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同じ名前の別の人

「い、良いんですかっ!?」


 ガバリと少年は男に詰め寄り、目を輝かせた。その勢いに押されて男は身体をらす。


「あ、ああ。良い。それで、お前さん、名前は?」


 少年が固まった。


 名前、名前、名前?


 一体自分の名前はなんだ?


 頭を抱えて悩む。必死に記憶の底から掘り起こす。いくら記憶喪失だといっても名前くらいは思い出したい。


「うむむむむ、うーん」


 眉間にシワを寄せて考え込む少年に、男は目を細める。口を開きかけた時、少年がポツリと呟いた。


「……レン」

「ん?」


 少年は確かめるようにもう一度声に出す。


「俺の名前は、レン、だ」


「レン? それは間違いないのか?」


「ああ、たぶん……、そう、です」


 恩人に対する敬語を忘れてしまうくらい、少年にとっては大きな発見であり喜びだった。


「あー、別に俺に敬意を払う必要ないからな? ここで暮らすんだろうしさ。何より、俺が恥ずかしい」


 ぽりぽりと男は頰をかく。そういえば、この人の名前を聞いていなかったことに今更ながら少年は気がついた。


「えっと、そちらの名前は?」


 尋ね方に迷った挙句、少年はこう問いかける。男はポンっと手を叩く。


「名乗り忘れてたな! 俺はデオン。年齢は……、たぶん見た目通りだ」


 ということは、四十代半ばほどだろうか。そういう自分はおそらく十代だと少年は思う。


「それで、レン、そう言ったな?」


 キョトンとしたまま白髪の少年、レンは頷いた。


「何か問題でもあった?」


 あー、とデオンは頭を抱えて左右に揺れたかと思うと、レンの方を顔をまじまじと見た。


「……正直なところ、大アリだ。その名前は多くの人にとって憎悪の対象だぞ」


「憎悪の、対象?」


 レンには普通の名前としか思えないのだが。過去のレンという名前の誰かさんが一体何をやらかしたのだというのだろう。


「……まあ、まさかな。そんなワケないよな。ありゃ10年前の話だしなぁ、それにコイツはまだガキだし、白髪頭しらがあたまだしなぁ……」


 デオンが訳の分からないことをぶつぶつ言っていて、正直とても不気味に見える。


「……よし、気のせいだ!」


 頭の中で結論が出たようで、デオンは表情をキリッと引き締めてこちらに視線を向けた。


「レン、記憶を失くしてるっぽく見えるんだが本当か?」


「ああ、うん、たぶん……」


「それならこの話も知らないだろう。知っておいた方がきっと良い」


 そう言ってデオンが話し始めたのはまだそう昔ではない過去の話だった。



 10年前、この世界は"魔王"と呼ばれる魔族の王に支配されかけていたのだという。人間はその圧倒的なまでの力には敵わず、滅びを待つだけだった。

 そんな時、一人の少年が現れた。

 黒髪黒目の異界の少年だ。少年の名はレン、そして彼は転生者であった。少年は『勇者』という特殊な命を受け、魔王を倒す為の孤独な闘いを始めた。レンは数々の魔族を倒し、そしてやがて魔王に戦いを挑んだ。


 だが、彼は魔王を倒し損ねた。多くの期待を背負っていた分、人々の彼に対する落胆は大きなものだった。


 その上、レンはこの世界に魔族を超える脅威、神獣を解き放ったのだ。

 解き放たれた十の神獣はこの十年間で少しずつ動き始め、人間を今にも滅ぼそうとしている――、それが今の世界なのだそうだ。

 そして、魔族を超える脅威を解き放った『勇者』レンは人々の中に、滅びをもたらした悪魔として刻まれたのだった。



「――まあ、幸か不幸か、勇者レンが魔族の力を削いでくれたお陰でまだ世界は存続してるがな」


 いつの間にかしかめていた顔をデオンは直した。


 デオンがこれ以上語ろうとする気配はなかったが、勇者レンが忌み嫌われている理由はそれだけではなさそうな気がする。といっても、それは単なる漠然とした感覚だ。確証なんてどこにもなくて、理由そのものを推測する手掛かりは欠いている。


それに、それ以上に問題なのは――。


「……俺と同じ名前、か」



 レンは呟く。デオンは神妙に頷いた。チラリと視線が布に包まれた大剣に向く。


「……まあ、だがな、お前さんはソイツとは違うと思うぞ。そもそも、レンが生きていればもうオッサンだ、オッサン。それに加えてお前の頭は黒どころか白髪だ、し、ら、が」


 レンは自分の髪の端を摘んで持ち上げる。黒とは程遠い透き通った白い髪だ。確かに白髪だった。『勇者』レンとは特徴が違いすぎる。


「しかし、ここで生活するならその名前はやめといた方が無難だなーってことで、アレン、でどうだ?」


「良い名前だよ。これからはそう名乗る」


 レンにアを付けただけの雑なネーミングではあったが、気に入った。これからはアレンと名乗ろう。そうレンは決める。


 10年前のことならば、その勇者が自分である可能性はかなり低い。そもそも、身体的特徴も一致しない。それでも、ここで暮らしていく上で危険要素は排除するに越したことはないだろう。


「ありがとう。助けてくれた上に、こんなに良くしてくれて」


「……」


 笑ってレン、改め、アレンがそう言うとデオンが笑顔のまま固まった。


「どうした?」


「……あは、あは、なんか良いな、これ」


 つまりは照れてるだけのようだ。厳つい顔を緩めて笑う巨漢の姿に、思わずアレンは噴き出した。


「な、なんだ?」


「いや、デオンが面白くてさ」


 デオンはキョトンとした後、武骨な手をアレンに差し出す。アレンはその手を強く握り返した。


「これからよろしく、デオン」


「おう。よろしくな、アレン」


 そうしてレンのアレンとしての生活が始まった。既にアレンの中では、失くした記憶を掘り起こそうという気は失せていた。

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