その118 魔界の王ハデス
バフとベルゼブブの思い込みのお陰で、10分程でハデスのいる最上階へとやってこれた。
ただ無理がたたっていたのか、ベルゼブブはへにゃりと女の子座りで息を整えていた。
「はぁ……はぁ……す、少し羽を休めてるので……我に構わず行って下さい……」
「助かったぞ、ベルゼブブ。マッサージも追加してやるからな」
「あ、有難き幸せ……」
すっかり恋する乙女の眼差しとなったベルゼブブだが、もう少し冷静になって欲しいものだ。
とりあえずロープに括られた右腕を引き摺り、ハデスのいるだろう禍々しい方角へと進んだ。
足音がどこまでも響く、天井も見えない無駄に広い通路を、10分程進んだとこで私は立ち止まった。
重厚感と高貴さを兼ね備えた巨大扉から、禍々しい空気が漏れ出してやがるな。
普段の私なら礼儀正しくノックの1つぐらいはするが、中にいるのは喧嘩を吹っ掛けてきた相手だ、その必要はない。
いつも通り問答無用で、扉は蹴り破ってやった。
だたっ広い空間の両脇に、無数の炎の柱が色変わりに昇り、その中央奥には巨大な何かが座していた。
『ほぅ……人間の現魔王よ。ワシの期待を遥かに上回るのだな』
何やら腹底に響く重低音が聞こえてきたが、これがハデスの声なのか。
周囲が薄暗いから姿がいまいち見えんが、座している巨大な何かが本体で間違いないだろう。
右腕をズルズル引き摺りながらハデスへと近付くと、奴は言葉を続けた。
『可愛い姪っ子の為、馬鹿ゼウスに今回だけ協力してやったが……ここまで桁外れな人間が来るとはな』
「そうか。私は貴様の歓迎に、桁外れに期待外れだったぞ」
『それは失礼したな……だが心配はない……ワシがこれから直々に相手になるのだからな……』
突如黒い暴風が吹き、歩みを止めさせようとするが、私には通用しない。
変らずに歩んでくる私に、ハデスはいよいよ重い腰を上げたようだ。
ズシンズシンと振動が伝う巨大な足音は、どんどんと私の前から接近し、ようやくハデスの全貌がお目見えになった。
優に数十mはあろう巨躯に、雪の様な白肌に幾つもの黒紋様が刻まれた、全身に無数の鎖を巻くだけの女が見下ろしていた。
てっきり男だと思ったが、ハデスは女だったのか。
『小さい小さい……とても小さな人間だ……』
「デカいだけの図体に、ダサい鎖ファッションは、不便で役に立たなそうだな」
『減らず口もいつまで持つか……今から試してやろう……』
ベルゼブブの情報曰く、コイツには魂を奪う力があるそうだが、自我が芽生えた様に動き出す鎖が、その力に必要なんだろうな。
しかし、鎖を介し物理的にしか力が発揮できないのなら、避けつつ確実に破壊すればいい話。
ハデスのプライドも、魔界での秩序も一緒に正す。
力を一部解放し、真っ向から相手してやろうとしたら、私達の間にコイツが割り込んできた。
「お、やってますねー」
『だ、誰じ……そ、その声はへ、ヘカトンケイル君!?』
「や、ハデス君ー何百年か振りー」
剥き出しだった戦意が引っ込んだハデスは、何故かその場で正座を始め、プルプルと震えていた。
ヘカトンケイルと面識があるようだが、明らかにヘカトンケイルの方が優位に立ってる。
腐っても魔界のトップなハデスを、ここまで怯えさせるヘカトンケイルの奴は、本当は何者なんだ。
「素性とか諸々を隠して、魔界の現状を調べさせて貰ったよーハデス君」
『あわわわわわ……』
腹底に響く重低音から打って変わって、弱気な女子の声になっているぞ。
そんな事は他所に、堂々と胡座を掻いたヘカトンケイルは、私に顔を向けて手招いていた。
「現魔王様も隣に座って、一緒に聞いて下さいな」
「あ、あぁ」
立ち聞きするつもりだったが、言われた通りにするか。