プロローグ 〜告白に似た何か〜
「好き」であることは、問答無用で肯定されるべきだとされています。しかし、それに反して実際は変わったモノや偏ったモノを好きというと、周囲から煙たがられたり呆れられたりすることがよくあります。
てなことを思いつつ書き始めた話です。
「先輩、僕と家族になりませんか」
ロボットが言うみたく淡々と無機的に、されど西洋の踊り子の様に情熱的に、そのプロポーズと呼ぶべき文言は彼の口から相対する彼女へ発せられた。
昼休みの屋上は制服姿の二人以外誰もいない。天気は快晴。いつもなら騒がしいグランドも今日はどうしてか閑散としている。絶好の告白シチュエーション。海風が南から北に抜けて二人の裾を揺らす。
彼女が口を開くと、風も返答を待ち望むかのようにひっそりと収まった。
「ごめんなさい、あなたと……その……一緒になることはできません」
うつむき加減に放たれた、落ち着いた声音。その声とは裏腹に彼女の眼鏡と前髪に隠れた瞳の置くは日本海の荒波の如く、激烈なまでに揺れていた。右手にある白いシンプルなデザインの便せんに汗がたらりと落ちた。
(ええええ!! ちょちょちょっとまって、ちょっとまって!! どうしようどうしようどうしよう!)
彼女の語彙の追いつかないほどの狼狽も納得である。グレーの生地に黒のラインが入ったブレザー、男子用の黄色いネクタイが特徴的な制服からして彼女と同じこのサツキ学園の生徒ではあるだろう。しかしこの学校に通って今年で三年目になる彼女にも眼前の彼は見知らぬ顔だった。いつの間にやら靴箱に入っていた、差出人の明記がない手紙に従って屋上に来てみれば、見知らぬ人物が神妙な面持ちで求婚してきたのだ。
(家族にってことはつまり、け、けっけけけ結婚してくださいってことだよね! どういうこと!? 初対面の相手に結婚してくださいって真面目な顔で言われても、こっこここまるよ!)
「先輩」と彼女のことを呼ぶからには二年生なのだろうが、しかしそれしか情報がない。訳も分からず動転して変な防衛本能が働き恐ろしく冷静にプロポーズを断ってしまったが、とりあえず俯いた視線を上げて改めて彼の容姿を一瞥する。
高校生男子にしては小柄な体躯。もしかすると身長164センチの彼女より小さいかもしれない。ひげやムダ毛とは縁のなさそうな、つるやかできめ細かい白肌。天然パーマだろうか、少しカールした髪。女装すれば似合いそうな可愛らしい顔立ちである。
そんな彼は変わらずローテンションで口を開いた。
「言っておきますが先輩、僕はあなたと男女のお付き合いをしたいわけじゃないんです」
「へ?」
そこで初めて彼女の表情から驚愕の色が消え、疑問の色へ途端に塗り替わったのである。
(男女のお付き合いではない? 家族になるってことはつまり男女交際の延長線上にあるわけで……あ、そっか契約結婚ってことなのかな。最近流行りのドラマで見たことある。愛や情で結ばれるんじゃなくて、あくまで雇用者と被雇用者の契約としての結婚。この子が言ってるはそれかも)
「ちなみに契約結婚とかそういうことを言ってるんでもないです」
「ふぇっ!」
思考を読まれ、頓狂な声が出てメガネがズリ落ちた。
瞬間、目の前の面持ちの変わらない彼の両目が、刹那的に見開かれた。微細な変化ではあったが、一メートルほどしか離れていない彼女には鮮明に分かった。急に彼女が変な声を出したので驚いたのかもしれない。
とりあえず取り繕うために彼女はメガネを直して早口にまくしたてた。
「つまり、えっと、君は、わたしと男女のお付き合いをしたいわけでもなくて、契約結婚とかそういうことを言ってるんでもなくて、家族にはなりたいってこと? よく言ってる意味がわからないんだけど」
整理しても意図が見えてこない。というか、やっと整理できるまでに思考が落ち着きを取り戻した。
よく考えれば、いやよく考えなくても高校生が結婚、プロポーズなんて度が過ぎている。聞き間違いか言い違いか、それともこの初対面の男子がちょっとアレな人なのか。その三つのどれかだろう。
