その136 カオスと女勇者 その2
カオスを存分に楽しませる遊び、それ即ち魔王城にある。
魔界城改善計画案により、もはやアミューズメントパークと化した魔王城は、まさに遊ぶのには持ってこいな場だ。
三世界の存亡が掛かっている今行かないで、何があるって話だ。
だから私はすぐに亜空間移動で、カオスと共に魔王城前へとやってきている。
《わぁ……ここは何?》
「魔王城だ。私や、カオスの器になっていた奴が住んでいる場所だ」
《僕の器だった奴……あーこの人のこと?》
腹がメリメリと開き、中から寝ぼけ面の右腕が見えた。
どうやらカオスとは一心同体ではなく、別個な様だ。
基本的に役立たずな奴だが、どことなく物寂しさがあるにはある。
魔の者の一員であり、私の右腕である以上、必ずカオスから取り戻さないといけん。
《遊び終わったら返してあげる……ね?》
「あぁ、分かった。さぁ、約束通り、我が魔王城で遊んで楽しませてやるぞ」
《ワクワク……》
腹を閉じたカオスのご機嫌は、今のところ体を揺らすぐらいに上々。
機嫌を損ねさせる要因となり得る奴がいないから、現状維持が出来そうだ。
魔王城内へと足を踏み入れ、まず最初に訪れたのはここだった。
「カオス、遊ぶ前に腹ごしらえするぞ」
《よく分かんないけど、分かったよ……ワクワク》
第一食堂の扉を開くや否や、わいわいと耳に煩かった食堂内が、異質な存在であるカオスが入った事で、嘘の様に静まり返っていた。
何も知らない魔の者達は、ガクブル震えるしかない様だ。
興味本位で下手に動かれても、悪い未来しかないから、こちらとしては有り難い限りだ。
私達の足音しか聞こえない食堂内を歩き、厨房カウンターで料理長を呼び出した。
料理長にいつもの一番人気の唐揚げ定食を2人前頼み、私専用となっている席へと腰を下ろす。
定食が運ばれる時間まで、小粋なトークに花咲かせ、カオスを飽きさせないようにしなければ。
「カオスは好きな食いもんとかあるのか?」
《僕、何も食べなくても平気……そもそも何かを食べた事ないよ……》
「何? なら、食の楽しさを知らないのか」
《食べるが楽しい……? 変なお姉さんは変な事言うんだね……》
人の姿をしているのに、今の今まで食事をした事がないのか。
これは非常にマズい事態だ。
食事が初体験となれば、反応は極端に2択になる。
受け入れるか、受け入れないかだ。
最悪の反応も想定し、魔王城にも絶対防御を覆わせているが、カオスの力に効果があるかどうかは不明だ。
「待たせたな魔王様達。たんと食ってくれ」
「あ、あぁ、ありがとう料理長」
早めに運ばれてきた一番人気の唐揚げ定食は、いつ見ても嗅いでも最高だ。
だが、今は料理長達も危険な場にいるんだ、一刻も早く逃がさなければ。
「料理長。ついでですまんが、食堂内の連中を魔王城外へと避難させてくれ」
「了解だ」
察しの良い料理長は、シェフやウェーター達と総出で、指示通り避難作業を開始。
一方、カオスは目の前の定食を、興味津々に眺めてから、私に問い掛けてきた。
《……これが食べるの楽しい? どうするの?》
「今、手取り足取り教える」
汚れ防止のエプロンを付けてやり、フォークを持たせ、私の食べ方を真似てみてくれと言った。
素直に真似るカオスは、揚げたてカリジュワの唐揚げを一口で頬張った。
咀嚼も真似て、飲み込むタイミングは自然と身に着けてくれていた。
一体どちらの反応か、食事を進めながら眺めてると、カオスは自分の頬っぺたをぷにぷに突いて、こう答えた。
《変なお姉さん……何だか僕のここが、とっても不思議な感じがする……》
頬っぺたを突きながらの不思議な感じ、雰囲気もどことなく柔らかだ。
これは食事を受け入れたと判断していい筈だ。
「カオス。その不思議な感じは、もう一度口にしたいと思ってるサインだ。そして、もう一つの意味は、美味しいだ」
《おいしい……僕、美味しいしたい》
「なら、好きなだけ食べて、美味しいを楽しめ」
《うん……ふぁむふぁむ……》
不器用ながらも唐揚げを頬張り、もにもにと咀嚼するカオスは、食の楽しみを学んだようだ。




