情報屋の女
「雪山で拾った」
「は?」
カイラの勝気な瞳がキョトンと見開かれる。
「今なんて?」
「雪山でこいつを拾った」
「は? マジ?」
「ああ。マジだ」
真顔のデオンと真顔のカイラ。繰り広げられている会話を聞くだけで、二人がかなり親密な間柄だというのがよく分かる。
「……で、こいつの名前は? 名前ぐらいはあるだろう?」
理解を諦めたカイラは話題を変えた。再びアレンに彼女の視線が戻ってくる。
「アレン。デオンに名前は貰った……、あ、貰いました」
「私に敬意を払う必要は無いから。いつも通りの喋りで構わないよ」
わざわざ言い直したのだが、その必要は無かった。見た目の割に、取っつきやすい人のようだ。それに、冷静になって彼女の顔を見れば、綺麗な顔をしている。勝気な瞳は力強い光を持ち、それでいて暖かい雰囲気を感じる。要するに良い人そうだ。
「それで、今日は何の用?」
デオンに向き直り、カイラは尋ねた。
「こいつの服やちょっとした装備を買いたい。あるか?」
「ふーん、なるほど。分かった。ちょっと待ってな」
言い残してカイラは店の奥へと消えていく。残されたアレンとデオンはお互い顔を見合わせた。
「デオンとあの人の関係は?」
「腐れ縁だな、間違いなく。アイツは俺が王都で働いてた時からの知り合いで、ここで怪しい店をやり始めてからも、それなりに顔を出している。言わばお得意様ってヤツだ」
怪しい、という一言だけ小声だった。聞かれれば、さっきのアレンと同じ末路を辿るのを身をもって知っているのだろう。
「とはいえ、アイツの仕事の半分以上は情報屋だがな」
「情報屋?」
デオンは頷いた。
「何でも屋ってのはそういうもんさ」
だからあの人も普通の人とは異なった空気を纏っているのだろうか。
アレンが思うに、カイラという女には薄暗い店はあまり似合わないような気がするのだ。どちらかというと、デオンと同じような雰囲気を感じる。……同じように戦闘向きの。
「とりあえず、あるだけ全部持ってきたー!」
動く商品の塊、ではなく両手にどっさりと商品を積み上げたカイラが姿を現した。
「おぉ! 結構あるな。さすがはお前の店だ!」
「当然。何でも売ってんのがウチのウリだからね」
意外と載せられやすいのか、デオンの適当な褒め言葉に機嫌を良くし、カイラは得意げに微笑んだ。
「で、アレン。そのボロ雑巾みたいなマントを脱ぎな」
言われるままにマントを脱ぐ。すると、カイラの顔が明らかに笑いを堪える表情になった。少しムッとしてアレンは唇を曲げる。結局、笑いを堪え切れずにカイラが噴き出した。
「プハッ、アハッ……! こりゃまた珍妙な格好だねぇ。デオンのセンスか……」
「あーあーはいはい。悪かったな、センス無くて。コイツにちょうど良いサイズの服が無かったんだよ」
デオンが耳を塞いで聞こえないフリをしながら反論する。反論している時点で聞こえているのは丸分かりだ。
「デオンのセンスが超絶酷いってのは置いといて、さあ、どれが良いかな……」
地味にショックを受けたデオンは部屋の隅で頭を抱えた。ニヤニヤしているカイラというと、完璧に確信犯だ。アレンは苦笑いをして、カイラが服を選んでくれるのを待っていた。
「コレとコレとコレ! そっちで着替えてみろ」
服が何枚か飛んでくる。器用にそれらを受け止めて、着替えに向かう。
それから数分後。
アレンは新品の服、しかもサイズはぴったり、を身につけて戻ってきた。落ち着いた色合いの服で、とても動きやすい。
「似合ってるじゃないか。な、デオン」
満足げに呟いて、カイラは同意を求める。デオンも少し遅れて頷いた。
「ああ。あと、剣も頼めるか? ……最近物騒だから」
「あいよ」
ブーツの音を響かせ、剣が何本も立て掛けられている場所まで二人を案内する。
「剣なら、あんたが選んだ方が良い」
カイラは剣選びをデオンに丸投げした。しばらく大きな背中は立て掛けられた剣を物色し、じっと止まる。
「これはどうだ?」
そう言って差し出されたのは、素朴な見た目の剣だった。装飾はほとんどなく、ただ物を断つ刃としての機能だけを備えた美しい剣。それはアレンの目にはとても好ましく映った。
「抜いても良いか?」
カイラは何も言わずに頷く。思い切って剣を鞘から引き抜いた。
鋼の鋭利な輝きが姿を現す。
刃の形も長さもアレンにちょうど良い。
「これがいい」
剣を一振りしてから鞘に納める。知っている重みよりはずっと軽い。だが、この剣は気に入った。
「なかなかサマになってるねぇ」
呟きが聞こえ、デオンが頷く。
「分かった。デオン、会計するぞー」
カイラが手招きしたその時だった。
音も無くドアがなめらかに開く。気配を一切させずに黒一色に身を固めた人影が店内に入ってきた。
カイラさんはいい人です。
怒らせてはいけません。