色々と彼女が頭を回していると、彼は右手を顔に当て、何を思ってか深い溜息を吐いた。
「……そういうすぐ顔に出るとこもポイントたかいな」
「ん?」
「僕があなたを選んだ理由をはっきり言っておきます」
また真剣な眼差しで彼女を見据える。そこからの彼はまさに立て板に水。今までの冷静な姿勢は崩さず、しかし信じられないほど訥々と水が流れるように、柔らかそうな唇から言葉を紡いだ。
「まず初めに、そのたわわに実った豊満な二つの果実です」
「ひゃっ!!」
彼の視線が彼女の胸部まで下がった。彼女は条件反射的に胸を隠す。
「なんとも理想的なサイズ、形、柔さ。すべてが他の追随を許さないほど飛びぬけて優れている。推定ですがGよりのFってとこですかね。最近の経過を見てもまだまだ成長期ですから将来的にはもうツーサイズぐらいまでは伸びると思います。胸だけではなくウエストも引き締まり、終いにはお尻もピンと吊り上がった上向き。太ももがチラ見えする絶妙な長さのスカート丈も最高です。母性と若さを兼ね備えたその美貌、ボディライン、まさに文句のつけようがありません。ボディ、百点満点です」
「え、いや、ひゃっ」
次から次へセクシャルハラスメントに引っかかるであろう言葉を長々と無愛想に無遠慮に浴びせかけられる。唐突に採点され、羞恥に頬を染めている彼女をしり目に、彼の視線はめまぐるしく彼女の部位という部位を駆け巡る。
「そして次に顔立ちの点数ですが……これも、規格外です。メガネと前髪の奥に隠れた可愛らしいたれ目。すらっと通った一般的なものより二ミリほど高めの鼻筋。セクシーなぷるっとした唇。おまけに栗色の艶やかな長髪。もちろん満点、百点です。えっと次に――――」
「えっと、ちょっと、なにかな? そ、そそそんなこと言われたら困るんだけど、つまり君は何が言いたいの?」
「その困り顔、困惑したときの悩み顔が実に悩ましい」
ビッと、今まで直立不動だった彼は無表情で当惑状態の彼女の顔に勢いよく指をさした。彼女の顔というよりは、今まさに八の字になっている眉間部分にである。そして彼は前に乗り出し、人差し指で眉間に触れるかというぐらいまで近づいてくる。
「……ちょっと、え、なになになに」
当然、彼女は後ずさる。しかし彼は無表情で人差し指を突き出したまま、足を止める様子はない。二歩三歩と後退すると、彼女の背中に冷たい感触があった。コンクリート製の階段室の外壁にまで追い込まれたのだ。
「ちょっとそういうの困るよ!」
彼女は涙目になりながら思い切って声を張った。不審者に襲われたら、大声を出す。今時小学生でも知ってる約束事だ。
しかし、彼は止まらない。彼の指が彼女の眉間に触れ、触れたかと思いきや、彼はそのまま髪を撫でる様にして真後ろにある外壁に手をつく。いわゆる壁ドンというものである。続いて今度は彼の顔が徐々に近づいてくる。先程悲鳴のような声をあげた彼女だったが、この美少年と言っても差し支えのない顔立ちの彼に迫られ、居すくまってしまった。
今、階段室から誰かが出てくれば、間違いなくカップルが愛をささやき合っていると誤認されるだろう。それほどに、彼は不審者というにはあまりにも清らかで実直だった。
「つまり僕が先輩に伝えたいことはですね」
もう鼻先から鼻先まで数センチしかない。かすかに息がかかりあうほどの距離。彼女はもう驚かない。動きもしない。彼の眼をただただ見つめることしかできない。
そして彼は、あまりにもまっすぐな面持ちで、あまりにもまっすぐな言葉で、あまりにもまっすぐな瞳で、
「先輩、僕のお姉ちゃんになってください」
あまりにも歪んだことを口走った。
今回のお気に入りセリフのコーナー
「先輩、僕のお姉ちゃんになってください」
物語はこの一風変わった告白から始まります。
告白というものは恋愛的な意味で使われることがほとんどですが、ときにはこんな使い方があってもいいですよね。
変態たちの変態たちによる人生相談はちゃめちゃラブコメ、これより開幕です。
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