第十話 第二の試練『恐怖の劇場』〜猿でもわかる、中二病の扱い方完全版〜
登場キャラおさらいのコーナー
名前:通称:簡単なプロフィールの順番で書きます!
向井直:直、ナオちゃん:本作の主人公。姉がいない姉萌気質で豊河先輩に「お姉ちゃんになってください」と告白する。
豊河秋穂:秋穂、あきほ:目立つことが嫌いの地味女子。直に「お姉ちゃんになってください」と告白される。
瀬木昏斗:昏斗:イケメンでロリコンで情報通。直の友人。
四条辰已:チジョ先生:酒と煙草を愛するバイセクシャルの養護教諭。保健室の長。
小野原妹子:アックスフィールド・D・シエスタ(自称)、妹子、イモちゃん:保健室登校の中二病。
「まずは映画に行こうか。お姉ちゃん」
「お姉ちゃん呼びはダメだって、この前言ったよね」
「わかったぞ、お姉ちゃん」
「……だから」
ショッピングモールの最上階へとエレベーターに乗って上がっていく。秋穂も平静を取り戻して、普通に会話ができるようになった。
「って向井くん、なんで女装してるの?」
「いきなり弟になるのは困らせるだろうから、まず妹になるところから始めることにしたんだ」
「へ?」
「千里の道もなんとやらだ」
「……そうなんだ……よくわかんないけどがんばってね」
「おう」
傍から見れば、女子高生が二人でお出かけをしているようにしか見えない。友人というにはいささか容姿の派手さに差がある。男である直の方が美少女、女である秋穂が地味娘という奇妙な状況だ。
(第二の試練『恐怖の劇場』作戦。これでお姉ちゃんと僕はラブラブだ)
そんな状況を意にも介さず、直は次の作戦へと意気込んでいる。前回での手応えを感じて鼻息を荒くしていた。
しかし思惑を巡らせているのは直だけではなかった。
(今日は、向井くんがわたしの秘密に気づいているか確かめないと……!)
秋穂が直とのデートを了承した理由。それは直の真意を探ることにあった。完璧にエキスタトラに馴染むことのできる彼女のどこに惚れこんだのかわからないが、その秘密は彼女の学園生活を揺るがすものだ。
(知ってるのならそのときは……)
ゴクリと生唾を飲んで覚悟を決める。
「ついた。僕は見たい映画があるんだ」
最上階の映画館に到着した。予告映像が全方向から流れて、下の階とは比べ物にならないぐらい騒がしくなる。暗い照明が各々の作戦の緊張感を高めさせる。
(お姉ちゃんを完全に落としてやる)
(向井くんの真意を掴んでやるんだから)
二人は券売機に向かって歩き出す。
((映画館の暗闇を利用して!))
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「メロンソーダおかわり!」
妹子はやけになったように注文する。
「ちょっとイモちゃん飲み過ぎじゃない? ジュースをそんなに飲んだら身体に悪いよ」
「ふんっ、このインキュバス野郎よりマシや!」
「インキュバスって……プッハハ」
シエスタ語の例えが昏斗のツボに入った。中性的で年上女性を狂わせそうな面持ちは言われてみればそう見えなくもない。
「インキュバスか……悪くないな」
当の直は悪い気はしておらず、黙々とパフェを突き続けている。バニラアイスの層からバケツサイズのプリンに差し掛かった。タイマーの数字は十五分、喫茶店の店員や周囲の客も直のペースが気になり始めている。
「で、王子様が連れ去ってからはどういう作戦なの?」
昏斗が先を促すと、直はふんっと胸を張った。
「次は映画館に行く」
「へえ。ナオちゃんにしては案外王道なデートコースなんだね」
「ただの映画を見るんじゃないぞ」
「何を見るの?」
「ホラー映画だ」
スプーンいっぱいに入ったプリンをじゅるりと吸い付いて飲み込む。インキュバスと言われるだけあって、その食べっぷりは下品だが少し艶かしくもある。一番おいしそうに見える食べ方だった。一方で干からびたヴァンパイアのように妹子はメロンソーダを飲み干す。
「……めっちゃ食べたい」
「あのパフェじゃなくても他のスイーツ頼めばいいんじゃない?」
「やや! なんか今小さいの食べたら負けた気がするやろ! 飲みもんだけでいいもん!」
「女心って難しいね」
やれやれと怒る妹子に昏斗は首をひそめる。そんな二人にしたり顔で直は作戦の説明を続けた。
「僕は完全にマスターしたぞ。ゆえに今回の作戦は、恋愛の鉄則、吊り橋効果を利用する」
直はまた出版社が二秒で企画したような本『猿でもわかる、女心の扱い方完全版』のあるページを開きながら説明する。
「まず僕とお姉ちゃんでホラー映画を見る。そして映画のピーク。最も緊迫した状況で後ろに座った昏斗と妹子が大声でお姉ちゃんを驚かせる。お姉ちゃんは辛抱堪らず僕に抱きつく。映画で緊張は恋愛のドキドキに変わり、僕とお姉ちゃんはラブラブという算段だ。第して『恐怖の劇場』作戦……!」
開いた本のページにまったく同じようなシチュエーションの4コマ漫画が描いてある。
