王都へ行こう!
レンがアレンと名乗り始めて3週間、ボロボロだった身体はすっかり楽になり、問題なく身体を動かせるようになった。
「おはよー、デオン」
「おう、おはよう」
キッチンに立ち、朝ごはんを作ってくれるデオンの後ろ姿に挨拶すると、フライパンを持った方の肘を少し動かして挨拶が返ってくる。
漂ってくるこの匂いは……、目玉焼きだ。嗅いでいるだけでお腹がどんどん空いてきた。
「何か手伝うことある?」
そう言いながらアレンが近づくと、すぐに返事がある。
「そんじゃ、そこの棚から皿を2枚。それからコップも2つ、出してくれ」
「はーい」
言われた通り、壁際にある戸棚へ向かう。飴色の戸棚はまだそこまで古くなっていない。質素ではあるが、作りは良さそうだ。
取手に手を掛けて引くとなめらかに両開きの扉が開いた。中にあるのは白い食器の数々。その中からアレンは目当てのものを引っ張り出す。
「皿、くれ〜」
かまどの前でフライパンを振ってデオンがこちらを見た。
「あいよ」
リズム良く皿を2枚差し出すと、それぞれきれいな形の目玉焼きが2つ、ベーコン付きで手慣れた動きで載せられる。
アレンの口の中に唾が滲む。ゴクリとそれを呑んで、キッチンの前のテーブルに皿を滑らせた。
それからコップにホットミルクを注いでテーブルについたデオンの前に置く。デオンはニヤッと笑った。
「ありがとさん。お前さんも早く食べな」
「うん、そうするよ」
椅子を引いて腰掛ける。ツヤツヤで焦げ目が飴色の目玉焼きと距離が近くなり、匂いが強まった。
「いただきます」
言うなり目玉焼きは即行でアレンの口の中に消えていく。見た目の割に意外とデオンは料理が上手いのだ。アレン自身は自分が得意なのかどうかは分からないが、一応包丁などの使い方は知っている。
「デオン、結構、料理得意だな」
頬張ったまま、むぐむぐと声を出す。デオンは照れたように破顔した。
「いや〜、まあな」
デオンが思わぬ提案をしたのは、2人とも目玉焼きを食べ終えてホットミルクを飲んでいた時だった。
「ところでアレン、今日は王都に行ってみないか?」
「王都?」
「ああ。そういえばここがどこなのか、お前に伝えてなかったな」
頷くと、デオンはこの小屋がある場所について説明を始める。
「俺たちが住んでんのはアルゼリア王国だ。んで、この村はその領地の辺境だ」
身体が癒えていなかったアレンはまだ村を歩き回ったことが無いのだが、この村は際立って栄えても廃れてもいない平凡な村だ。王都からものすごく離れているというわけでもない。
そしてこの村が位置するアルゼリア王国は、人間の国家なのだそうだ。魔法に優れた魔導士や、高い実力を持つ騎士が多く、神獣が闊歩するようになった今でも滅びることなく栄えている。
……と、説明されたところで実際に見ていないアレンには何の実感も湧かないのだが。
「ーというわけで、アレンの服もそのままじゃいかんだろうし、王都に色々と買い物に行こうと思うんだが……どうだ?」
言われて自分の着ている服を見下ろす。着古して黄ばんだダボダボの裾と、幽霊のようにダラシなく垂れ下がる袖。それを頑張ってまくり上げてはいるものの、全体的にサイズが合っていないのは一目瞭然だ。もちろん、アレンの服は無いのでデオンのお古である。
「行きたい。確かにこの服は大きすぎるけど……良いの?」
「何が?」
言葉の意味を取りかねたらしく、キョトンとして聞き返された。
「俺にお金を使ってもらうのは悪いしさ。それに、王都に行くのは大変じゃない?」
すると突然デオンが笑い出した。困惑するアレンにデオンは言う。
「なにバカなこと言ってんだ。俺はお前を引き取るって決めたんだ、俺がお前の衣食代を払って何がおかしい?」
「あ……」
さっきの質問がだいぶ失礼だったことに今更ながら気づく。何と答えを返そうか悩んでいた所、突然バサリと布が上から降ってきた。
「むぐっ!?」
しっかりとした茶色の布を持ち上げて白い頭がピョコリと顔を出す。見上げると、デオンが面白い生物を観察するかのようにアレンを見ていた。
「冬じゃないんでそんなに寒くは無いと思う。それを着てればダサい服もなんとか隠れるだろ」
「えっ!? 冬じゃないのかっ!?」
アレンが倒れていたのは雪の中だったはずだ。それからそう大して時間が経っていないので、まだ冬だとばかり思っていた。
「アレンが倒れてたのは季節外れの吹雪だったからなぁ。それに、ここからしばらく行った高原の辺りだったぞ」
「……ってことは、今は春?」
言われてみれば冬にしては暖かすぎる。外にも雪なんて積もっていない。
「ああ。今日は晴れてるし、王都までも1日で着けるだろうさ」
「なるほど……」
それから家を出るまでは早かった。デオンがテキパキと色々なものを袋に詰め、アレンはその手伝いをする。旅の用意は思ったよりも軽量で少なかった。
デオンは最後にベルトに軽い鉄剣を吊ると、外に出る。
「そんじゃ、行くか! 3日間くらい、留守にするぞ」
「了解ー!」
革の袋を背負い、茶色のマントに身を包んだアレンは元気よく拳を突き上げた。
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