第四話 変態たちによる保健室相談部
登場キャラおさらいのコーナー
名前:通称:簡単なプロフィールの順番で書きます!
向井直:直、ナオちゃん、向井:本作の主人公。姉がいない姉萌気質で豊河先輩に「お姉ちゃんになってください」と告白する。
瀬木昏斗:昏斗、瀬木:イケメンでロリコンで情報通。直の友人。
四条辰已:四条、チジョ先生:酒と煙草を愛するバイセクシャルの養護教諭。保健室の長。
デスクの後ろに置いてある冷蔵庫から缶ビールを取り出して、チジョ先生こと――養護教諭の四条辰已はため息を付いた。
「まったく、急に入ってきてなんなのよ。授業サボりに来た一年坊主をビビらせるついでに、アンチエイジングさせてもらおうと思ってたのに」
カシュっと缶ビールを開けて喉を鳴らしながら飲む。まるで残業終わりに家に帰ってきたOLのようだが、ここは真っ昼間の保健室で飲んでいるのは仕事中の養護教諭だ。
「……なにも殴ることないじゃん」
「場所が悪かったな」
「ナオちゃんが避けるからでしょ!」
正座で保健室の壁とにらめっこをしながら直と昏斗は問答する。四条が服を着る間、反省しながらそうしているようにと命じられたのだ
四条は引き出しからタオルを取り出して、後ろから二人の濡れた頭に投げる。
「どっちもどっちよ。もう振り返っていいわよ」
二人が振り返ると、そこには上裸でショーツを着ただけの四条の姿があった。大きな胸を張って腕を広げ、さあとくと見よといった風体である。
「バイに続いて露出癖も追加されたのかな」
「やっぱり何も感じないな。ラッキースケベってこんなものなのか」
振り返ると二人は不思議そうに顔を見合わせたあと、構わずゴシゴシと頭を拭き始めた。
「俺は天使ちゃんたちのちっぱいしか愛せないけどナオちゃんはああいう母性のあるデカいのが好きなんじゃないの?」
「母性はあるほうがいいんだが、なぜだろうな。うーん品と恥じらいがないからか?」
「……あんたたちと話してたら、自信なくすわ。普通の男子高校生なら獣になって襲ってくるわよ。着るからあっち向いてなさい」
四条はビールをひと煽りして、服を着る。衣擦れの音が保健室に響くがやはり二人は平然としている。
「裸は見られても服を着るところは見られたくないのか」
「ぷっ乙女だね」
直が不思議そうに言うと、笑いをこぼした昏斗の方向に紙くずが飛んだ。ポトリと側の床に落ちる。
「いてっ……ていま言ったのナオちゃんだよ!」
「笑ったのはあんたでしょうが」
昏斗が声を上げて振り向くと四条はシャツの上から白衣を羽織っていた。保健室のデスクに腰掛けて、缶ビールを片手に持ったまま器用にタバコの火を付ける。
これが酒池肉林のバイセクシャル、四条辰已本来の姿である。
「改めて見るととても勤務中の公務員とは思えないね」
またもう一枚紙くずが飛んできた。今度は器用にキャッチする。
「それ読んでみなさい」
四条が言うと、昏斗は投げられた赤い紙を開いた。
「どれどれ……『保健室に理由なく滞在する生徒の処置について』?」
「風紀委員からお達しが来たのよ。授業サボって保健室に来るやつは厳罰に処すらしいわ。うちの学園の風紀委員は恐いわよお」
「グラウンドの使用時間を超えて使ったラグビー部の脳筋たちを大会辞退に追い込むまでノシたっていうやつね。ま、俺らには関係ないよ。いままでもサボってきたしバレないようにするよ」
赤い紙をひらひらと捨てて一笑に付した。そんな昏斗の方に向かって四条は煙を吐いた。
「バカねえ瀬木。それがなんて呼ばれてるか知らないわけじゃないでしょ? 『赤紙』よ。それが来たってことはもう後がないってこと。ラグビー部はそれが来てから一週間後に処されたのよ」
空になった缶ビールをぐしゃっと潰した。
「……たしかにそれはやばいかも……ってそんな紙丸めて投げちゃダメじゃん」
昏斗は動揺してもう一度紙を取って文章を確認する。
「で、あんたらのサボり場が無くなると困るだろうから、親切で生徒思いの先生からの救済措置がそっちの紙よ」
タバコを持った手で直の方を指す。長年吸いなれているのだろう、吸口には唇に塗っている口紅がついていない。
会話に参加していなかった直は、先刻、昏斗に向かって投げられた1つ目の紙くずを開いて読んでいた。今度はシンプルに白い紙だ。
「ナオちゃん、静かだと思ったらなに読んでるの?」
「『保健室相談部の創設依頼』だと、生徒指導部からだ」
直が読み上げる。ほとんどのことに興味を示さない直にしては珍しく熱心に読んでいるなと四条と昏斗は思った。
