王都門前、獣人少女と出会う。
ピラニアの生息する川から王都までの道のりは順調だった。道の通行量はさらに増え、目の前の、王都への門には人だかりができている。
「……人、多っ」
半分呆れながら声に出し、アレンは爪先立ちをする。しかし、ここの門前を埋め尽くす人々はほとんどがアレンよりも背が高い。色彩豊かな頭が視界を遮り、結局何も見えなかった。
「曲がりなりにもこの国の王都だからな。人の出入りが多いのも当然だ」
そう言うデオンは、なぜかマントのフードを被って顔を隠していた。
まさか王都で昔とんでもない悪事を働いた指名手配犯とか……?
――などという妄想が脳内を通り過ぎていく。おそらく完璧に間違っているだろうが。
そんな考え事をしていたアレンの前で、黄色と茶色のしましま模様が揺れた。
「ん?」
その細い紐、というよりかは柔らかい棒、のようなモノはクネクネと動いてアレンの目を翻弄する。
「何だにゃ? ウチの尻尾、そんな珍しいんかにゃ?」
「へ?」
不思議な喋り方で話しかけられた。アレンは下を向いていた視線を少し上に持ち上げる。
振り返ってこちらを見ていたのは、金髪の少女だった。それも普通の人間ではない。綺麗な金髪の中からふさふさの耳が二つ、生えていた。
「な、な、な、獣人!?」
思わず叫んでしまったアレンを、ネコ耳の少女は見つめる。その赤褐色の瞳は好奇心にらんらんと輝いていた。
「アンタ、獣人を見るのは初めてみたいだにゃ〜」
「あ、はい。そう、です」
フードが外れて白髪が見えていないか気にして、頭に手をやる。その動作を不審に思ったらしく、獣人の少女はアレンの顔を覗き込んだ。
「ふむむむむ……。白髪だなんて珍しいにゃ。ウチも見るのは初めてにゃ。しかも目はクロ」
「あのー、か、顔が近いんですが」
整った顔の美少女に顔を近づけられて平然としていられる男はどれだけいるだろう。少なくともアレンはそういうタイプの人間ではない。
チラッとデオンに視線をやると、ニッと笑って明らかに状況を楽しんでいる顔が見えた。
獣人の少女はアレンがアワアワしているのに気づいた様子もなく、まじまじと検分を続けている。
「……顔、近いからっ! 離れてくれっ!」
「うにゃっ!?」
耐えかねて声を上げると、少女は尻尾を逆立て目をまん丸に見開いた。それから、バツの悪そうな笑いを浮かべる。
「……すみませんにゃ。ついつい、気になっちゃって」
「何か俺に付いてたりした?」
少女は首を振る。どうやら違うらしい。
「アンタさ、なんかどっかで見た顔してるよーな、してないよーな、してるよーな、してないよーな……」
「どっちだよ!?」
テヘ、と少女は舌を出した。
「分からんにゃ」
ガクッと脱力したくなる所をアレンは必死で耐えた。隣でデオンが噴いた。
「……くくく、ガハハッ。おもしれぇ嬢ちゃんだな、おい」
爆笑するデオンの傍ら、もはや茫然とするしかない。
少女のもふもふの耳がピクピクと動く。動かせることに驚きを覚えつつ、アレンは少女を眺める。
「オッさん、コイツの連れかにゃ?」
「ああ、ああ。そうだそうだ。お前さん、名前は?」
一瞬、少女が固まった。少し躊躇ってから少女は名乗る。
「えっと、ウチはサシャだにゃ。冒険者、やってるにゃ」
「冒険者……?」
耳慣れない言葉に思わず訊き返す。サシャ、と名乗った獣人の少女の代わりにデオンが答えた。
「冒険者っつーのは、まあー、簡単に言うと趣味で冒険してるヤツのことだな。一応、立派な公認の職業で、未踏の地の探索なんかや、魔獣の退治なんかをして報酬をもらうんだ」
他にも、冒険者には特権があるらしい。
冒険者は、一定の国に定住資格を持たない代わりに、どこの国でも受け入れてもらえるというメリットが存在する。
神獣と呼ばれる災厄の獣がうろつくようになった現在では、冒険者の数はかつてより減っており重宝されると同時に、選ぼうとする者が減っている職業なのだ。
「趣味、ちょっと違うけど、つまりはそういうことだにゃー」
サシャは頷き、尻尾を振った。
「ところで、アンタの名前は?」
「俺? 俺はアレンだ。それで隣のオッさんがデオン」
また気になることでもあったのか、コテリとサシャの首が傾げられる。デオンの表情が微かに強張った。
「デオン? これもまたどっかで聞いたことがあるよーな、ないよーな……。ま、どうでもいっかにゃ〜」
そうして話している内に、アレンたちは列の先頭にやってきていた。
「ウチ、行くとこあるから。またにゃー、アレン、デオン!」
門を潜ったサシャは、元気に手を振って走って行ってしまう。
アレンとデオンはその慌ただしい後ろ姿に手を振り、門を潜る手続きを始めた。
サシャはまたいつか出て来る予定です。