その116 大罪人と女勇者
悠々と牢から出てみるや否や、看守達が荒波の如く押し寄せて来ていた。
物騒な抑制道具を必死になって私へ向けてくるが、何の障害にもなりはせん。
ただ、私が脱獄するのには通り難いので、看守達には重力操作で壁と天井に張り付いて貰った。
「これで歩きやすくなったな。おい右腕、行くぞ」
「へ、へい!」
牢からオドオドと姿を出しやがった右腕は、呻き声を上げる看守達にドン引きだった。
「うわ……壁と天井にぎっしり……って、なんで空間移動で脱獄しないんですか? 絶対に今やってる事って、リスキーですよね?」
「ふん、分かってないな貴様は。こっちの方がスリル満点で脱獄しがいがあるだろ」
「えー……やっぱ勇者様ってヤバイですね」
このぐらい派手に脱獄すれば、ハデスの奴に一泡吹かすのには、丁度良いだろうが。
そんな察しの悪い右腕の簀巻姿が、いい加減に鬱陶しいので適当に取ってやった。
さて、自由になって喜んでる右腕は無視して、現在の状況を整理するか。
現在地は無限牢獄内で最も厳重な場所な様で、大罪人を多く幽閉してるそうだ。
ただまぁ、看守達を抑制した光景を見てやがったのか、大罪人共がワーワー騒ぎ散らしている。
「おいそこの魔人の姉ちゃん! 俺様をここから出してくれ!」
向かいの牢にいた魔人の男の様だが、焦点が定まっていないな。
その原因となってる痕跡が、体の至る箇所から覗いてるが、もう手遅れな状態だな。
「何故貴様を出す必要がある」
「十分に反省したからに決まってるじゃん! さ、早くしてくれ! シャバの空気を数百年振りに吸いてぇんだよ!」
自ら犯した罪を、自らが認め猛省したと、これ程までに薄っぺらく開き直る奴は、金輪際シャバに出る必要はない。
「貴様が何の罪を犯したかは知りたくもないが、私から忠告してやる」
「あ、あんだよ」
「今この場で貴様を解放すれば、私は貴様の存在を消し去る。そうなりたくなければ、最低限の生きる権利を噛み締めておけ」
男は支離滅裂な言葉を喚き散らし発狂、言わんこっちゃない。
コイツも大概だが世の中には、明らかな罪を認めず、甘い汁を啜り続ける者こそ大罪人だ。
自らの地位や人格を保身する為、金や権力でどうにかなると勘違いしてる、非常に頭の愉快な連中を指す。
そんな奴らは知らないんだろうな、自らの首を絞め続け、血縁者の首をも締めている事に。
世の中ってのは狭く広く、そして浅く深い境界線を行き来している。
昨日今日まで平和だった暮らしが、一瞬で地獄と化す様な、極端な境界線でな。
そんな境界線の中、大罪人は世の中を敵に回しているんだ、いつ誰かに消されてもおかしくない。
消されたくなければ罪を認め、厳粛なる裁きを受け入れ、最低限の生きる権利を手にすればいい。
決して世の中から許されはしないだろうし、忘れられもしないだろうが、救われる者がいるのは確かだ。
だから私は、そんな救われる者が待っている限り、大罪人を1人残らず牢獄やらにぶち込んでやると決めている。
「が、ガツンと言ってやっちゃいましたね」
「言ったところで数十分後には忘れるだろう。それ程までに、そいつは手遅れなんだ」
依存から抜け出せず禁断症状を発症する、何とも救いようのない姿に、右腕は珍しく悲し気な顔だった。
「……無くなるといいですね」
「人任せにすんじゃない。私達でやるんだ。行くぞ」
「は、はい!」
魔王城内は元から平和だが、天界の連中が来た暁には、その平和も崩れる。
その前に魔界でのケリを付け、ゼウスのアホがいる天界に行かねば。
未だに煩い声の中を進む中、1つの大あくびが混じっているのを私は聞き逃さなかった。
この状況に無関心でいられる大罪人なんぞ、あり得るのか。
少し道を逸れ、大あくびのした牢を覗いてみると、背を向けてケツを掻いてやがる多手の魔人がいた。
筋骨隆々でかなりの巨体からは、興味を微塵も感じさせない空気を放っていた。
もしや私達と同じ、無実の大罪人であるのかもしれんから、一応声を掛けてみるか。
「おい、そこのお前」
「……んぁ? んー……ん? 俺に言ってんのか、別嬪な姉ちゃん」
ほぅ、一目見ただけで私の美貌に気付いたか、ふふ。
それにしても、コイツからは敵意も何も感じないな。
「あれ? ヘカトンケイル君! 何でここにいるの?」
「んー……? イケてる兄ちゃんは誰だい?」
「ワシだよワシ! 顔とか色々変わってるけど魔王だよ!」
「おぉー……魔王様ね、ハイハイ。それで、魔王様と別嬪な姉ちゃんが牢の外にいるんだい」
ぱっぱと手身近に右腕が語り、納得したヘカトンケイルはのっそりと立ち上がった。
「別嬪なお姉ちゃんが現魔王で、イケてるお兄ちゃんが俺の知ってる魔王様って訳ね」
「そうそう! ヘカトンケイル君が何でここにいるのか分からないけど、一緒に出ようよ!」
「んー……現魔王様の方はどう? 俺、出た方がいい?」
「あぁ、今すぐにだ」
「了解ー! あ、ちょっと危ないから離れてて」
言われた通り離れた瞬間、牢が軽々しく吹き飛び、ヘカトンケイルが首をゴキゴキ鳴らしながら出てきた。
「ふぅー……ここにも飽きた頃合いだし、一緒に行くとしますか!」
「ふっ……足だけは引っ張るなよ」




