その140 女勇者の過去と今
勇者は人類にとって誇り高き者、唯一人類を救える希望。
歴代最強の勇者として生まれた私は、人生の全てを魔王討伐の為だけに生きてきた。
一般人の人生とは断絶された、血の滲む訓練や教養の日々は、第三者からすれば拷問のようなもの。
けど、私は苦にもならない程に、それが当たり前だった。
そんな私は尊敬という名の、恐れの眼差しをいつも向けられ、孤独だった。
心の拠り所だった、いつも明るく笑顔を絶やさなかった両親も、私が寝静まった夜更けによく、静かに悲しんで涙を流していた。
何か悲しい事があったのか、当時の私には原因が分からなかった。
勇者は旅立ってしまえば、魔王城には辿り着けず、道すがらで20歳という定められた運命の下で死ぬ。
また次の勇者が同じ道を歩み、3000年以上も繰り返している現実。
だから私の両親は、私が旅立つ最後まで決して悲しい顔を見せなかった。
それが両親が私に出来る、せめてもの別れだったから。
旅立って数年の時が経ち、誰も辿り着けなかった魔王城で、私は現魔王の口から、魔王の座を引退したいから代わりに魔王になってくれと言われ、受け入れた。
魔の者と人間の立場に立つ存在になれば、少しの間は平和が訪れると信じたからだ。
魔王となった事と、私が生存している報告をしに人間界に戻ると、次なる勇者になろう腹の子に、血の誓約を結ぶ時だった。
人類は私が生きたまま姿を現した事を恐れ、血の誓約による勇者が生まれる事は無くなった。
両親とも再会したが、悲しい涙を流すばかりだった。
私が魔王になろうとも、血の誓約による運命で死ぬと分かっているからだ。
勇者が必要でなくなった現状は紛れもない事実。
だが、遥か先のいつの日か、また同じ道筋を歩もうとする時が来る。
だから敵対同士の天界と魔界、人間界の三世界の境界線を無くし、統括すれば新たな道筋が築けると信じ、私は自らの意志で動いた。
三世界統括まで時間は掛からなかったが、今になって新しい世界で生きたい気持ちに揺らいでいる。
自分や両親の名前を知りたい、悲しい涙を流させない、今まで出来なかった事をとことんやりたい。
そんなわがままは、最後の勇者である私にはあってはならないのが現実だ。
今、目の前に置かれている、カオスを楽しませる事が最後の役割なのに、気持ちが揺らいだせいで、ろくな事になっていなかった。
六階層の暗黒マーケットで歩き食うが、何も味はせずに美味い美味いと連呼。
七階層のサキュバスハーレムで魔女にオークキングの勧誘成功報告と、こういった遊びもあるとカオスに教えたが、感情は籠っていなかった。
八階層のケットシーの遊園地でも、愛想笑いや硬くなった笑みばかりを浮かべ、カオスに楽しんで欲しい顔をしていなかった。
九階層の魔蟲の王国でアラクネママやママ達に癒されに行ったが、うんともすんとも響かなかった。
最終階層のフィットネスジムでさえも、インプに子供達用のフィットネスの話が通った事を告げた以外、無気力状態だった。
気丈に振舞う分だけ、余計に空回りしている自覚はある。
なのに、カオスはサウナから上がってから、ずっと手を握ってくれていた。
この時、ようやく自分が何者かなのかが分かった気がした。
歴代人類で最強と言われた私は、ちっぽけな自分自身のわがままに気持ちが揺らいでしまう、どうしようもなく弱い人間なんだと。