「なるほどね。でも俺も参加して大丈夫なの? 最初の作戦で顔が割れてるけど……」
「幸運なことに映画館は暗闇だ。マスクでもなんでもしてればわからないだろう」
「たしかにね。前の作戦よりも幾分まともだ、安心したよ」
納得したように昏斗はサムズアップする。女装しながら白馬の王子様を演じて先輩を迎える作戦よりも確実に成功率は高そうだった。
「……ウチそんなんやらんし関係ないしもうパフェもいらんし」
妹子は相変わらず拗ねている。何杯目かのメロンソーダのストローに息を吹き込んでブクブクしていた。 それを見た直はプリンを食べる手を止める。ため息を吐いてから妹子を見据える。
「我が主、アックスフィールド・D・シエスタよ」
棒読みの口調と死んだ目。やる気ゼロで言った。そんな言い草でも魔王の血統アックスフィールド・D・シエスタは水を得た魚、いや生き血を得た悪魔のように嬉々として直を振り向いた。
「どうした我が使い魔インキュバスよ」
「この作戦には主の力が、魔王の力が必要だ。力を貸してほしい」
「フッまあよいだろう……お主がそこまで言うなら手を貸してやろう」
「よし、じゃあ次の作戦の説明行くぞ」
早々と切り替えてまたパフェをつつく。スプーンの先は最深部に達し、プリンを突破して次はコーンフレークの層に差し掛かっていた。
机の上のタイマーは残すところ五分だ。パフェのコーンフレーク部分は意外と難関で、かさ増しのために盛られた厚さと喉の乾く食べ辛さがある。残り時間を考えると若干不利な状況と言っていい。
周囲の客はもう直に釘付けでパフェの行く末を見守っている。
「え、え、いまのは、え?」
一方で唐突に遊び相手を失った妹子は喪失感と怒りのままに、メロンソーダを飲み干した。魔族どころか友達と喧嘩する小学生そのものである。
「もうっ! メロンソーダおかわり!」
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「よし、指定されたホラー映画は、と……あれ?」
劇場の中に入っていった直と秋穂を見送って、昏斗と妹子は券売機に近づく。マスクにサングラス、明らかに怪しい風体だ。タッチパネルを眺めて、昏斗は頭に疑問符を浮かべた。
「今上映してるホラー映画は一つしかないからわかるってナオちゃんが言ってたんだけど……おかしいな、無いよ」
「フッ……しかしインキュバスと黒魔術師は迷いなくこの暗影へと誘われて言ってぞ。何かあるはずだ」
「先輩は黒魔術師なんだね。なんとなくわかる気がするよ。チジョ先生は淫魔でナオちゃんはインキュバス。じゃ俺はなんなの?」
「ハーメルンだ」
「ピッタリな気がするけどなんか俺だけ作風違くない?」
「ムッ……インキュバスのやつが言っていた映画はこれではないか」
高身長の妹子の脇から、低身長の妹子がひょこりとタッチパネルに手を伸ばして指差す。そこには『妖怪だらけのわいわい運動会』という幼児向け映画があった。パネルに表示されているのは、コミカルな妖怪たちが様々な運動会の種目に挑むという極めて楽しそうなキービジュアルだ。
「なんか俺好みの幼児が多いと思ったらこれの上映開始日なんだね……って、えほんとにこれなの? いやナオちゃんならあり得るかも……」
前回の作戦を思い返しながら昏斗は他の映画を見渡す。しかしこの映画が最もホラー映画に近い。思い切って、五分後に始まる回を選択する。
「次は席を指定するんだけど……うわぁ」
作戦の都合上、二人は直と秋穂が座る予定の席の真後ろに座らなければならない。だが上映開始日ともあって席は満杯。残る座席は最後尾の二席しか空いていない。
「フッ……まあ最後尾でも良いだろう。奴らの席によっては通路からでも驚かすことは容易……我のオーラにひれ伏させるまで」
「お、頼もしいね」
さきほどの喫茶店で一瞬だけでも中二病ごっこに付き合ってもらえたのが嬉しかったのか、妹子はノリノリだ。
「まあどうとでもなるか」
昏斗と妹子は残された席を選んで、劇場へと入っていく。このあと、恐怖に染まる劇場へと。
今回のお気に入りセリフのコーナー
妹子「え、え、いまのは、え?」
友人と遊んでいて急に裏切られることってありますよね。一緒に盛り上がっていて突然冷められたりとか、悪ふざけの共犯関係を一瞬で解消されたりとか、悲しくなります。
そりゃあメロンソーダもカッくらいますよね。
「ま、まあ我は寂しくなどぜんぜんなくて、まったくこれっぽっちも悲しくなんかなくて、むしろわざと我が会話に乗ってやっただけのことなので、ぜんぜん何も思ってへんもん……!」
見ないであげましょう……彼女は遊び相手が欲しかっただけなんです。
本来は次回の話と合わせて同じ話で投稿する予定だったのですが、長くなってしまったので分割して投稿しました。話が進むと書きたいシーン、言わせたいセリフが増えてきて、一話一話文字数が増えてしまうのが悩みですね。うーん難しい。
感想ブクマ評価などなどよろしくおねがいします! 次回こそ妹子が大活躍しますよ!