「最近、色んな理由で保健室に来る人が多いのよ。あんたらみたいな単なるサボりならいいんだけど、進路相談に始まり、恋愛相談、不登校、成績不振、部活動の退部、中絶するかどうか。みんな悩みを抱えて学園生活してるのよ」
「……最後の悩みが明らかに重すぎるんだけど」
「でもこの学園はただでさえ規模も大きいし部活動にも力を入れてるから、そういう悩みに対応できる先生が限られてるってわけ。仕事ができて生徒思いのあたしぐらいしか相談に乗ってあげられないのよ」
「ただ暇なだけでしょ」
昏斗の方に潰されたビール缶が飛んできた。同じ手は食わないと鷲掴みにして、バスケット選手のようにゴミ箱にシュートする。
そんな動作が隣で行われていても直は黙々とプリントを読んでいた。
「そんな状況を鑑みてあたしに職員室の生徒指導部から依頼がきたのよ。生徒の相談を受ける部を作って顧問になってくれって」
「人手が足りないから部活を作って生徒の相談を生徒に受けさせるってことか。それが僕たちの救済措置になるってことは――」
顔をあげて直が四条を見る。四条は頷きながら煙を吐いた。
「そういうことよ。なんでわざわざ養護教諭のあたしがそんな面倒くさいことしなきゃならないのよって怒り狂いそうになったけど、ちょうどあんたらが来て思い出したの。そうだ、部を作るところから何からこいつらに押し付けようってね」
「教師として最悪の考えだね」
「どうせ暇でしょ、それに部活動って名目だったら保健室にいても処罰されないわよ」
「確かにそれは魅力的だけどダメだね。というかできるわけないよ、俺たち授業もまともに受けないのに人の相談なんて」
「相談っていうのは上じゃなくて下に向かってしたいもんなのよ。相談者はあんたらみたいなバカを見たらきっと自己肯定感が上がって悩みも吹っ飛ぶわ。サボり魔で変態、これほど適任はいないわよね」
芯を突いている。だれも自分に勝った人や同等の人に悩み事を打ち明けたいと思わない。完全に自分より上の存在である四条のような大人か、自分より下だと思える人間。人は上を見て落ち込み、下を見て安心するものだ。
納得してしまい、昏斗は言いよどむ。
「……お、俺は色々と忙しいんだよ、幼稚園の成長観測とか保育園の成長観測とか小学校の成長観測とか。ナオちゃんも忙しいよね?」
昏斗は助け舟を求めるように横目で見た。
またプリントに目を落として直は何やら考え込んでいた。考えるときの癖なのか、天然パーマの髪を触っている。まさかこんな面倒なことを姉以外の物体に興味を示さない直が請け負うとは思えなかったが、さっきからなにか様子がおかしい。直が万が一やると言えば昏斗は付き合わざるを得ない。おかしなことを言わないか昏斗は不安だった。
直の思案顔を好機と取った四条はニタリと笑うと、直に尋ねた。
「向井、あんたさっき女心について相談があるとかなんとか言ってたわよね」
直はわかりやすくピクッと反応すると堰を切ったように喋りだした。
「そうなんだチジョ先生、僕は相談があって来たんだ。告白された女の子が――」
「待ちなさい」
四条が近づいてきて直の口を指で抑える。不敵に笑って、殺し文句のように言い放った。
「交換条件。『保健室相談部』をやってくれたら、その相談乗ってあげるわ」
「だめだよ、そんな条件飲んだら! 部活なんてどれだけ時間とられるかわからないんだから! ナオちゃんだって自由な時間が減っちゃうの嫌でしょ?」
昏斗は危険を感じて遮るように叫んだ。愚直に猛進する直にとって取引や条件などは最も向かないことだ。姉に関する何かを提示されたらもう答えは決まったようなものなのだ。
やはりそんな昏斗の努力も逢えなく、
「うんいいぞ、やろうその部活。僕の相談が先だがな」
直は、あたかも醤油を取ってと頼まれたときほどの軽さで了承した。
今回のお気に入りセリフのコーナー
チジョ先生「相談っていうのは上じゃなくて下に向かってしたいもんなのよ。相談者があんたらみたいなバカを見たらきっと自己肯定感が上がって悩みも吹っ飛ぶわ」
上を見て憧れて、下を見て安心する。そのバランスを取りながら人は生きていくんだとチジョ先生は三十路の人生経験から知ったんでしょうね。
「あらあんたわかってるじゃない……これから保健室で……どう?」
え、あ、はい。謹んでお伺いさせていただきます、はい……とその前に、
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では行きましょうか先生!
「あなた綺麗な髪ね、ちょっと保健室でどこのシャンプー使ってるのか教えてくれない?」
……女の子に声かけてる。