その124 ウンディーネの湖畔だった沼地
ホムンクルスの森を抜け、眼前に広がる混濁色の沼地景色を眺めている。
見た目通りの異臭と、グポグポな粘度具合は、足を1歩も進みたくなくなる。
もし落ちたりすれば、一生沼地とズッ友だろうから、安全且つ確実に向こう側に着く方法を模索せねば。
「嫌な顔が出てますよ現魔王様」
「私はか弱き乙女だぞ。沼地ってワードだけでも嫌に決まってる」
「沼地じゃないですよ勇者様。ここは正式にはウンディーネちゃんの湖畔です」
我がもの顔で横入りしてきた右腕に、反射的に蹴りを食らわせようとしたが、それを上回る本能で蹴る行為を中断させた。
「……タイトルでネタバレしてるから、知ってる」
「え? タイトルって何ですか? 勇者様?」
「知らんくていい」
「えぇー」
無駄に知ろうとすれば、ろくな事にならんぞ、とは決して言わない。
「で、何故湖畔がこの有様なんだ」
右腕の拙い説明によれば。酒にすっかりハマったウンディーネが、毎度毎度ゲーゲー吐き続けた結果みたいだ。
つまり自分の湖畔を、己の吐瀉物で染めたって事か、汚っ。
「ハマり過ぎた今は、自分でお酒を作っちゃうぐらいになってるんですよ」
「あぁーそういえば、オークション会場で1番高い酒にあったな」
確かウンディーネの雫酒だったか、あれは甘味とスッキリした味わいがとても美味だった記憶がある。
だが、蓋を開けてみれば、ただの飲んだくれが作った酒だとはな。
もはや雫酒にもゲロった物も入ってるんじゃないかと、疑いたくなるな。
「魔王様達ー即席ですけど、船を作りましたよー」
「ん? おぉー流石だなヘカトンケイル」
誰かに何を言われるでもなく、自らの意思で行動するとはな。
その大変に素晴らしい行動力は、是非とも右腕のアホに見習わせたいもんだ。
即席の割には十分過ぎるクォリティーの船に乗り込み、汚い湖畔を進む事になった。
が、時間を持て余すのもあれだから、奴に教育がちゃんとしていたかを聞いてやることにした。
「私だ。聞こえてるか」
《は、はい! コチラ精霊王です! 何か御用でしょうか!》
「四大精霊を教育しただろう貴様に、再教育が必要かどうか判断する為に神託した」
《はわわわわわ……きょきょきょ教育には真心込めたので、四大精霊の皆には全身の細胞という細胞に、ワタシの教育が刻まれている筈です! 間違いありません! 断言できます!》
コイツ、詳細を聞かずにボロボロと教育者だと認めやがった。
もはや再教育は必須だな、ふふ。
「精霊王。お前の再教育は決定したが、今の天界はどうなってる」
《へ? そ、そりゃハデス様が勇者様に屈服したと、すぐに知れ渡ったので、ゼウス様が血相変えて守りを固めて……今、再教育決定って言いました?》
「状況は把握した。天界で指咥えて待ってろ」
《ちょ!?》
ゼウスは怖気付いて守りを固め、精霊王は再教育に恐れをなしている。
これ程までに愉快な事はないだろうな、今から天界に行くのが楽しみだ。
どんな手を使って天界の連中に泡吹かすか、心ウキウキ浮足立つ中、右腕がちょんちょんと何か訴えていた。
「勇者様勇者様。あそこ見て下さい」
「なんだ? ……あれはウンディーネか?」
ぷかぷかと汚い湖畔に浮かび、優雅に仰向けで漂っている青色肌の女は、ウンディーネだな。
私達に一切気付かず、腹に酒瓶を乗せているが、完全にへべれけなオッサンだな。
ただ、今の状態で関わりたくないから、今回は素通りさせて貰おう。
近付かない様、舵を取るヘカトンケイルに告げている最中、ウンディーネがゆっくりと水面に立っていた。
ふらふらと立つのも辛そうだが、案の定、顔が一気に真っ青になって、ゲロっていた。
「うぇろろろろろろろ……うぇっぷ……はぁ~やっぱ、出すもん出すとスッキリするわ~さーて酒酒~」
ゲロった後に酒を飲むとは正気の沙汰とは思えん。
こんなんが四大精霊の1人なんて、一体誰が信じるんだろうか。
とりあえずウンディーネは見なかった事にしようと決め、向こう側へと進むの私達だった。