第一話 華麗なる変態たち 〜ロリコンイケメン名探偵(偽)〜
「これからどうするか」
向井直は天然パーマの髪を触りながら、頭を悩ませていた。二年生の始業式を迎えて一週間が経った、春一番が吹く朝。いつもの通学路を歩いていた。
(あれから先輩は返事をすることなく去ってしまった。またなにかアプローチを仕掛けるべきだろうか。告白したのは初めての経験だったからな、困ったものだ)
目下の悩みは昨日の屋上でのことである。彼は一つ上、三年生の先輩に人生初めての告白をした。
告白と言っても「恋人になってくれ」というものではなく、「姉になってくれ」という歪なものだ。それも兄と結婚してくれだとか自分を養子にしてくれだとかそういう戸籍上の意味でもない。姉弟になりたいから、姉弟になってくれ。それ以上でもそれ以下でもないのだ。
そんな折、私立の幼稚園の前を通りがかった。こんなところに幼稚園なんてあっただろうかと直は立ち止まった。登園時間なのだろう、母親たちが園児たちを送り出している。
「はぁ、はぁ、マリンちゃん背が伸びたんじゃないかい? お尻もちょっと成長したかな?」
幼稚園の周りを囲む植え込みの側にしゃがみ込み、双眼鏡で内部を覗いている人物が直の視界に入ってきた。直と同じくサツキ学園の制服を着ている。鼻息を荒くして何やら呟いていた。
「お、こっちは初めて見る子だねぇ。双子かな? よく似ていて可愛いねえ」
普通なら手短に通報するか、見なかったことにして我関せずを決め込むかしているのだが、遺憾にもこのロリコン変態高校生――瀬木昏斗は直の友人であった。
「ちゃんとあいさつして、みんな良い娘だねえ、そんな短いスカート履いちゃってお兄ちゃんを誘ってるのかな? いいの? お兄ちゃんそっち行っちゃうよ? お兄ちゃんもみんなと一緒にちゃんと挨拶しちゃうよ? いくよ? おはようございまぐへっ!!」
「やめとけ。そろそろ通報されるぞロリコン」
昏斗が犯罪者となる前に、直がブレザーの裾を掴んで止めに入った。園内に飛び出こもうと前方に飛んだ昏斗は頓狂な声を上げ、バランスを崩した。
「いたた……って、ナオちゃんじゃん。おはよっ」
仰向けに倒れた昏斗と目が合う。
「おはよう。こんなところにいるなんて珍しいな。お前の家だと通学路違うだろ」
「今月から新しくできた幼稚園の成長観測しに来てたんだよ。いやあこの幼稚園はすばらしいねえ、発育の良い娘が多くて。マリンちゃんなんてこの前からもう二センチも背が伸びてる。あとお尻も」
昏斗は恍惚の表情で、仰向けのまま懐から手帳を取り出して何やら書き込んでいた。拍子には「㊙」と書いてある。昏斗以外にその手帳の中を見たい人などいるのだろうかと直はいつも思う。
「相変わらずのロリコン変態っぷりだな」
「俺はロリコンじゃなくて、人の成長する姿を観測したいだけなんだよ。別に幼児に限った話じゃなくてね。幼児を親みたいな目で見てるだけだよ!」
「親は鼻息荒くしてヨダレ垂らしながら見ない。あれが本物の子供を守る親の目だ」
直は幼稚園の入口付近を指差す。そこでは園児の母親たち汚物を見るような目でこちらを警戒している。中には、もしもし幼稚園に変質者が……っと電話をかけている者もいる。
「あちゃあ、うまい具合に隠れてたと思ってたんだけどな。溢れる愛は逃げも隠れもできないってことか」
「僕は関係ないから先に行くぞ。警察のお世話になりたくないからな」
「あちょっと待って!」
直は足早に立ち去る。昏斗は直を追うのかと思いきや、途中で方向変えドブを見るような目をしているママさんたちの方へ駆け寄った。一番近くにいた電話をかけている女性の手を唐突に掴む。
「ひゃっ、なんなのですかあなたは! 子どもたちには手出しさせませんよ! もしもし早く来てくださいますか、変質者が乱暴を!」
不意を突かれて女性がかなぎり声を上げる。後方のママさんたちも口々に援護する。
「もうすぐ警察が来ますよ!」
「乱暴はおやめなさい!」
