その130 ユートピアとアフロディーテ
熱々ココアを飲んでいると、気を利かせた精霊王が、菓子を出してくれた。
そこまでしなくていいのに、ついついお言葉に甘えている私がいる。
庶民常識の疎い右腕なんかは、ココアと菓子を交互にもしゃもしゃ食べて、遠慮なんてもんをかなぐり捨ててる。
ヘカトンケイルに至っては、コタツで横になって寝てやがるぞ。
1つ言えるとすれば、そのぐらい居心地のいい住まいだって事だな。
「あ、勇者様、ココアのおかわりありますよ?」
「ん? あぁ、すまな……って、ほっこり長居させてどうするんだ!」
「ひゃ!? いでぇ!?」
驚いた拍子に、背後の衣装棚に後頭部を打った精霊王。
ダバダバと涙目になって、本気で痛がってやがる。
万能な加護があるってのに、自分自身に発揮されないとは、なんとも悲しい現実だろうか。
「大丈夫か?」
「は、はぃ……っ~」
一時的な痛みだろうし、自然に治まるまで放って置くか。
しかしまぁ、これ以上の長居をすれば時間停止の力が解けて、面倒事は免れないな。
最後に1つだけ菓子を食べようとしたら、菓子カスを口に付ける右腕が話し掛けてきた。
「そうだそうだ勇者様勇者様。天界の知り合いなら、ワシにもいますよ」
「貴様が……あ。クイーンの母親か」
右腕の嫁サキュバスクイーンは、魔界と天界の血が流れるハーフだったな。
母親は確かアフロディーテって名前だったな。
それにゼウスとハデスの兄弟で、右腕の義母でもあったな。
ただ、そいつらの叔父であるヘカトンケイルが同行しているから、正直嬉しい情報ではなかった。
「アフロディーテちゃんが同行してくれたら、確実にユートピアに行けますよー」
「なんだ、寝てたんじゃないのか」
「寝てても半分起きてるんですよー起きてる今も、半分寝てるんですけどねー」
「お前の体質は兎も角、お前の方がアフロディーテより上の立場だろうが」
ヘカトンケイルは菓子をつまみながら、何故アフロディーテの方がいいのかを語った。
ユートピアにはゼウスが許可をした身内のみが、立ち入る事ができ、ヘカトンケイルも以前は許可を得ていた。
が、ハデス屈服に加担した為、許可を取り消された可能性が高いと。
「って事で、親しき中にも礼儀ありって訳で、いくら立場が上でも許可を取り消されたら、俺は役立たずなんですよ~」
「なるほどな」
それに対し、アフロディーテ自身はユートピアをあまりよく思わず、許可があるにもかかわらず天界住みだそうだ。
ただそれでは宝の持ち腐れな為、私達がアフロディーテの下へ突撃訪問し、同行させる事で確実にユートピアへと行く事が、ヘカトンケイルの案だ。
今は三大天使や天界軍は時間停止させているから、ゼウスに現状報告しようにも出来ていない筈だ。
もし仮にゼウスがユートピアから、天界の状況を眺めていたとしても、ここの会話までは把握出来てはいないだろう。
時間停止の残り時間を逆算すれば、アフロディーテの下へ行くまで、約30分の猶予だな。
「そうと決まれば行くか。右腕、アフロディーテの場所まで案内しろ」
「あ、無理です。帰省はいつもクイーンちゃん1人なんで、お義母さんの場所は知らないです」
「マジかコイツ」
「えへ」
よし、カオスが目覚めてもいいから、顔面を今すぐ拳でぶち抜いてやるか。
ちょっぴり力を右手に蓄え、狙いを定めようとしたが、ヘカトンケイルが首を横に振っているのが視界に入った。
やはり今は、そんな事をしてる暇はないってか。
顔面ぶち抜きは三世界の統括後にして、案内はヘカトンケイルに任せ、今度こそお暇する事にした。
「突然邪魔して悪かったな」
「い、いえいえ! 神託の時より、随分と容姿の印象が違ったんで、ギャップには驚きました」
「ギャップな……もしかして、私を獰猛で野蛮な珍獣か何かと思ってたのか?」
「はい! ……はっ! すみませんすみませんすみません! どうか命だけは!」
床に何度も頭を打ち付けて、命乞いをしやがるとは、まるで私が残虐な魔王みたいじゃないか。
……あ、私は魔王だったか。
まぁ、正直な感想を直接言ってくれたから、今回は大目に見ておくか。
で、四大精霊の再教育についての件は、後回しでも問題はないだろう。
そんなんで精霊王に玄関外で見送られながら、ヘカトンケイルの案内の下、アフロディーテの住む場所へと向かうのだった。