃げ足の速い右腕は、私の攻撃を軽やかに避け続けた。
お陰で瓦礫の山だった足場が、綺麗な更地になったぞ。
「ぜぇ……ぜぇ……も、もう……勘弁して下さい……」
「あぁ。ここを更地にできたから、特別に許す」
「え。あ」
逃げ惑うあまりに、周辺の状況把握を疎かにしていたな。
貴様の妻が大切にしていた、魔花園の跡すらも消え去ったがな。
右腕は分かり易く横たわり、魂の抜けた腑抜けずらと化していた。
「おい、次へ行くぞ。時間がもったいない」
「ワシはもうダメだぁー」
「チッ……引き摺ってでも案内させるか」
ただ出来るだけコイツに触れる面積を、抑えたい……。
そうだ、適当に足をロープで結んで、引き摺ればいいではないか!
これで決まりだな、ふふ。
さて、行く当ては不明だが、右腕が目覚めるまで適当に歩くか。
私は足の向くままに歩き、辺鄙な渓谷まで赴いた。
趣のある景色に、思わず頬を赤らめてしまうな。
しかしながら、右腕の後頭部の毛根が野晒しになってしまったな。
通り道には、残念な毛根の道が続いている、汚い。
まぁ……個性的になって、結果オーライじゃないか?
「はっ。ここはどこ、ワシは誰?」
「ようやく我に返ったか、貴様は私の右腕だ」
「あ、勇者様」
「貴様を運んで来たんだぞ。感謝しろ」
「ご迷惑をおかけ……ん? ……ん?! ん?!」
可哀想に……後頭部が剥げてしまった事実を、こんなに早く知ることになろうとは……。
何度触診しても、その後頭部の毛根は帰ってこないからな。
「ない……ない! 勇者様! ワシに何をしたんですか!?」
「知らん。勝手になっただけだろ」
「いやいやいや! 絶対勇者様の仕業でしょ!」
大粒の涙を流す程、毛根を愛していたんだな……だが、それがなんだ。
いずれ果て行くものだろうが。
毛根の数だけねちねちねち言われでもすれば、右腕諸共抹消しなければならない。
次に口答えすれば即実行だ。
「大体……って、ここ竜人族の住処じゃないですか」
「……情緒不安定か?」
「いやいや。次はここに行こうとしてたんで、よく分かりましたね」
「若干上から目線が気になるが、私は凄いと褒めろ」
「よっ! 世界最強の美人魔王様!」
フフーン! 私を超える者は、この世として誰もいない!
もっともっと褒めて褒めて、私を痺れさせろ!