集中砲火を受ける昏斗は下を向いた。鼻の下を伸ばしていた先程とは打って変わって、真剣な眼差しで女性の目を射抜く。
「紛らわしい振る舞いをしてしまいすみませんお母様。私はこういうものです」
懐から名刺を取り出した。高校生の癖に手慣れた仕草だ。女性は戸惑いつつも、名刺に目を落とした。
「探偵さん?」
探偵というよりはホテルマンや執事のような振る舞いだ。キリッとした目と今風の束のあるヘアスタイル。適度に筋肉のあるスラッとした長身の体躯。やることなすことに反して昏斗は世にいうイケメンだった。そんなイケメン高校生が女性の手を取り、じっと瞳を見つめている。
「高校生探偵を営んでおります。瀬木と申します。この幼稚園に不審者が出たと通報があったそうでボランティアで調査と警備をさせていただいておりました」
「そ、そうなのですね。わたくしたちったらとんだ勘違いをしてしまいましたわ。申し訳ありませんっ。もしもし、何やら勘違いだったようで……はい、もう大丈夫そうです」
「わかっていただけたようですね。ありがとうございます」
電話をかけていた女性を初め、ママさんたちは眼前の男が今しがた自分たちの子どもたちを犯罪的な目で見ていたことを忘れてしまったようだ。目を輝かせて昏斗を見ていた。
「ボランティアでやられてるなんて素晴らしいですね」
「私なんかはぜんぜんですよ。しかし無駄足だったかもしれないですね。子供たちを守る気高く美しいお母様方がいれば安心だ。不審者も飛んで逃げ出すでしょう」
「でも不審者がいるなんて怖いわ。男性には力でかないませんもの」
「ではそんなお母様方は私がお守りしますよ」
ママさんたちの目が完全にハートマークになった。昏斗は、隠れてニヤリ顔をする。
「私は学校があるのでもう行かなければなりません。何かありましたら、ぜひこちらにご連絡ください。私にできることならいつでも受け賜りますよ」
「か、かならずご連絡いたします」
イケメンナイト探偵となった昏斗はにこやかに手を降ると、離れて見ていた直を追った。
「遅すぎだぞ名探偵」
「探偵なんてやめてよ。俺コナンもだいたいしか読んでないよ」
「あんなこと言って大丈夫か。たぶんプライベートで電話かかってくるぞ」
ママさんたちは名残惜しそうにこちらを見ている。
「ああ言っとくと便利なんだよ。これから合法的に観察できるし、連絡あったらあったで家にお邪魔しておうちの女の子楽しめるしねえ」
昏斗の表情がまた変質者に戻った。
「キモいな」
「あ、もうこんな時間じゃん。遅刻確定だよ」
口調は落ち着いている。遅刻常習犯の彼らにとってはさほど問題ではないらしい。
「先行ってればよかった。ミルクセーキおごれ」
「なんだかんだちゃんと待ってくれるんだよね、ナオちゃんは」
「昼飯もな」
「えっいやそれはさすがに」
「あと……」
「もう無理だよ!」
一拍置いて、直は変わらず落ち着いた面持ちで言った。
「一つ相談がある」
「相談?」
今回のお気に入りセリフのコーナー
昏斗「紛らわしい振る舞いをしてしまいすみませんお母様。私はこういうものです」
イケメンって得をするんだなと常々思います。
公園で幼女を見ていてもブサイクなら怪訝な顔をされ、イケメンなら子供好きなんだと高感度が上がります。見た目に騙されない精神を日本人は身につけなければならないですね。
「はぁ、はぁ公園に幼女がこんなにいっぱい……はぁ」
ちょっとお巡りさーん! ここですここです! この高校生がいま幼女を変な目で……え、私ですか? 私は女の子たちを微笑ましい目で見てただけですが……
「お巡りさんこの人が女の子に声をかけてるところ見ました」
え、ちょっと昏斗さんあちょっとお巡りさん連れてかないでください冤罪ですううう! あ、私は連れて行かれそうですが、まだまだ物語は続きそうなのでお付き合いください! 感想ブクマ評価ご意見、もろもろおまちしてま――バンッ(パトカーのドアが閉まる音)