その129 精霊王の女勇者
天界の街へと足を踏み入れたが、物音も話し声もしない、人っ子1人いない状態だった。
きっと天界軍と私の戦闘による、被害範囲が分からない為、事前に避難したに違いない。
「どこの建物も白一色で、変な感覚になりますね」
「何かに染まる事は堕天の始まり、と昔から根付いているんで、こんなに真っ白なんですよー」
「一種の洗脳みたいなもんか」
明らかに度が過ぎている当たり前が、初めから刷り込まれているのなら、もはや手遅れではある。
だが、気付きのきっかけを与える事は、誰にだって出来る。
今回の件で、天界の連中が何かに気付ければ、いいんだがな。
街を歩きながら、そう考えていると、先を歩くヘカトンケイルが手招いていた。
「現魔王様ー天界アパート見つけましたよー」
「そうか」
位置的には街外れに近いな。
全体的な街並み自体も、そこまで発展している風には見えず、人間界で言う下町に近い雰囲気だ。
だから精霊王は天界だと、庶民レベルの立場なのかもしれん。
王と名前が付いているからと言って、必ずしも立場が上だとは限らないって訳だな。
庶民派精霊王に若干共感していると、隣を歩く右腕が手を上げていた。
「あのーアパートって、どんなところなんです?」
「知らんのか?」
「です。魔界じゃ小城住宅が大半なんで、それ以外は全く知らないんですよ」
確かに大都市だった魔界と比べたら、天界の街は圧倒的に下町と言える。
だとしても、アパートを知らない右腕は、あまりにも庶民常識を知らなさ過ぎるな。
やはり魔び舎で、一から再教育し直させた方が、右腕の為にはなる筈だ。
ただまぁ、今は三世界の境界線を取っ払い、統括する事が優先だ。
実現まであと数時間も掛からないだろうし、さっさと精霊王に会って、馬鹿ゼウスのとこへ行くか。
ヘカトンケイルの傍に着くと、2階建てのアパートが視界に入った。
両階ともに4部屋ずつの玄関扉が見え、吹き曝しの階段があるだけの、至ってシンプルな外見だ。
ただ近付いてみると、外装が何度も白で塗り重ねられていて、かなり経っている築年数をカモフラしてるようだった。
とりあえず、堅物ガブリエルの情報通りなら、精霊王は二号室にいる。
で、二号室の玄関扉前に来たが、右腕の庶民常識を試してみるか。
「色々と知識に疎い右腕君に、インターフォンを押して貰おうか」
「いんたーふぉん……押す……これだー!」
玄関扉の覗き穴を自信満々に押したが、見事なまでに不正解だ。
そんな右腕にほくそ笑みを送り、正解のインターフォンを押してやった。
「はーい! 今行きまーす!」
中から返事と、ドタバタ足音が聞こえたが、すぐに転げる激しい物音が鳴っていた。
覗き穴から私を確認したから、腰を抜かしたんだろうな。
数秒の間が空いてから、ゆっくりと玄関扉が開き、隙間から肌白のボサボサ頭の男が顔を覗かせていた。
「ゆ、勇者様……な、何でワタシの住まいに……」
「天界の知り合いが、お前しかいなかったから来た。邪魔するぞ」
「ちょ!? げぶ?!」
強行突入に呆気なく負けた精霊王は、衝撃にも負けてバックドロップ姿になっていた。
今気付いたがコイツ、普段は上下スウェット姿なのか。
庶民過ぎて本当に王なのか、疑問に思えてくる。
そんな些細な事を頭の隅に置きつつ、内装をざっと観察してみた。
8畳ワンルームにキッチンと洗濯機、別室で3点ユニットがある、生活感溢れる1人暮らしの住まいだ。
それに堕落道具コタツが室内の活動拠点なのか、必要な物が手の届く範囲に置かれていた。
「精霊王、悪くない住まいだぞ」
「へ? はっ! み、皆さん適当に座ってて下さい! 今お茶用意しますから!」
バタバタとキッチンで湯を沸かし、棚から人数分のマグカップを持ち、ぬくぬくコタツの上に置いた。
「ウチで一番上質なマグカップです! もうしばらくお待ち下さい!」
一番上質の割にはキャラクターの絵付きだぞ。
きっとポイントシールを集めたら必ず貰えるマグカップだろうな、まぁ嫌いじゃない。
数分後、沸き上がった湯をマグカップに注ぎ、ココアの粉末を適量入れ、スプーンでそれぞれ混ぜ混ぜするらしい。
カチャカチャと混ぜながら、精霊王に聞きたかったことを尋ねてみた。
「天界に来て早々に思ったんだが、ゼウスのいそうな居場所が見当たらなかった」
「え。あー……実は……」
精霊王曰く、ゼウスの住んでいるのは限られた者しか立ち入れない、遥かなる理想郷ユートピアだそうだ。
位置的には天界の更に上にあり、あの三大天使でさえ一度も行った事がないと。
「ほぅ……指示を出すだけ出して、自分は堂々と高みの見物をしてやがるって事だな」
「えーっと……まぁ、そうなります」
「いい度胸をしてやがるな……で、限られた者ってのはどんな奴らの事だ」
「確か……身内の方だった筈です」
なら、この場に適任者が丁度いるから、ココアを飲んだら乗り込むとするか。